私たちの思い 

                より

 


 

いままで、会報に載せてきた親としての思い、同じ障害児を持つ仲間たちへのメッセージ、
子どもたちの将来への夢や希望・・ 会報の巻頭文の中からいくつか選んでみました。

同じ道を歩いて行く者同士の育てる会です。
仲間がいるから元気になれます。
仲間がいるから明るくなれます。
仲間がいるから・・ 明日も元気に歩いていけます。

そんな思いを、みんなに伝えたくて、「私たちの思い」としてメッセージします。 
                                        (文責:鳥羽 美千子)

                                                 

私達は仲間です 

 急に寒くなったある日、大慌てでコタツとヒーターを出しました。
 コタツっていいですネ。
 思春期のせいかあまり話をしなくなった高一の兄も、大学生の長女も、そしてもちろん例の哲平くんもみ〜んな、居間に集まってきます。
 三匹もいる猫さん達もかたよせ合って、あ〜、団欒って感じです。

 平和な今の我が家にカンパ〜イ!!
 哲平の安定がこんなにのんびりとした日々を私達家族にくれます。

 
 育てる会の事務局をやっている関係で、色々な方と電話で話したり、初めての方からメールをいただく事があります。
そんな方の多くは、現在とっても苦しい状態の方です。
 藁をも掴みたい…、そんな思いで電話をかけてこられるのでしょう。

 お話を聞いて差し上げる事しか出来ませんが、その時最後にわたしがいう事は、いつまでも今のまんまではないという事です。
 辛い時には、この先ずーと一生このまま悲しい日々がつづくように感じます。

 けれども明けない夜はない。
 しっかり子どもを育てていれば、やがて子どもの成長と共に、自分自身の成長も加わって、笑える日々がある事を、私は、自身の経験から話せるのです。

 自閉症の原因等の解明は、まだまだ遠い先の事でしょう。
しかし、療育次第で相当改善する事、混乱状態のおかあさんに、少しでもあかりを灯してあげたくてお話します。

 今は、元気な私達育てる会の大きい子どもの親たちだって、幾度子どもと一緒に死にたい…と考えたことでしょう。
 以前ある会員の方がいわれたことを、私は育てる会への勲章の様に感じています。

 それは、


私、とっても辛くって、何度死んでしまおうか・・・・と考えたか知れません。
でも、育てる会の会報を読むことで、思いとどまる事が出来たんです。
辛いのは、私だけじゃない。
ここに、こんなに多勢の仲間がいるんだ…。
そう思うと生きる勇気が湧いてくるんです。
辛くなると、私は会報を読みます。


そんな風に言って下さいました。

こんな時、私はつくづくこの育てる会の会報を担当させていただいている喜びを感じます。
そして、私自身もまた、このお母さんの言葉から力をいただいて、新たな意欲が引き出されるのです。
互いが互いを引きたて合って、支えあって生きて行けたらどんなにステキでしょう。
.

 み〜んな仲間です。
 私達は、仲間です。

同じ苦しみを乗り越えてきたからこそ、分かり合える仲間です。
地獄を見たから、今の強さがあるのかもしれませんね。

そのお母さん、今では我が育てる会の中で若手ナンバーワンの元気なお母さんです。
人は、変わります。

「私達育てる会は、動く会です。」
H副代表がこんな風に言っていましたが、その通り!
いろいろ悩んだ後は、涙を拭いて、今何が出来るか・・何を子どものために出来るか・・・
それを一緒に考えましょう。

将来後悔しない為にも今を大切に生きていきたいですネ。           

『会報 30号』(2000.10)より

 

梅雨の晴れ間に

 梅雨の晴れ間の気持ちの良い一日。この原稿を書いています。

私達はともすれば、梅雨空のうっとおしさばかりを気にして、「梅雨は嫌い」と言ってしまいがちですが、雨の中の色あざやかな緑、煙るような山並み、水を張った水田の美しさ、カエルの鳴き声、アジサイの葉の上のかたつむり、どれをとってみても生命に輝いているではありませんか。

 そして時々おとずれる梅雨の晴れ間…。久し振りの太陽に出会えた喜びは、真夏には味わえないものでしょう。


 思えば私達、障害児の親にとって、苦しい事の多い毎日の中、ほんの少しの子どもの成長や、チョットした人のやさしさに触れることが出来た時、他の人より喜びの感じ方が、より深くより強いように思うのです。まさに障害児の親の醍醐味とでも申しましょうか。

 ものは考えようです。「梅雨はうっとおしいから嫌い!」ではなく、時にある晴れ間を喜ぼうではありませんか。「障害児との生活はもう嫌!」と思ってもどうにもなりません。この子との生活の中に喜びを捜す生活。そんな視点を持つ事が、子どもだけでなく、自分にとっても家族にとっても、幸せにつながるように思うのです。


 さて、いよいよお待ちかね、夏合宿の募集の時がまいりました。詳しい事は後述いたしますが、どうせやるなら、育てる会でなければ・・・という企画を考えています。

 私たち育てる会は、自閉症者ではあるけれど、彼らなりの精一杯、力を出しきって生きる事(つまり一人前)、それを目指すために活動を続けています。

 将来一人前の人となるためには、どうすればよいのか? 今、何をなすべきなのか?
それを考えた企画、それを意識した活動でなければならないと思っています。

 今回の合宿のテーマは はじめの一歩 。大阪TEACCHの新澤伸子先生の著書を読んでいた関係で、世話人会の席でピーンとこの一言が浮かんでしまいました。

 自立に向けてのはじめの一歩です。
 
はじめの一歩は人それぞれです。
 
我が子の為の、ここから始まる、はじめの一歩です。

 今、育てる会には告知を受けられたばかりの3〜4才の方も次々入会されています。
そんな方にも、「はじめの一歩」、一歩だけでもお子さんといっしょに歩き出してほしい・・そんな願いの合宿です。

 分科会のテーマも、

 1. 障害をよく知ろう(自閉症という障害を理解し、子ども達を分かってあげる事から始めよう)

 2. 問題行動への対応(今困っている事を話し合う中から、解決への糸口を皆でみつけよう)

 3. 親の手で作ろうIEP(我が子の将来を見とおしたIEP、子どものための個別教育計画を、親の手で作ってみましょう)

 と、いうような三つの構成を考えています。
合宿へ向う道より、合宿からの帰り道の方が元気のでるような・・、明日に向って、はじめの一歩を元気に踏み出せるような合宿にできればと願っております。

『会報 26号』(2000.6)より

 

みなさん、あけましておめでとうございます

2000年という、20世紀最後の年、千年に一度というこのミレニアムの年をどのような想いで迎えておられるでしょうか?
ノストラダムスの予言もどこへやら、お互い無事子ども達といっしょに新年を迎えられたことを慶びあいたいと思います。

 私たちは、思いもよらぬ障害児の親という境遇の中、今まで精一杯生きてまいりました。子どものより良い成長を願い、またまわりの理解を得るため、様々な努力を重ねてまいりました。

 しかし、今この時を、この瞬間を精一杯過ごしていくだけで良いのでしょうか?
年の初めにあたり、もう一度お互い考えてみるのもいいと思います。

 同じ子ども達とはいえ、健常児は一人でもやがて人生を切り開いていけるでしょう。それだけの力を彼ら自身が持っているからです。
 けれど我が愛すべき自閉症児達は、人を信じて疑う事を知りません。この厳しい現実社会では、私たち親やまわりが支えてやらなければ生き抜いていくことは難しいでしょう。

 では、どのように支えていくか?
子どもが将来どのような人生を送るか、みなさん漠然とは考えておられることでしょう。
けれど、日々の療育におわれる毎日の生活の中で「そんな先の事は考えられない」と問題を棚上げしてはいないでしょうか?

 私たち親が真剣に子どもの将来を考えてやらないで、いったい誰が彼らの未来を考えてやれるのでしょうか?
 一人ひとり子どもの明日を、目標を考えて、今の生活をもう一度見直していけたら・・・
 今年も、みんながそのように子どもと向き合っていく育てる会でありたいと思います。

 さて、去る平成11年12月18日〜19日、次年度以降の方針を立てるという目的で、閑谷学校にて世話人合宿を行いました。

 一年を通しての反省と、来年度の方針や会の方向性の再確認をするとともに、世話人一人ひとりがこの会へ寄せる想いや夢を未明まで語りあいました。(その中で生まれてきた各プランについては後述します・・お楽しみに)

 一人ひとりの子どもとの生活が会の活動と離れてしまっては、何にもなりません。
その子どもの将来の姿が、会の目指す方向と同じでなければ一つひとつの会の行事や活動が意味のないものになってしまうでしょう。

 つまりその行事に「何の為にこの活動を行うのか」という視点がなければ、「ただ行事を消化した、楽しかった」で明日につながる活動にはならないと思うからです。そういう意味での将来への夢、目標を語りあいました。

 

 その中から、今年もでてきたのが「一人前(いちにんまえ)」という言葉と、「自立へ向けての活動」という事でした。
 そして、将来の自立を目指して、今、どんな活動が会として適切かを話し合いました。

 今をどのように生きれば、皆の共通目標である「自立した一人前」の人生があるのか、具体策を挙げて考えました。
その視点から生まれてきたのが、今後一年間の活動の組み立てです。

 

 昨年、「本気な親たちの会」という目標を掲げて会員を再募集した際、正直言って「たぶん20人ぐらいの会員数になってしまうだろうな」と、思っていました。
ところが、12月現在、会員数59名、賛助会員69名という大勢の方達の参加をいただいております。
岡山にはそれだけ「本気な親たち」が多かったのだと思います。

 私たちの会は、一年毎に新たに入会手続きをしていただく形式をとることに決めています。

来年の活動予定や前年の活動内容をみて、また今年も一緒に頑張って行こうという、そんないつも熱い思いをもった親達の集まりでいたいと思うからです。
みんなで同じ方向をむいて進んで行きたいということから、こんな風に決めさせてもらいました。      (「会報8号」より)

と、いう訳で今年度の募集をさせていただきます。

『会報 20号』(2000.1)より

 

冬の足音

 冬の足音が風に乗って聞こえてくるような朝夕です。
皆さんいかがお過ごしでしょう?

 1年も1ケ月を残すのみとなりました。今年も無事に終わりそうでしょうか?
考えてみれば、子育てにはいろんな事が起こります。けれどもどんな事件が起ころうとも、それは
子どもにとっては成長のワンステップ、そんな風に考えられたらどんなに良いでしょう。
 
できれば落ち着いて優しい気持ちで見守り、後押しがしてやれたらと思っています。
さあ
1999年も残りわずか、かけがえのない子どもとの毎日を、元気を出して一緒に頑張りましょう。

 最近、育てる会の事務局へは様々な相談が舞い込みます。

「自閉症を告知されたけど、どうすれば良いでしょうか?」とか、「いい医療機関や療育機関を教えてほしい」等という電話での相談から、突然直接訪ねて来られた方もありました。

 育てる会が少しずつまわりの人たちに知られるようになった為だと思っています。
「知人から聞いて、育てる会を知りました」「インターネットを検索していて見つけました」という方もいらっしゃいます。

 自閉症の子は育てるのが特別むずかしい障害です。それに加えて、世間の無理解からくる心無い声にも私たちは悩まされます。
「親の育て方が悪い為に自閉症になった」というような誤解からくる非難を受けたりするような面を持っています。
 ましてその無理解が世間だけでなく、配偶者や親戚の人たちであったりすれば、なおさら母親は孤立無援となります。
つらい人達を何人も知ると、何とかしてあげたいと思います。何年か前の私がそこにいるように感じるからです。

 けれども、私には満足には子育てのアドバイスをする事はできません。なぜなら子どもは一人ひとり違うからです。
子どもを知らないまま「こんな風にされたら」と言う事はできませんし、なにより私は専門家ではなく、たったひとりの自閉症児を育てている親でしかありません。
 何かを話して、逆にとんでもない事態におちいったりした時に、責任を持ってフォローできる人でもありません。

 
 けれどこんな私でもできる事があります。
それはお母さんの話を聞いてさしあげる事です。
それも同じ障害を持つ子の親として話しを聞く事はできます。
誰にもなかなか解ってもらえない、モヤモヤとしたやるせない思いを共感しながら聞いてさしあげる事はできます。

 そして知っている範囲で、医療機関や療育機関を教えてあげる事もできます。
 電話をかけてこられる方は自閉症を告知されたばかりの方が多くて、その頃の母親にはとってもあやうい状態の方もいらっしゃいます。
 私にも経験がありますが、告知を受けた時、その告知を否定したい気になります。事実から目をそらしたい思いがそうさせるのかも知れません。それが「あの先生はダメだ!」となるのかも知れません。
 しかし告知をされないで大きくなっていく不幸を思えば、早期療育を始める事の大切さを考えて、素直に医者の言葉に耳をかたむけられる事を私は勧めています。ですから、「○○病院の○○先生に告知された」と言われた時に、知っている先生であれば「あの先生は信頼できる方だと聞いていますよ」という風に答えてさしあげています。

 何より、障害を否定したい気持ちから切り替えて、子どもと一緒にやっていく前向きな気持ちになってほしいと思います。
 
お母さんが心を閉じてしまわれないようにじっくり話を聞きたいと思っています。

 今、我が家は子どもが安定しています。とっても良い子で、私が夜そんな相談にのっていても、ひとりでお風呂へ入って、おやすみなさいを言って2階のベッドへ行ってくれます。
 何年か前までは、そんな事及びもつかない子どもでしたが・・

 そんなわけで今は相談にものれていますが、子どももそろそろ思春期。ひとりの力ではそうそうじっくりと話を聞いてさしあげる事もできなくなるかもしれません。その意味でも来年からはしっかり時間をとって親同士が語り合える場を作らねばとも考えています。

 幸い来年度からは、ボランティアさんが「子どもを街の中へ」というテーマで年間を通し子どもと接していただける企画を立ててくれています。その時間を利用して親はじっくり座談会で子育てについて語りあっていければと思っています。

『会報 19号』(1999.11)より

 

木の芽時・・?

 新しい年度が始まって、2ケ月が過ぎました。
もうお子さんは学校に、園に慣れられましたでしょうか?
 四月、新学期を迎えるたびに、親は“今年はどんな先生になるかしら?”
“子どもはちゃんとやれるだろうか?”、毎年毎年思うのではないでしょうか。

 あるお母さんから、こんな話を聞きました。今までになく荒れ始めた、お子さんの担任の先生が

  「春ですから、しょうがないですよね」
  「皆、そうなんですって」
  「木の芽どきだから・・・」

 そう言われたそうです。

本当にそうでしょうか? 春だから荒れているのでしょうか? 春の陽気のせいでしょうか?
ちょっと違うのでは・・子どもの立場で考えてみましょう。

 新しい学年、新しい先生、今までとは違うクラスメート。
どうして教室が変わるのか・・、
毎日会っていた先生が突然いなくなってしまったのか・・、
隣で話しかけてくれてたAちゃんが、なぜ同じクラスに見当たらないのか・・
周りのことが判りにくい子ども達にとって、混乱するのは当たり前ではないでしょうか?

 新しい環境、新しい関係をどう理解させていくか、子どもの判りにくさをどのように援助していけば良いのか、周りの大人たちの力量を問われているのではないでしょうか。

 それを、「春ってどの子もそうなんですよ」「そのうち良くなりますよ」、との一言で周りが納めてしまったら、子どもの立つ瀬がありません。

 もう一度、“混乱しているのは、周りの大人の対応がまずいせいでは?”と考えなおしてみたらどうでしょう。
 『子どもの立場で考える』 この視点を忘れないで、対応していけば、子どもとの関わり方、援助のしかたは随分変わってくると思います。
 「春だから・・・」ではなく、どうすれば前のような落ち着いた状態へ戻せるのか、本気で子どもと向き合っていきたいと思います。

 自閉症の子どもは、こちらからの関わり方一つで、直後の行動は大きく変わります。

問題行動がおきた時、「自閉症だから、しかたがない」と考えるのではなく、「どうしたら解決でいるか、どうしたら助けてあげられるか」と考えてつきあっていけたら、子ども達も救われるのではないでしょうか。

 春です。この良い季節を不安の中で過ごすのではなく、親にも子にも本当に良い季節としたいものです。
 今、若葉がとても綺麗です。

『会報 13号』(1999.5)より

 

 

南からの風

 春の野山を子どもと一緒に歩いていると、顔をのぞかせ始めた木々の新芽が鮮やかに語りかけてくれるようです。なんて自然はつややかで美しいのでしょう。

 季節は巡り、また春の風が吹き始めました。そう、春は必ず訪れてくるのです。
今、悩みの中にいる貴女、まだ木枯らしに耐えている貴方。「
必ず、春は訪れる。」そんな風に信じてください。

 私たちは、皆同じ思いをどこかで感じ、またこれからも何度かくり返すことでしょう。
けれど
、明けない夜はない冬ばかりでなく春はまた必ず巡ってきます。そう信じてみんなで頑張りましょう。
もう緑の風が南から吹いてきています。

 さて、4月です。いよいよ新学年が始まりました。
新入園された子ども達の様子はどうですか? もう落ち着かれましたか。
また新1年生になった子ども達、入学式は無事終えられたでしょうか?

 毎日毎日、ドキドキしながら、子どもの帰りを待っていらっしゃるお母さんの姿が目に浮かぶような気がします。みんなが一度は通らなければならない道ですね。

『会報 12号』(1999.4)より

 

今年も一緒に頑張りましょう

 新しい年が始まりました。同じく育てる会の新年度も始まり、世話人一同新たな気持ちで張り切っています。
 今年は、ノストラダムスの予言した1999年。
「この子といっしょに世界中の人がみんな滅びるなら、それもいいかも・・」などと、恐ろしげなことを口走るお母さんもいましたが、つい弱気が言わせたことばでしょう。

人として生まれてきたからには、我が子に幸せな体験をいっぱいさせ、豊かな人生をおくらせてやりたいと思うのは、親の願いです。 我が子たちは、まだまだ自閉症独特の世界の中で苦労しながら暮らしています。
このいろんなの世の中の楽しさ、喜びはまだ学び始めたばかり。
もっともっと楽しいことがいっぱいあるよ、さあ、やってみてごらん、と教えてあげるには一年では、とてもとても短すぎます。

 予言の書など蹴っ飛ばして、子どもと一緒に歩いていきましょう。

 

 さて、育てる会では、昨年末には賛助会員を含めると93名の会にまでになりました。
でも、暮れの会報8号でお知らせしたように、今年はまた 0 からのスタートにすることにしました。
 
本当に思いを同じにする人たちの集まりとして、みんなで同じ方向を目指して進んで行きたいと思ったからです。

 その方向とは、「きちんと子どもを育て、“一人前”の人間にする。自閉症という障害は持ったままではあるけれど、
きちんとした“一人前”の大人として生活して行けるように育てる。
」というものです。

 そして、その為には、棚から落ちてくるボタモチを口を開けて待っているのではなく、
手を伸ばして、手を伸ばして届かなければ足台を探して来てでも取るという姿勢を求めています。
つまり他人に頼るのではなく、
自ら子どもの為に動いて行こうという思いを持った人の会にしたかったのです。
「子どものため」、を第一義に考え、全ての行事も子どものより良い明日の為になるものをと考えていく会です。

 もちろん、「自ら動く」と言っても、あくまで精神的な面での話です。
お勤めがあったり、まだ小さい弟妹の子育て中であったり、なにより本人が多動の真っ最中であったり・・
今、会の行事に参加しにくい、なんてのは気にしないで下さい。求めているのは意識の話。
ただし、『来たら、すぐ書くアンケート』これだけは守ってくださいネ。

 

 ま、そういう少々辛口の会員募集で、しかも会の活動のため、会費も一気に四倍の4,000円現在6,000円です
(賛助会員の方は倍の2,000円
同じく3,000円です)に上げた事もあり、どれだけの方がこの思いに応じてくださるか?
どきどきしながら申し込みを待ちました。

 「ひょっとすると、また世話人だけの会に逆戻りしちゃうかも・・・

 ところが、事務局のポストを開けるたびごとに、連日思いのいっぱい詰まったお便りとともに申込書が届けられました。
総会の開かれた1月19日までには正会員49名、賛助会員30名の計79名の方の申し込みがありました。
 今、その数の多さに少々とまどいながらも、嬉しい気持ちでいっぱいです。

岡山で本気な人たちが、思いを同じにする自閉症児の親たちが49人もいる。
そして私達を応援しようと賛助してくれる人が30人もいる。

そうなんですよね。皆、本気で子どもの将来のことが気がかりなんですよね。
いてもたってもおれない気分なんですよね。
そんなみんなの思いを集めて、今年もまた一緒に頑張って行きましょう

 子どもたちのために 今ならまだ間に合う事 を、
 
子どもたちのために 今だからできる事 を、
 子どもたちのために 今しかできない事 を。

  やって行きたい。
  勉強したい。
  やらせたい。

 育てる会です。私たち親も力を合わせて、たがいに育ちあいましょう。

『会報 9号』(1999.1)より

 

会の目指す道

 今年もいよいよあと数日を残すのみとなりました。皆様にとって今年はどのような年だったでしょうか?
 育てる会の会員募集を青山先生の講演会から募り始めて、もう1年が過ぎようとしています。その前身の「岡山県自閉症児をもつ母親の会」としての発足からですと1年半近くが経とうとしています。
 私達世話人にとっては長かったような、短かったような、ともかく走り続けてきた一年半でした。

 ここらで少し落ち着いて、来年以降の会の方向性をもう一度確認しあおうと、先日世話人が集まって研修合宿を行いました。ボランティアの方や、賄いボランティアの方(賛助会員のお母さんたちが泊まりこみで食事を作って下さいました)、アドバイスしてくださる先生方などにめぐまれ、おかげで明け方近くまで話しこむことができました。

 その話し合いの中から、会の新しい姿が見えてきましたので、発表させていただきます。

 まずは、会の目的の再確認。これには、自閉症協会の岡山県支部との兼ね合い、棲み分けをどうとらえるか、というのが大きなテーマでした。ともに自閉症児・者の幸せを考えている会ですし、事実メンバーも結構重複しています。

 話し合って出てきた結論から言いますと、「私たちは原点に戻って、我が子たちが地域で自立して(もちろん援助を受けながらですが)、普通の生活、幸せな人生をおくって行けるよう、我が子たちを育てていこう」、というものでした。

 もちろん、自閉症児・者たちを取り巻く環境・将来を考えた時には、行政・教育界に対する働きかけや、社会に対する啓蒙、初めて告知を受けられた方へのサポート体制、自閉症者の生活を支援するセンター的な施設の建設など、欠かすことのできない必要な施策はたくさんあります。

 ただそういった公的なものや、ハード・システムに関わるものの実現に向けての動きは、私達の会の手にはとうてい余るので、これは自閉症協会の力に頼らざるをえないのではないか・・・・というのが、話し合ってでてきた結論でした。重複して活動している方も多いので、競合する必要はなく、こういった方面での運動は各自が自閉症協会としての活動の中で行い、私たちの会は、あくまで我が子達を育てていくこと、みんなで力を出し合って子ども達を育てていくこと、それに全力を注いで行く会にしたい、これが世話人会の確認事項です。

 つぎに、では子どもたちを、どういう風に育てていきたいのか? という方向性の話になりました。私たちは任意団体ですし、できるなら同じ価値観、同じような方向性を持って進んで行きたいと思います。

 話し合いの中ででてきたのが「一人前(いちにんまえ)」という言葉でした。
一人前の男、一人前の女」。
自閉症という障害は持っていても、「
一人前の子ども、一人前の大人」。

 具体的には、自分で自分を律すること、コントロールできるような子に育てたい、というのが世話人の間での共通認識でした。

いま自閉症の療育においてはいろいろな療法が試行されています。
 自閉症としての障害は認めながらも、なんとか伝えられるコミュニケーションの手段を活かして周囲が子どもを支えて行こうというシステムや、子どもの気持ちを受容していくことにより人間相手の意識・関係をつけ援助して行こうという方法や・・本当に多種多様です。

 私たちの会としての目標は、例えて言えば、いつも通る道が工事中で通れないとしても
「そんな事ぐらいでパニックおこすんじゃないよ」、
工作でちょっと失敗したからといって
「一人前の男だろ、そんなことぐらいで顔をたたくんじゃないの」
そんな言葉かけで、自分を律することの出来る子に育てたいということです。

パニックはなによりも本人が辛いはずです。自分の力で自分を制することの出来る子にしてやりたい。そこから抜け出せる力を持った子に育ててやりたい。
 それを今後の会の目指すものにしたいと思っています。

 自閉症児の療育に関しては考え方も多く、私たちもこの考えをみなさんに押し付ける気はありません。この「育てる会」もいろいろな療育機関の選択肢の一つとして、同じような考えを持った方に選んでいただければ、と思っています。

 次に話題になったのが、来年一年間の活動内容。子どもの療育のため、と思っていたのが、いつのまにか行事を消化していく団体になってしまっていたのでは、というのが反省材料でした。

 来年からは少し腰を落ち着けて、子どもと向き合っていける活動情報交換の場や将来の糧となる活動などに絞って行きたい、というのがみんなの意見でした。 具体的には講演会や、先輩のお母さんを囲んでの座談会定期的な学習会、それに水泳教室山のぼりなどです。

 それでも、話しているうちに「やっぱり夏には研修旅行かキャンプがしたいね」とか「年に一回ぐらいは木工教室を」などと話がはずんで、やはり今年とそんなには変わらない活動になりそうです。


 さて新たに来年から、と考えてでてきた活動内容に、お母さんのための絵画教室会報の充実、それに相談日の設定があります。

 まず絵画教室について。今年の「子どものための絵画教室」の反省から、「なにより、最初からうちの子は絵を描こうとしなかった」「同じパターンの絵ばかり描き続ける」
といったような自閉症特有の問題が多いことがわかりました。そこでまず、いかに楽しく絵筆を持つことを教えるか、という観点からお母さんにその秘訣(?)を伝授することから始めようと、絵心のある山本ひとみさんにお願いして「お母さんのための絵画教室」です。

 つぎに会報の充実、これには各自の持っている情報の積極的な公開と意見の発表、これが不可欠です。少なくとも、正会員の方には何かアンケートでもあったときは、必ず意見まで書いて返答する・・これを絶対条件にするのが希望です。(・・以上編集局よりの熱望でした)

 それから「相談日」設定の件。私たち世話人たちもみんな、初めて告知を受けた頃、相談する機関や人もわからなくて心細い思いをしたのを覚えています。私達は専門家でも療育のプロでもありません。でも同じ自閉症児を持つ親として、相談にのり、一緒に考えていくことだけはできます。ただ私達も自閉症児を抱える母親、せめて日にちと時間を決めて交替で担当を勤めるつもりです。また次回の会報ぐらいで詳しい予定はお知らせします。

 最後に規約の改定や事務連絡など。

一年目は年会費 1,000円でやってきましたが、実際は会報の郵送代だけでも足が出る実情でした。ましてや、来年からさらに会報の充実を宣言した以上、その印刷と郵送代だけでも・・・・計算してみるとそれだけで 2,000円を軽く超え・・・・それに、行事が・・・・

 申し訳ありません。来期より年会費、一気に 4,000円(それでも赤字で、3年目の現在 6,000円です)です。賛助会員の方は 2,000円(同じく3,000円です)でお願いします。

 次に入会手続きについて。いろいろ考えましたが、私達は一般的な他の会のような、会員の自動継続(?)のような形はとらずに、毎年新たに入会手続きをしていただく形式をとることにいたしました。つまり前年の活動内容や本年の活動予定をみて、また今年もいっしょに頑張って行こうという・・、いつもそんな熱い思いをもった親たちの集まりでいたいと思うからです

 従って今回退会される方も、次年度の入会申し込みをされないだけで結構で、特に連絡はいりません。もちろん名簿も毎年、一から作って新年度の会員の方にお配りします。ちょっと会の運営としては苦しいものがありますが、みんなで同じ方向をむいて進んで行きたいということから、こんな風に決めさせてもらいました。

 最後の最後に今年を振り返って。

私達の会、子どものより良い明日の姿を願って始めた会でした。
楽しいだけの会にしたくはありませんが、楽しんじゃいけないという会でもありません

 来年は親も子も少し肩の力を抜いて(それにしても、我が子たち、どうしてあんなに余計な所に力が入ってカチカチに緊張しているのでしょう?)、「自然体」でやっていきましょう。

 親も子もスッと立つ。それが本当に必要な時に、必要な力を出せる姿勢のように思えます。
来年もいっしょに頑張りましょう。よいお年を。

『会報 8号』(1998.12)より

 

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