ひとりごと。って書いたからには
時にはひとりごとを書いてもいいんじゃないか?
はい。書きます。って事で、不定期に書きましょうか。

例えば明日、読み返して恥ずかしければ、
元に戻しちゃえばいいんだから・・・・。(笑)
しっかし、ココ読む人っているのかな?


9月5日

アーティストと言うには憚られるが
自分という人間が何かを表現していたいという願望は
ココになっても変わらない。
ショップという立場は微妙なモノで
その判断基準を失うと
ただの黒子ともなるし、
また、ただの自己主張の強い
「お客さんを選ぶ店」となってしまう。
と考えている。
所謂、メーカーとしての存在であれば
ユーザーの極めた勘違いを創出することで
(この場合、ユーザーの感覚に左右される)
その存在価値を見い出してもらえる場合もあるだろうがねぇ。
え”?わし・・・・?
実際のところは、やはり”ただの呑ん兵衛”であるが・・・。


9月4日

昨日、ちっこい軽四一台分が届いた。
この軽四がどのくらい働いてくれるのかは、未定である。
果たして浪費という名の無用の長物となるのかどうかは
今後の自分にかかっているとゆー、実に現実的な状態である。
わしは以前から、欲望の培う経済活動というものに
無常を覚えている。
故に誠に残念ながら、それは自分であろうが、他人であろうが
そう変わらない現象と認識している。
欲しいモノは欲しいものだし
それを(金銭的に)購入可能なものであれば
それを購入するヤツがいるだろう。という、メーカー
或いは開発者や販売者の蟻地獄に
マンマと嵌っているとも思えるのである。
家庭を持つなどとゆーことは
正にこの複合体を形成することであり
その組成は個体の思惑と比例して(仕方なしではあるが)
異常とも思えるほどの進化を遂げる。
覚めた目でこの現象を見てみたら
個人の物質所持欲というものは、やはり無常だ。
下手すると家庭にも及ぶ物質所持欲とゆーものがあるのでわないか?
と思った瞬間、やはり悲しくなって
そのことについて考えることを止める回路にスイッチが入った。
呑んで誤魔化す事とする。
究極の選択とは、こーゆーものなのだろーか?
どーも、そういうものらしい。(藁)


9月1日

で、消した。ワハハ!
そんなもの、消すでぇ、普通。
へへへ!何を消したか
毎日読んでないと解んないだろ。
どーせ、ロクな事書いていないけどな。
ところで最近のわしは、どうかしているぞ。まぢで。
トシをとったからぢゃ!と、周囲の長老はのたまうが
そうとわ思わないぞ。
自分がどこに向かっているのか
どうしようとしているのかを
まだ解らずにいるからこそ
更にアンテナを伸ばしているだけなんだと
自分に言い聞かせ、問いただしている。
ただそれだけだと思うのだが。

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