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                                                平成13年4月15日(日)  ホテルアウィーナ大阪

                                   総合司会 畑美樹

第一部鼎談 川柳の立っている場所

『現代川柳の精鋭たち』をめぐって

 荻 原 裕 幸 
 第30回短歌研究新人賞受賞。歌集に『青年霊歌』『あるまじろん』『世紀末くん』『デジタル・ビスケット』。共著に『現代の第一歌集』『近代短歌を学ぶ人のために』など。『岩波現代短歌辞典』編集に参加。『現代川柳の精鋭たち』の解説を担当。ラアティテア所属。

藤 原 龍 一 郎

 1971年、中井英夫の『黒衣の短歌史』を読み、現代短歌の実作に入る。翌年、「短歌人会」に入会。同年、早稲田大学文学部に進み、「早稲田短歌会」に入会。歌集に『夢みる頃を過ぎても』『嘆きの花園』『切断』『東京式』、評論『短歌の引力』など。1990年、「ラジオ・デイズ」30首により、第33回短歌研究新人賞受賞。ラエティティア所属。


堀 本 吟

 『現代川柳の精鋭たち』の解説を担当。著書に『霧くらげ何処へ』。1994年、「関西戦後俳句聞き語りの会」を始め、奈良で「短詩型文学を語る会」を企画。公開の対話、文学上の相互協力の場を形にして、俳句のみならず短詩型の知をみんなで吸収する試みなどユニ−クな活動を実践。その一つの成果として、川柳と俳句の表現の根拠を考える橋渡しになったのではないかと言う。俳句誌「豈」、短歌誌「かむとき」所属。現代俳句協会会員。      

挨拶 樋口由紀子

本日はお忙しいところ、「川柳ジャンクション」にお集まりいただきまして、ありがとうございます。実はこの人数の多さにびっくりしております。なぜならば『現代川柳の精鋭たち』は川柳界ではそれほど話題になりませんでしたし、柳誌でもあまり取り上げてもらえませんでした。句会、大会でも、この本に関して、お話してくださる人もほんのわずかでした。
 
倉本さんと最初、この会場を予約するときに、どれくらいの広さの部屋を取ったらいいのか、かなり迷いました。思い切って、百人が入る部屋に決めたのですが、とても、私も倉本さんもこれ以上大きな部屋を取る勇気はありませんでした。がらがらかなあと思っていましたら、なんとこんなにたくさんの方々にお越しいただいて、嬉しい誤算です。そして、身の引き締まる思いでいっぱいです。川柳ほどおもしろい文芸はないと思っています。俳句や短歌とは違った、別の味がある文芸だという自負もあります。川柳句集を読んでも、柳誌を読んでも、いいなあと思う句はたくさんあります。しかし、その作品を外に出せるチャンスはありませんでした。それが、今回、私が同人として参加している「豈」の発行人でいらした大井恒行さんがそのチャンスをくださって、『現代川柳の精鋭たち』を発刊することが出来ました。
 
このアンソロジーを出して、嬉しかったのは、この本が書店に並んだこと、そして、思った以上に売れたことです。また他のジャンルの方々によく読んでいただきました。川柳は今、足踏みしている状態が続いております。何が出来るかわからないけど、何か出来ればいいねと、今日の会の準備を進めてきました。『現代川柳の精鋭たち』も一部の、偏ったものであるというご批判もあると思います。ですから、これからは、あっちからもこっちからも、いろいろな本ができ、それぞれのかたちの会ができればいいと思っています。何もしなかったら、何も変わらないのです。 今日のこの会も、川柳の大きな流れのなかではほんの小さなことかもしれません。しかし、今日、こうしてたくさんの人にお集まりいただいて、動きだします。どうなるかはこれからのは私たちの課題です。自分のいる川柳の場をもっと居心地のいい場にしたいです。

今日、参加してくださったみなさんが何かひとつでもつかんで帰っていただけたらうれしいです。どうぞよろしくお願いいたします。

第一部 鼎談 川柳の立っている場所『現代川柳の精鋭たち』をめぐって

藤原龍一郎と申します。一九七一年、十九歳のときから短歌を作り始めました。途中、短歌だけでなく俳句も作っていた時期があって、高柳重信さんが編集長だった「俳句研究」という雑誌の五十句競作に応募したことがありました。「俳句研究」は当時、俳句の歴史をきちんと位置付ける編集をやっていたので、かなり勉強できたのではないかと思います。

こんなふうに、三十年間短歌俳句を意識的に読み、かつ実作もしていたのですが、すぐ隣にあるはずの川柳に関しては、やはり一般の人がもっているイメージと同じように、時事川柳と落語の枕に出てくるような江戸時代の古川柳しか知らなかったわけです。あと、毎日新聞の投句欄は読んでいたんですが、こちら側の意識の低さもあって自分がやっている短詩型のものとは同じ高さのものに見ていなかったというのが正直なところです。

そして、一九九九年に田辺聖子さんの『道頓堀の雨に別れて以来なり 川柳作家・岸本水府とその時代』(中央公論社刊)を図書館でたまたま手にとって上下巻を一気に読みました。それで、岸本水府という人を中心として、近代川柳からこの時代へ続いてくる川柳の流れがあるということを知りました。これはぜひ、今自分と同じ時代に生きている川柳作家のみなさんの作品を読みたいものだと強く思ったんです。ところが、そのときは時実新子さん、大西泰世さんまでしかたどり着かなかった。

その後、荻原裕幸さんを中心とした文芸グループ・ラエティティアに参加させていただくことによって、なかはられいこさん、樋口由紀子さんたちのお名前を知り、ホームページ上での作品を読むこともできるようになりました。九九年の夏、樋口さんの『容顔』(詩遊社刊)という句集をお送りいただいて、こういう句集が出ているのかと思ったわけです。装丁ひとつとってもああいう川柳の句集が出たのは非常に珍しいことだとあとで知らされました。また、そのころから石部明さんに「MANO」という雑誌を送っていただいたりというかたちで、やっと現在、今活躍されている方たちの今この時点での表現の川柳というものにふれることができるようになった。そういう下地ができたうえで昨年の夏、この『現代川柳の精鋭たち 人集世紀へ』という本を読んだわけです。

 率直な話、非常に衝撃的な本だったと思います。今ここで書かれている川柳を、ある程度いっぺんに読めたということは刺激に満ちた体験でした。二十八人のなかで知っていたのはほんの数名の方でした。それ以外の方たちについてはまったく何の予備知識もないままに作品を読みました。
そこで、荻原さん、堀本さんが書かれている解説を読まないで作品を読んで、いいと思った作品に丸をつけていきました。それに関して自分がどう感じたかをラエティティアのメーリングリスト上に流していきました。
好きで三十年も関わってきた短詩型文芸のなかに、まだ自分がまったく足を踏み入れていない領域がこれだけ広大に広がっているというのがすごくうれしかった。
そこには評価する部分と同時に不思議に思う部分がありました。まず評価する部分、短歌や俳句とははっきりと違うなと感じた部分を「男性作家の果敢なトライアル」としてお手元の資料に五点あげました。 

@世界を批評する姿勢
 石田柊馬さんとか渡辺隆夫さんの作品に非常に濃厚にあると思うんですが、はっきりした反体制・反権威的なメッセージがある。私は一九七〇年代の短歌――福島泰樹さん、三枝昂之さん、佐佐木幸綱さんたちの、体制に対してNOという言葉をつきつける表現に惹かれて入ったので、それが川柳のかたちでここに持続しているんだとびっくりする面がありました。俳句の世界でも、昭和三十年代に当時の前衛俳句の隆盛と結びついてそのなかに一部突出して、金子兜太さんなどが中心になった社会性俳句というのが出たんですが、ほぼ消滅してしまっているように見える。それがこの『現代川柳の精鋭たち』のなかにははっきりあります。

A日常に陰翳を発見する視線
これは金築雨学さん、海地大破さん、普川素床さんの作品に特に強く感じました。現代川柳のはっきりとした魅力のひとつだと思います。私が惹かれたのはその面白さです。

B季語的な既成イメージに依りかからない表現意志
 これは、川柳の根拠として、俳句との差をどこにもっているかということです。私は俳句を作っていながら、俳人がしばしば口にする「俳句を何年もやったら季語のおそろしさがわかった」とか「季語は深い」という言葉が大嫌いで、聞くたびに不愉快になります。そんなものではない言葉で自分の表現したいものを表現する姿勢が貫かれているということに敬意を表します。

C定型への疑い
 
いちばん驚いたのは、七七という詩型が残っていることです。何人かの方の作品にありました。奥深い、七七でなければ表現できないような屈折をもった世界が描き出されている。それを非常に面白く思いました。

D洗練を拒否する文体
 女性の場合はかなり洗練された文体をお持ちの作家はいると思うんですけど、Aで挙げた三人の方などは、それをわざと拒否してあえて泥臭い表現を好むようなところがある。それはそれで嫌味にはならずに必然性があるなと。表現を洗練させることによって語り落としてしまう世界を語り落とさないようにしようとする意志だと思いました。

また、この本はアイウエオ順ですが、石田柊馬さんで始まり渡辺隆夫さんで終わる象徴的な並びは面白いなあと。こういう本が作られ出版される必然性があったんだなあと改めて思いました。格好のテキストになると思います。そのなかでも面白みを覚えた作家ベスト3の作品をあげておきました。

犬を洗って犬の臭いを嗅いでいる       金築雨学   

  傘を置くところを探す他人の家        同

  もう一度会うはずだったのに死んだ      同

  湖がしずかに嵩を増してくる         同

  鳥籠を洗い人生とは何か           海地大破

  一夜明けると私の視野に塔がない       同

  缶詰を開ける哀しいボクだった        同

  執念でいっぽんの縄立ち上がる        同

  月の暗がり神輿のような便器のような     普川素床

  暗い箱が暗いとは限らない          同

  なんと長い足だろう 夜は          同

手を振りつづける 平凡が消えないように   同

海地大破さんの作品は「喪失感」というタイトルがついていますが、まさに百句のほとんどが「〜がない」ということばかり書いている。非常に面白く思いました。

 普川素床さんの作品「ユモレスク」ですがユモレスクどころかなんと毒のあることを、へんな文体――五七五でもなければ七七でもない文体――で書いているのか。普川調のリズムというか、文体を決めないという文体が確立している。たとえば「月の暗がり神輿のような便器のような」ですが、神をスカトロジックなもので汚して見せる、涜神的なことをしてみせるというようなことはあっても、この言葉の連なりは普通の人だと出てこない。あと「暗い箱が暗いとは限らない」とか、なんでこんなことが詩だと思って作れるんだろうと。言われてみればやはり詩だなと思いますよ。こういうところに率直にびっくりしました。

 この本は一ページ目にプロフィールと写真が載っているんですが、。たまたま私がいいと思ったこの三人はだれも写真を載せていないんですね。やはりなかでも特に屈折した人たちなんでしょうか(笑)。そういう人が私は好きなんだろうかと思いました。

 逆に疑問に思ったことです。
@参加者の平均年齢が高い
 
二十代の作家っていないんですかね。若い作家が出てこないとジャンルとして先細りになると思うんです。
A題詠で作られる作品の不思議
 
題詠で作られた作品が、おそらくこの二千八百句のなかにもたくさん含まれていると思うんです。題詠でつくったものを自分の作品として認知していくというのがやや納得できないところがあります。
B筆名の不可解さ 号はギミック(特殊効果)なのか?
 
ここであげた三人の方々もたまたま下の名前はペンネームだと思いますが、なんでそういう号を使うんだろう。歌人がいちばん本名の人が多いと思うんですよ。俳人も号を使っている人が多かったですが、最近はかなり本名の人も多くなってきたと思います。この本では半分以上の人が号をお使いになっている。号を使わなければいけない表現形式なのかなというのが単純な疑問です。号によって何かを主張するんでしょうかね。別人格に成り代わってこういう表現をしているんだっていう意味なのかな。

C単行作品集の少なさ
 
これは本当はたくさん出ていて私の目にふれないだけかもしれないですが。

D
現代仮名づかい

 
この二十八人の方は全部が現代仮名づかいでお書きになっています。僕は現代仮名づかい派ですが、短歌も俳句も旧仮名づかいと混ざり合っていて、作家によってどちらかを選ぶ。たとえば岸本水府の時代は絶対旧仮名で書いていたわけですよね。それがどこかで新仮名づかいで書くんだという自然な意志統一が川柳というジャンルのなかで行われたのか。

そうであれば時代と即応するっていうところに結びついているのかもしれないと、不思議に思いつつも納得できるかなと思いました。その辺はうかがいたいところでもあります。

資料の最後に、俳人には「上がり」があるが川柳作家には「上がり」がない、と書きました。簡単に言ってしまえば歌人とか俳人って四大紙の選者になってしまったら、そこ「上がり」なわけですよ(笑)。特に俳人に顕著ですけども、長谷川櫂さんという人が四十五歳になるかならならずで朝日新聞の俳壇の選者になりました。それから正木ゆう子さんって方――能村登四郎のお弟子さんですけど――が読売新聞の選者になりました。そういう人たちは「上がり」なわけです、いわば。すごろくで言えばもう先がないんです。だけどここにいらっしゃる川柳作家のみなさんには「上がり」がないんですよね。新聞に川柳欄はありますけど組み方が全然違います。明らかに差がある。常に泳ぎ続けなければいけない。走り続けなければならないというところに頼もしさと感じると同時に、川柳の現状をもっともっと知りたいという思いがあります。

荻原 荻原裕幸です。よろしくお願いします。今の「上がり」の話でぶっ飛んじゃったんですけど(笑)、先日出した歌集がこれまでの五冊分をまとめた全歌集で、こんな年齢で「上がり」みたいなことをしちゃいけないなと思いながらお話を聞いていました。

 『現代川柳の精鋭たち』には、外部の一読者として気持ちよく、でもみなさんのほうから見たらとても生意気な内容の解説を書いてしまって、ちょっと気がひけているところがあるんです。けれど、作品の内容には踏み込めなかったかもしれないけれども、参加されたみなさんの活気、元気さ、あるいは本にかける情熱みたいなものは感じ取っていたつもりでした。それがどこまで反映されたか自信はありませんが、川柳のなかにも、読者の方にもなんとか伝えられたらな、という気持ちで文章をまとめました。作品を読んで川柳は今ものすごく元気だということを感じて、川柳への自分なりのイメージみたいなものはできていました。ここでは解説に書けなかった部分――解題という場所で書いていたときには見えなかった『現代川柳の精鋭たち』の本としての位置、この本が川柳の動きのなかでどういう意味をもっているのかについて考えてみたいと思います。

 まず、俳句と川柳のかたちが同じたということはものすごく大きな意味のあることです。もちろん、それぞれのジャンルの方が隣のジャンルのことをまったく気にせずにやっているケースもあるんですが、私が深く関わっている短歌は三十一音をベースにしているというフォルムの面からいくと、同型で隣り合うジャンルがないという状態です。そこから見ていると、俳句と川柳は一体の器みたいなものに見えるんです。どうしても比較しながら見てしまうことが多いのですが、俳句の人は、ちょっと経験を積むとみんなカリスマじゃないかと思うくらい「俳句とは何か」について上手に語って、お弟子さんをいっぱい集める。もちろん実質も伴っていると思いますが、俳句そのものを規定していくことによって活気づいている部分がある。これは短歌からみてもとてもうまいな、はっきりしてるなと感じるんです。

 一方、川柳の場所をそんなにたくさん見ているわけではありませんが、自己規定ということにおそらくジャンルそのものがあまり関心をもてないんですかね。へたなのか関心がないのかわかりませんけれども。これが外から見ていてすごく気になるところで、それが川柳の特性なのか、作品一辺倒というところがある。

たぶん、自分を縛りすぎてしまう俳句と、あまりにも自分を縛れない川柳というのが、両ジャンルの特質じゃないかなと思います。これは短所でもあるし長所でもある。そこからいろんなものが生まれてきているんだと思います。

川柳のように、ジャンルとしての自己規定がなされないとどういうことが起きるか。ひとつは、作品がいくら元気でも、歴史とか流れのなかでひとつのかたまりとして見えてこない。たしかにあるということはみんなわかっていても、ジャンルとしての意識がとても希薄になっているように見えるんですよね。川柳の人たちに川柳って何ですかと訊いたときに、そんな質問を受けること自体が意外だというような反応が返ってくる。

 もちろん、そういう質問が出た瞬間に川柳作家さんたちの意識が変わったりすることもあるわけで、今回の『現代川柳の精鋭たち』という本自体が、自分たちが何をしているか

どんなジャンルのどんな場所にいるのかということを映す鏡として切実に求められて、そのような鏡として企画された面が大きいんじゃないかと。このことは作品を読んでいたときにはあまり感じられなかったことなんですが、今回のイベントまでの流れを見ていて、感じる機会が何度もありました。

 冒頭、樋口さんが挨拶のなかでこれが一歩目だとおっしゃっていましたが、『現代川柳の精鋭たち』が一時的なものなのか、本当にこれから川柳の大きな転換点になっていくのかを、密接に関わりのあるジャンルとして注目しているような状態です。

堀本 堀本でございます。『現代川柳の精鋭たち』の解説を書いております。

 荻原さんは非常に理論的、客観的に書いておられますが、私は樋口さんや倉本さんと友達感覚でつきあっていた面もありまして、彼女たちの変化生成の過程をそばで見ていたので、体験的にいろいろな問題を感じてきました。

荻原さんがおっしゃっていた自己規定があまりないというお話ですが、たしかに川柳には自分たちが何者であるかというのをちゃんと出せない人たちもいるかもしれない。そういう人とのおつきあいっていうのは一緒に何かをやるとか、語ってみるところで、あ、あんたと私はここが違うんだねというようなわかり方をしていったほうがいいかなということで、いろんな接触をもってきております。私自身もどちらかといえば感性が川柳的なんです。非常に自己規定がへたで、自分のなかの表現の欲求を、さあこれを詩で出そうか、川柳で出そうか、俳句で出そうかというときに、自分が何者であるかをわかっている、わかっていないが半々の状態です。ただ、私の理想は最終的には俳句なんです。まだ表現されていない俳句という表現を探るひとつのプロセスとして、川柳といわれる詩型とここで出会っていると思っていただきたいと考えています。

レジュメのプロフィールを書くなかで、川柳とは何か、俳句とは何かと区分けしていった面があります。たとえば初学の時期に坪内稔典さんとか江里昭彦さん、摂津幸彦さん、増田まさみさんたちとの出会いはちょうど藤原さんが青春時代であった一九七、八十年代俳句ニューウエーブの時代でした。既成の戦後俳句、ないしそれ以前の近代俳句の結社制に対する反発、それから小同人誌の輩出があった。まさに今の現代川柳の場所として「MANO」「コンティキ」「WE ARE!」などが発生していることがその状況とすごく似ていると。既成の何かを超えたいためにまず小グループから始まる。そこに盛られた言語感覚はもちろん過去のものとは違っている。その違い方は三十年前の俳句の場合とはまた別なんだけれども、切実に現在の最先端を担おうとしている、前線に踊り出た人たちの未分化な状態がそのまま小さな同人誌に集まっているという感じがします。そういうなかで『現代川柳の精鋭たち』が出たというのが面白いと思いました。

もうひとつ、「精鋭たち」を押し出したものとして、四国の北村泰章さん、海地大破さんのご努力で出た、戦後の川柳の動きを網羅した『現代川柳の群像』(川柳木馬グループ刊)があります。昭和二桁世代の川柳作家の成果をまとめたもので、戦中派を含めた昭和世代の屈折を十分出している。「戦後詩」「戦後俳句」があるならば、「戦後川柳」の存在感がそこにひとつあるな、と。そして、昭和二桁世代の中盤以降の作家を含む、過去と未来の両方の要素をはらんだものとして、この『現代川柳の精鋭たち』の意義があると思いました。他ジャンルの俳句などにとっても、初めてこういうかたちでひとつの内容的な情報を得たという意味で、これからも優れたテキストとして読んでいただきたい一冊だと思います。

私が俳句評論集『霧くらげ何処へ』(一九九二年 深夜叢書社刊)を出したときにはこれは俳句評論じゃないとさんざん叩かれました。これは八十年代の女性詩などに影響を受けて私がジャンルの自己規定――自分がどんな表現を選ぶかということで創り上げたもので、そういう問題意識は川柳の今の若い人たちと通じるものがございます。

 また、数年前「関西戦後俳句聞き語りの会」を俳句の若い方々とやりました。俳人としてはいまや重鎮である鈴木六林男、津田清子氏などの戦後の作家としての形成を聞き出していくという会です。そこに集まられた川柳の樋口由紀子さん、当時、俳句に転じたばかりの花森こまさん、倉本朝世さんたちとの出会いによって、若い女性たちの短詩型への意欲とふれあった。それが自分のなかで俳句と川柳を、同時代のものとして対照化していく機会になりました。そこから石部明さんとか、渡辺隆夫さんという熟年の男たちと知り合ったり、もっと若い倉富洋子さん、なかはられいこさん、畑美樹さんと知り合って面白いおつきあいになっています。このようなことが私の川柳に対する位置でございます。

何が川柳かと理論的にはうまく言えないですけれど、結果として心象風景が多いんですね。すると読むときの気持ちによって選び方が違ってくる。ということは書くほうは心情の変化に沿って書いているというのが非常に多いと感じます。女の人には非常にナルシシズムが多い。俳句にはナルシシズムが出にくい。これは詩型の違いだと思います。それから特に男の方の川柳には、無頼であるとか、虚無であるとか放埓というニュアンスを、よく感じます。先ほどの自己規定が下手だというお話と表裏のものだと思うんですが、その場で発散すればそれでいいわけなんですね。そういう臨場の快感を川柳は持っている。言葉なんだけども、身体に非常に近い感覚を残しているんじゃないか。これが川柳にもっている私の関心であり、好感なんです。

 逆に俳句は、直接的に自我を出そうとすると、形式がめちゃめちゃになる。俳諧の技法をくみこんだスタイルの確立がかなりしっかりしている。そういうもののないのは否定されたり軽蔑されるわけです。七、八十年代の俳句ニューウエーブは、過去に形成されたスタイル、手順を踏んでいないというようなところでかなり批判されていた。その、俳句定型の言葉をはみだすところに川柳と結びつくような土壌があったのではないか。そういうことでクロスオーバーとか、川柳も俳句も一緒じゃないかという考え方も出てきているんじゃないかと思います。

 レジュメの最後のほうになりますけれども、現代俳句というのは季語に対する考え方が変化しています。近代俳句は、私性への執着があるものだから、どうしてもやせ細っていくわけです。前衛俳句の時代は、ひとつの挑戦として内部意識(イメージ)を追求する方法がさぐられた。例えば赤尾兜子などです。しかし、俳句の形式はあまり内面に入ると書けなくなるというようなことがある。昔ながらの俳諧・諧謔・精神のダイナミズムの復活がいわれている。一方、リズムについては五七五なんだけれども口語で書くということを迫られている。そういうことが俳句の今の議論の問題なんですが、口語俳句や自由律や無季俳句を受け容れ、はば広く自由になってはきたが拡散していき、もだえているのです。これらを含んでいる川柳との共通の問題があるように思われました。

 そういうことで私の場合はアバンギャルドである加藤郁乎、永田耕衣などの過剰なダイナミズムと形式破壊をあとづけていったら面白いかなと考えています。

 最後に川柳人に対する提言ですが、低いレベルで他のジャンルをはじかないということ。

そしてジャンルの優越じゃなくてそこに本当に自分の言いたいことが盛り込める形式なのかどうかを評価の中心にすべきではないか。それからいちばん言いたいのは、従来の川柳が持っている「穿ち」、と精神態度としての無頼の発想を忘れてはいけないということです。

藤原 荻原さんにレジュメの後半をしゃべっていただきましょうか。

荻原 はい。僕の周りの人は『現代川柳の精鋭たち』の出版が話題になっていると必ず言っているんですよね。でも、関係者は「ほんとにそうなの?」っていう感じなんですよ。今日のこの会をみても反響が大きいということはたしかだと思うんです。ただ、本当に第一歩目ですし、自分たちを映す鏡なんだけれど、正面から映した姿は決まっていても、斜めにしてみたらまた表情が変わってくるわけで、本当に自分たちがやっていることを確かめるには鏡があと二枚も三枚も欲しいと思うんですよね。こういった出版をめぐる企画というのもみなさんの外側を包むようなものであると同時に、作品を書いていくことにかなりダイレクトに影響を与えていくことじゃないかなと。そういう意味でも鏡は何枚も立てましょうと思っておりました。

 それからもうひとつ、川柳の中側から「川柳はこんなふうですよ」という話がなかなか出ないんですけど、他のジャンルと接触すると、僕も含めてそのジャンルの人っていうのはやたら川柳のことをしゃべりたがるんですよね。これは川柳が内部から語っていかないことと関わりがあるんじゃないか。内部の人は川柳を規定しようとはしないんですけど、外の人がやたらと規定しようとする傾向があって、これが川柳を考えていくうえでとても大きなきっかけになるんじゃないかと思います。ただ、前にいる三人は川柳にとても惹かれているのでいくら口の悪いことを言っていても愛情を感じられると思うんですけど、中には現代川柳なんか存在しないっていう人や、俳句の領域を侵犯するなという人もいます。そして、思いがけない鉱脈に出会ったという藤原龍一郎さん、川柳こそ文芸の現在を映す鏡だという堀本さんのような人もいる。ということで、レジュメについては以上です。

 表現意識の問題として、作家性を持つべきなんじゃないかと思ったんです。つまり自分の書いているものがたとえばその大会だけの、その場で評価されるということにかけるのではなくて、時間の連続のなかで書き続けている自分というものをもっと打って出てもいいんじゃないかと。たとえば個人句集の刊行なり、他ジャンルとの表現上のつばぜり合いの場をもっと積極的に作っていくべきなんじゃないか。あるいは自分が書いているものの価値というのをもっと認知させようとする努力をしたらいいんではないかと思うんですがどうでしょうか。

藤原
 これは実は僕も川柳を外から見ていると、必ずそこのところでイライラっとするんですが、「川柳とは何か」とか、「作家性」に踏み込んでいくと、目標ができてしまうのでさっき藤原さんが言っていた「上がり」の方向へ行くマイナスもしょい込んじゃいますよね。それがないところで立っているのが川柳の特質みたいな感じがするんですが。

藤原
 だけど、それ以前にやはり作品自体の価値が川柳を作っていない人たちの目にもっと触れるようなことをすべきではないかと。だから『現代川柳の精鋭たち』はそのひとつの成果だし、倉富さんとなかはらさんがお作りになった「WE ARE!」だとか、なかはられいこさんの『脱衣場のアリス』(北冬舎)という句集はそういうかたちで外へ出て行くという意志がはっきり見えるものだと思うんです。ただ、最近残念に思ったのは、『現代川柳の群像』という本が今この会場で売っています。上下二巻で、金曜日に石部明さんからお送りいただいて、そのあと起きている時間をほとんど読んでいました。これほどの本なのになんで自費出版にしちゃったんだと。つまり、編集とか費用の面からいえばそういう作り方でいいんです。だけど、あの本がなんらかのかたちで流通に乗るようにできなかったのか。発行元さえ見つければいいわけでしょう。今の段階では。そうしたら、たとえば地方・小出版流通センター扱いにするとかいうかたちで。そうすれば、興味をもった人が買えるわけですよ。だから、やっぱりそういうところの努力はしなきゃいけない。荻原さんはその部分を具体的にプロデュースしているわけじゃないですか。

だから、あの本は今ここでは買えますよ。今日買うべきだと思うけれども、じゃあ今日すぎちゃったら今度はどこで買えばいいのかよくわからない。おそらく発行人の北村泰章さんにお願いして購入したいという意思表示をすることになるんでしょうけれど。

堀本 だからそれがこれまでの川柳の姿勢からすれば、高知の木馬ぐるーぶ発行の『現代川柳の群像』をああいうかたちで纏めること自体が画期的だったと思います。樋口さん編集の『現代川柳の精鋭たち』はもうちょっと外へ推し進めた役割を果たしたわけですね。なかはらさんの「WE ARE!!」や『脱衣場のアリス』の企画は、ほとんど同時進行でやっていた。(のかどうかわからないが・・)。

藤原 気運が盛り上がったからこそ、雑誌に連載されていたものが纏められるとか、新たにアンソロジーが出版されることになったんだろうと思います。

堀本 それが時代性、時代精神の問題ですね。ところでさっきの作家意識のことね、わたしは樋口さんの『容顔』とか倉本さんの『硝子を運ぶ』(詩遊社刊)に非常に感じましたね。作家意識が女性のなかに成熟したと。(堀本注。こういう「作家」意識は、近代文学を背負った「作家」意識とは少しちがっている。句集を持つことが、彼女たちにとっては川柳観の価値転換を意識したのではないだろうか。この揺曳については直前に出された山本忠次郎と普川素床さんたちの句集を読むよりは、女性たちの句集を読む方が、切実感が伝わってくる。)

藤原 だからそういうふうに出てきたから目に触れたわけじゃないですか。だけど、俳句や短歌の世界は作家意識だけが先行している人が圧倒的に多くないですか。うんざりするほどそういう人たちは多いですよ。

堀本
 (笑)短歌のほうがすごいですね。俳句は本は仰々しいんですけど、全部結社に吸収されてしまう。市販されるようになったのは最近です。読みたい句集は自分たちのグループのなかで買ったり進呈しあっている面がある。だから藤原さんが言われたことは俳句の問題でもあるわけです。

藤原 そうするともうひとつ僕が言いたいのは文体の問題なんですけれども、『現代川柳の精鋭たち』をテキストにすれば、二十八人は二十八様の文体をもっていると僕は感じました。ところが、俳句で二十八人百句ずつのアンソロジーが出たとしたら僕はとても二千八百読みきれないですね。それはやっぱり文体が似てるんですよ。これは、堀本さんが八十年代ニューウエーブとおっしゃって意識している作家にしてもそうだと僕は思いますよ。突出した何人かはあるけれども、たとえばそのニューウエーブの人たちが集まっているとされている「豈」とか「未定」だとかにしても僕は全部は読みきれない状況で十数年続いているわけですから。

堀本 (笑って)「豈」読めない?。

藤原 読めないですね。僕は(笑)。だから『現代川柳の精鋭たち』が読めたというのはもの珍しさもあると思うんだけど、やはり読みきるだけの魅力がおそらくそれぞれの百句にあるからでしょう。だからそれはたとえば既成の美意識である季語とかに依りかかっていないとレジュメに一項目たてましたけれど、紛れないという百の意識があるからですよ。

堀本 やはり俳句は鏡みたいな自己規定の場所が多いという気がします。藤原さんの場合は季語のことを言われましたね。復本(一郎)さんのように「切れ」っていう見方がある。川柳と俳句の違いは何かと、ある作家のおっしゃるには、俳句というのは風景・自然・ものというのを出すと。川柳はこと、人事というものを中心にすると。対象化したい世界が違う。そんな意識の発言をきいたことがあります。そういう認識がある。俳句の人たち――特に無季俳句の人たちは川柳と間違われないために必死になって俳句と川柳の違いを言う(笑)。ほんとうに自己保身にすぎないのに、川柳の人たちには気の毒なほどの蔑視がありますね。自由律にもそう。そういう異端を排除しながら体制をつくっている。かなり形式の独裁みたいなことがあって、これがいやなところでもあり、定型が続いてきた理由でもあるんです。それと私が川柳と俳句の違いとしてものすごく感じるのは、ピラミッド式の結社制の強さ。こっけいなほどのヒエラルキーだと思うんですけれど、そういうのが俳句には強い。(どうしてこんな意識空間に入りこむのかなあ)

藤原 でも、結社的ヒエラルキーていうのは川柳にもあるんじゃないですか。

堀本 あるんだけれど、そのあり方がどこか可愛い(笑)。悪いんだけれど。間接的に見たり聞いたりするだけですが、この程度だったらまだっていう感じがしますね。(堀本注。訓練とか教育、学習というより、一緒にアソボ、というところがあるんじゃないかな)

藤原 川柳には教えてくれる「型」がないんじゃないかと思うんですよ。それがさっき僕が言った百句あれば百句の文体をつくらなきゃならないというところで。だから見方としては、堀本さんのレジュメで「虚無」と括られている海地大破さんと金築雨学さんが僕は両方とも好きなのは、そういう虚無の部分に惹かれているのかもしれない。だから自分が書きたいテーマをもっていたら、それは先生の影響ではない。自分でテーマを探してそのテーマにふさわしい文体をやっぱりつくらなきゃならない。俳句は習えちゃうじゃない。型で。習ったところで先生に押し出してもらうというかたちがとれちゃうような表現ジャンルだと思います。

堀本 荻原さんはどう?

荻原 この十五年とか二十年くらいに状況がはっきり変わったなと思うのは、作家っていうのはその人が持っている人生とか文学的な知識とか天性の言語感覚っていうのはあるかもしれない。でも、やっぱりどこの場所にいるか、どういう人と繋がっているかなんて日常の些事だといいながらも、家族に影響されないでものを書くなんて実際ありえないわけなんですよ。そういうことが文学ってものがものすごく確固たるものとして存在してたときには弾くだけの力をもってたと思うんですけど、今、そういう力を文学自体がもっていない。詩歌ももっていない。そういう時代になってるので周りからすごい勢いで侵食されていくと思うんです。侵食っていうのは単純に文学が壊れちゃって悪いっていう意味じゃなくて、そういうところに作家の存在みたいなものが侵食されるようなかたちであるわけなので、当然それが作品に反映されてくるわけです。そういう事情を昔の感覚でそんな日常の些事は文芸のなかには入れられないという拒否の姿勢をとり続けると今が見えなくなっちゃうわけで、ここで笑いも混じりながら出ていたジャンルの裏事情みたいなところにも、作品あるいは作家に対する影響力がものすごくあるということが詩歌全般の現在のある一面を出していると思います。そのなかで、自己規定というさっきの話からすると自分たちが何者であるかという意識が過剰にある俳句は、それをもう一度掴みなおすようなかたちで接していくわけですけれど、川柳はもう正面から巻き込まれてるみたいなところがあって、周りに侵食されているということをやっぱりちょっと意識しないと。ジャンルそのものが意識しないと周りから侵食されているということが意識できないですよね。川柳は特に影響されやすいからいおもしろく活用できる部分なんじゃないかと思うんですよ。

堀本 だからね、作家が侵食されていくという場合に、短歌とか現代詩は成熟しきって侵食されていく。川柳はそこまでいかなくてやっと作家意識が芽生えてきた頃に文芸思想全体のなかではもう個が侵食されている。そういう一種の後進性がもつ――悪い意味で言っているわけじゃなくて――周縁(マージナル)にいた人がもつ、上昇感覚や、中心にいて支配している雰囲気への関心や反撥、抵抗感で元気そうに見せているという面があるんじゃないの。

荻原 後進性というか、ずっと無垢なわけなんですね。

堀本 ピュアなんですね。(ピュアに近代文学を追っているところもあるし、若い頃は私もそうだったけれど)

荻原 そう。だからある意味じゃ弱いんですよね。影響を受けやすいんですから。その影響を受けるということ自体をを意識するという目ができると、俳句は正直いうと変えにくいと思うんですよ。川柳は変わりきれると思うんですよ。そこを、自己規定がないって言っていないで、なにか活用していく意味がある川柳の特質なんじゃないでしょうか。

堀本 大事なこと言われたと思うわ。川柳というのは変貌しやすいんですね。文体を変えやすい。そういう面があると思います。

藤原 堀本さんはレジュメのなかで、川柳のなかで培養されてきた独特の言語技術だとか表現の可能性を理論化しないと他ジャンルに簒奪されるって書いていますよね。

堀本 典型的なのは、坪内稔典さんがあいまい性だとか口誦性だとかいろいろ言っていますね。これは川柳がもう経験的にやっているような感じだな、と私は思っているんです。坪内さんは絶対それを言わないんだけど。

藤原 理論化は急務だと思うんだけど、たとえば石田柊馬さんがお作りになった同人誌「サーカス」などを読むと、理論化された文章が載っていると僕は思うんですけれども、それを、外部に対して存在感をもって意識的に主張していかないとまさに簒奪されるっていう部分もあるだろうし、あるいはさきほどちょっと石田さんにお話をうかがってたんですが、大会なら大会の場で、文字化して後に残すっていうことをしないで、その瞬間に輝きを放つひとつの作品の在り方、存在感は一種のダンディズムではないかという気はします。それは非常にかたちのいい、格好のいいことではあるんだけれども。堀本さんがお書きになっている贅沢さ、文学的蕩尽っていうのはそういうことも含まれるのかと感じたんですけれど。それだけで使い尽くしちゃっていいんだと。その大会の場だけで。だけど、僕らはもっとそれをちゃんと貯金してあとで通帳として見せてくださいよ、と思うわけです。

堀本 だからね、作家が侵食されていくという場合に、短歌とか現代詩は成熟しきって侵食されていく。川柳はそこまでいかなくてやっと作家意識が芽生えてきた頃に文芸思想全体のなかではもう個が侵食されている。そういう一種の後進性がもつ――悪い意味で言っているわけじゃなくて――周縁(マージナル)にいた人がもつ、上昇感覚や、中心にいて支配している雰囲気への関心や反撥、抵抗感で元気そうに見せているという面があるんじゃないの。

堀本 そうですね。石田柊馬さんでも、林田紀音夫さんなんかにすごく影響を受けておられると。その時期にね。そういう問題もあるので、これから表明していただきたいなと思うんだけれど。

 それでは会場のみなさんにお訊きしたいと思います。

谷平こころ 私が川柳を選んだ理由は川柳が短歌俳句に比べて自由なところだというただそれだけのことで入ったんです。川柳が新聞で差別されていることなどはありますが、それはかたちであって私は「上がり」なんかはないほうがずっといいと思うし、川柳に誇りをもっていますから気の毒だなんて言われるとあまりいい気はしいというのが正直な感想です。

堀本 (笑)すみません。気の毒に思っているんじゃなくてうらやましく思っているんです。

大本義幸(前半聞き取れず)表現の緻密さもあるんだけれど、俳句は叙情性がなければいけない。……川柳はその叙情性が弱いと。そういう区別はできると思うんですが、藤原さんなんか専門家だし……(不明)

堀本 大本さんはね、「日時計」「黄金海岸」という同人誌で攝津幸彦と坪内稔典を押し出した隠れた名編集者と自負しておられる、古い「豈」の最初からの方です。今日は龍一郎氏に会いにこられたそうです。

堀本 本書に出ている川柳は、傾向として自己洞察、とりわけ、自意識のつよい作家が集まっている、という面はあるんです。すごくそこは美点なんだけれど、そのとき自己規定とどう関わりますかね。

堀本 北村泰章さんの労をねぎらってご意見を訊いてみたいと思うんですが。

堀本 近接ジャンルから見た川柳ということで東京から藤原さんに来ていただいたり、インターネットを駆使した文学というものを考えておられる荻原さん。そして私は非常に戦中から現在に続くある感覚を大事にしながら、けっこう目移りもして新しいものも好き、という困った好奇心を拡げています。これからも若い方と仲良く喧嘩しながらやっていきたいと思います。

堀本 だからね、作家が侵食されていくという場合に、短歌とか現代詩は成熟しきって侵食されていく。川柳はそこまでいかなくてやっと作家意識が芽生えてきた頃に文芸思想全体のなかでは個が侵食されてる。そういう一種の後進性がもつ――悪い意味で言っているわけじゃなくて――周辺にいた人がもつ、ある上昇感覚が元気そうに見せているという面があるんじゃないの。

堀本 典型的なのは、坪内稔典さんがあいまい性だとか口承性だとかいろいろ言っていますね。これは川柳がもう経験的にやっているような感じだな、と私は思っているんです。坪内さんは絶対それを言わないんだけど。

堀本 だから、難しいけれども、その蕩尽に贅沢にその場で発散しつつ、技術的には後に残すという、この戦略をつくられるといいなあという気がするんだけれども。ねえ、荻原さん。

荻原 さっき堀本さんが言ってた俳句がとっちゃうっていうのはありますよね。坪内稔典さんなんかはほんとに川柳の側から見たら最大の犯罪人だというふうに私は思います。それだけすごい作家だということなんですけど。本人が俳人だと名乗っているからといって、あの作品を見て川柳のことを想像しない人が多かったということが僕は衝撃でした。そもそも坪内さんの作品を読んだことがそもそも川柳に関心をもつきっかけだったんです。で、これが俳句だったら川柳って何? って思った。実際に探っていくとおんなじだとは言わないけれどやっぱり繋がっているものはあるなと。だけどあっというまに時間が経って坪内稔典はこれは私の俳句だと書いている。そのあと片言だとか口承性だとか子規の詩歌論を理論化していって自分の回りの砦をきっちり固めたわけなんですよ。で、たぶん川柳の方は一歩も入れないと思います。そんなことして固めたらどうなるかというと、坪内稔典の作品に似てたらそれは俳句ってこれから呼ばれるんですよ。川柳とは呼ばれないんですよ。そういうかたちでほんとに略奪されていってるんですよね。それで苦しいところに追い詰められていく。そういう意味でも自己規定っていうのがあってもいいのではないでしょうか、と。

堀本 そうですね。坪内さんより長老の岡井省二さんとかツバキヨウコ(要確認)という人も関心あるんだけど、そういう人たちが俳諧の諧謔みたいなものを取り入れている。だから俳句と川柳のもっとも底のほうに一種の混沌としたダイナミズムがあって、川柳がその役割を引き受けていたはずなのに結果的には俳句のセオリーになっていく。このあたりが私が俳句をやりながら川柳が気の毒だなあと思うところです。それを打ち返すようなかたちで昭和世代が総力を挙げてやってほしいなと思います。

藤原 僕はこの表現レベルのすごさ、実に刺激に満ちた高度さというのにストレートに打たれていますので、たとえば無季俳句の人が、無季俳句と川柳の違いをさかんに規定したがるというけれども、無季を意識的に作っている人がいたとして、僕があげた三人の作家の句を読んだときに自分の作品に自信がもてるはずがないと思います。僕これを無季俳句だといっていいと思うんですよ。川柳のアイデンティティをおもちであればそれを尊重しますけれども。俳人は無季を作らない理由として無季は難しいと言います。だけど、この三人の作品を見たら、難しいと言った人の能力が低いだけだなとしみじみ思いました。僕は無季俳句として読んですごい表現だなと思いますよ。「いっせいに柱が燃える都かな 三橋敏雄(句、作家名ともに要確認)」それから林田紀音夫の数々の無季俳句に十分に拮抗する作品だと思いますから。現代で今無季俳句を意識的に作っている人の作品ですごいと思ったのはあまりないですけれども。逆に川柳作っている方たちはそういう意味での俳句をどう意識なさっているかっていうのもうかがってみたいなと思います。

堀本 そうですね。石田柊馬さんでも、林田紀音夫さんなんかにすごく影響を受けておられると。その時期にね。そういう問題もあるので、これから表明していただきたいなと思うんだけれど。

 それでは会場のみなさんにお訊きしたいと思います。

谷平こころ 私が川柳を選んだ理由は川柳が短歌俳句に比べて自由なところだというただそれだけのことで入ったんです。川柳が新聞で差別されていることなどはありますが、それはかたちであって私は「上がり」なんかはないほうがずっといいと思うし、川柳に誇りをもっていますから気の毒だなんて言われるとあまりいい気はしいというのが正直な感想です。

堀本 (笑)すみません。気の毒に思っているんじゃなくてうらやましく思っているんです。

大本義幸(前半聞き取れず)表現の緻密さもあるんだけれど、俳句は叙情性がなければいけない。……川柳はその叙情性が弱いと。そういう区別はできると思うんですが、藤原さんなんか専門家だし……(不明)

藤原 意識して入れないっていうことですかね。叙情的な俳句って僕はあんまりおもしろいと思わないんです。大本義幸さんの俳句はおもしろかったですけれど。

堀本 大本さんはね、「日時計」「黄金海岸」という同人誌で攝津幸彦と坪内稔典を押し出した隠れた名編集者と自負しておられる、古い「豈」の最初からの方です。今日は龍一郎氏に会いにこられたそうです。

藤原 逆にちょっとうかがいたいんですけど、川柳の雑誌、結社に入ると最初に何か教えられることというのがあるのかどうか。

藤原 ありがとうございます。おそらく人間をうたうっていう部分が基本になっていて要は人間は千人いれば千人違うわけだから、それがさきほどから私がこだわっている表現として表れてくるものが似ていないということだと思うんです。表現は短歌であれ俳句であれ小説であれ、似てないことがいちばん大事だと思っています。そこに非常に惹かれている部分があると。

堀本 ここに出てくる川柳はどうしても深く自己洞察してしまうという面はあるんです。すごくそこは美点なんだけれど、そのとき自己規定とどう関わりますかね。

石田柊馬 自己規定ということについては今のところ、ひとりひとりの川柳書きが感じている「私は川柳を書いている」というところにしか規定はない、というふうに言えようかと思います。ただ、さきほどおっしゃいました文化人類学的な意味での「蕩尽」という言葉を聞けば、川柳はおそらくハングリーというものが裏側についていたろうと。そのへんの性質のところでひとりひとりが川柳というものを受け取っている。川柳の自己規定じゃなしに、逃げになりますが、作家ひとりひとりの自己規定があいまいなまま流れているとしか言えないような現状だと思います。ただ、時事川柳、サラリーマン川柳をお書きになっている方はごらんのように非常に立派に自己規定されてます。そのへんを自己規定と言うんであれば、現代川柳は自己規定しないほうがいいんじゃないかという気もします。そのなかで俳句とクロスオーバーしようがジャンクションになろうが今のところいいんじゃないか。ただ、今言いましたようにハングリーな念というものがだんだん世の中で消えていき川柳作家のなかで消えていく場合に、むしろおっしゃっている蕩尽という意味でも、川柳そのものが消えていく可能性はかなり高い。消えていくのが自己規定なり自己規制のなさであるとすればそれはいたしかたないと。非常にオポチュニストですけれどそういう言い方しかできないというふうに思います。以上です。

藤原 非常に納得できるところがあります。ただ、やっぱりさらに打って出てもいいんではないかなという気がします。それはもしかしたら石田さんたちの次の世代の作家の方たちに課せられてくるものではないかなと思います。

荻原 いつでも腹を切れるというのだめだと思うんですよ。自己規定してこういうものになってしまうんだったらそんなものにはならないほういい、という。でもね、やってみないとわからないと思うんです。サラリーマン川柳をやるわけではないんですよね。おそらく。徹底してそれをしろという意味ではなく、やはり今の状態にまったく不満がないなら現状でいいんだけれども、これだけ不満の声が聞こえているんだったら、手も足も口も一緒に動かしたらどうでしょうかという意味の自己規定なので。

堀本 北村泰章さんの労をねぎらってご意見を訊いてみたいと思うんですが。

北村 川柳木馬グループの北村泰章です。木馬の場合も、入ってきた人たちに対しては川柳は自分自身の心のなかに思っていることを自由に好きなようにうたうんだよということしか言いません。作品を作っているなかで、この人はこういう方向が向いているなと思ったらそういう方向の柳誌を取り寄せて読んでもらったりしています。ですから木馬の場合は伝統的な川柳を作る人もいれば、革新的な川柳を作っている人もいるし、中道的な立場の人もおります。いろいろなんです。単なるひとつの枠のなかで自分を縛りつける、あるいはとらえるということはすべて排除していきたいと思っています。

荻原 ちょっと硬すぎたんですね、自己規定という言葉が。要するに鏡を見るとか自画像を書くとか、自分自身を直接見ることはできないけれど、なにかのかたちで振り返るというか考えるという意味なので、ぜひ一度お試しください(笑)。

堀本 近接ジャンルから見た川柳ということで東京から藤原さんに来ていただいたり、インターネットを駆使した文学というものを考えておられる荻原さん。そして私は非常に戦中から現在に続くある感覚を大事にしながら、けっこう目移りもして新しいものも好き、という困った好奇心を拡げています。これからも若い方と仲良く喧嘩しながらやっていきたいと思います。

 これで第一部は締めとさせていただきます。パネラーのみなさん、ありがとうございました。

お詫び・会場からのご発言の一部聞き取り不能の箇所がありましたが、そのまま掲載させていただきます。(石部)

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