37、環境ホルモン(内分泌撹乱化学物質)について


環境ホルモンとは

   いわゆる「環境ホルモン」とは、正確には”外因性内分泌撹乱化学物質”と言います。生物のホルモンのバランスを乱して、ヒトや野生動物に各種の健康障害を引き起こす物質の総称です。古くはレイチェル・カーソンの”Silent Spring(沈黙の春)”に書かれたDDT被害、シーア・コルボーンの”Our Stolen Future「奪われし未来」”などで、野生動物や家畜の健康被害が示されたのがマスコミに大きく取り上げられるようになった始まりです。

  ホルモンとは、生物の体内で作られ、主に血液とともに流れていって体内の他の臓器に働きかけ調節作用をおこす物質で、たいていの場合は分子量の小さいタンパク質やポリペプチドなどで出来ています。そして、そのホルモン特有の受け皿である受容体(レセプター)にくっ付いて作用を表すのです。雌雄の決定に働く性ホルモンの他に、甲状腺ホルモン、成長ホルモン、副腎皮質ホルモン、血糖値を調節しているインスリン、カルシウムのバランスに関係した副甲状腺ホルモンなどが有名ですが、環境ホルモンについては、主に性ホルモンと甲状腺ホルモンの働きを乱すものを取り上げることがほとんどです。

 ホルモン様作用をもつ化学物質は、@生物に元からあるホルモン、Aホルモンのバランスを取るために作られた医療用の医薬品、B植物などに含まれるフィトエストロゲン(phytoestorogen)と呼ばれる”植物ホルモン”、C合成化学物質の中で、ホルモン受容体に働く物質などがあります。環境省は、1998年にとりあえず67物質を環境調査の対象物質として選び、全国的な汚染調査を行っています。(表参照) 

「環境ホルモン」として注目されている物質

物質 用途など
アルキルフェノール
   ノニルフェノール
   オクチルフェノール
アルキルフェノールエトキシレート類
ビスフェノールA
DDT
フタル酸ジ-2-エチルヘキシル
フタル酸エステル
トリブチルスズ
ダイオキシン
PCB
農薬−アトラジン、ディコホル、ベノミルなど
植物エストロジェン
フェノール樹脂、界面活性剤(洗剤)


界面活性剤
樹脂の原料、コーティング剤
殺虫剤
プラスチック可塑剤
プラスチック可塑剤
船底・魚網の防汚剤
燃焼副産物
絶縁油、媒体

自然界に存在

環境ホルモン問題の歴史

 1930年代からDDTという農薬が、世界的に使われるようになりそれから10年ぐらいして、鳥の卵の殻が薄くなってきて野鳥に問題が起きていることが分かりました。これは、DDTが卵の殻にカルシウムが沈着するのを撹乱するからです。
 ノニルフェノールという界面活性剤(洗剤)がイギリスの川で見つかり、その川のコイの1種の雄が雌化することも分かってきました。これは、ノニルフェノールがエストロゲンという女性ホルモンの受容体(レセプター)と結合して、女性ホルモンの様に働くからでした。
 フロリダのアポプカ湖の雄のワニのペニスが小さくなって、生殖が出来ないなどということも問題にされています。
 日本で、有名になったのは、フジツボが船底に着くのを防ぐ為に塗料として使われたトリブチル錫(すず)=TBTです。これは、イボニシなどの巻貝の雌を雄化して、インポセックスと呼ばれるペニスが雌に出来てしまい生殖が出来なくなりました。最近はTBTは使用中止になり、一時減っていた巻貝も、数が回復していると言われています。
 その他、人に関係した問題では、男性の精子数が減少しているのでは無いか、女性の子宮内膜症が増えているのではないか、乳癌・子宮癌・卵巣癌・前立腺癌などがホルモンの影響で増えているのではないか、赤ちゃんの先天奇形の増加や発育障害・行動異常などが起きているのではないかといったことが心配されています。(表参照)
 人に関した問題は、まだ因果関係がハッキリしないものがほとんどで、現在、世界的な規模での精子数の調査などが行われている所です。

注目されている「環境ホルモン」によるヒトの健康影響

 ○一般の人々で可能性が指摘されている影響(一定の結果が得られておらず、今後の詳しい調査が望まれるもの)
  ・若年男性の精子数の減少
  ・癌の増加(乳癌、子宮癌、卵巣癌、前立腺癌、精巣癌などホルモンの影響を受けやすい癌)
  ・子宮内膜症の増加、不妊症
  ・免疫異常、アレルギー疾患
  ・先天異常(尿道下裂など生殖器異常、低出生体重児、二分脊椎など)
  ・発育障害(精神発育障害、IQ低下、性的発育障害など)
  ・神経系障害(行動異常、「キレ」やすい性格、パーキンソン病などの神経疾患)
 ○大量曝露を受けたヒトに実際に見られた障害
  ・DES(早産防止のホルモン剤を内服した母から生まれた娘に腟癌が出来やすい)
  ・精子数減少(ブロモプロパン、エチレングリコールなど)*
  ・生殖障害(重金属、クロロフェンなど)*

  *:ホルモンを介するよりも直接の生殖毒と考えられているもの

環境ホルモンと一般化学物質の毒性の違い

 環境ホルモンには、大きく分けて2種類の物があります。1つは、残留性有機汚染物質で、PCB、DDT、ダイオキシン、トリブチルスズ化合物などです。これらは分解性がほとんどなく、環境中に出るといつまでも残留し、蓄積性が高いので食物連鎖を通じて濃縮されてゆき、野生動物やヒトに悪影響を与えます。もう一つは、女性ホルモン様物質で、合成女性ホルモンのジエチルスチルベストロール、大豆に含まれるゲニステイン、ビスフェノールAやノニルフェノールなどがあります。

 ある化学物質に毒性がある場合、マウスやラットを使って、ある濃度以下であれば影響が出ない濃度を調べて行きます。それに一定の安全率を掛けて、人間もこの位までなら大丈夫だろうという1日耐容摂取量:TDI(tolerable daily intake)を決めます。実際に、ヒトに対して毒性試験を行うことは出来ませんから、疫学調査などをもとにリスク・アセスメントを行って、TDIを修正したりもします。いずれにしても、この場合は、線形の容量反応曲線(量が多いほど害が大きいが、少なくなれば影響はなくなるとする考え方)が基本になっています。

 ところが、環境ホルモンの場合は、正常なホルモンとの競争現象などが起こって、ある量ではホルモンと同じ様にプラスに働くが、場合によっては反対にマイナスの働きをすることがあるのではないかとか、ごくわずかな量(低容量)でも作用があって直線的でなく、U字型または、逆U字型の反応がある可能性があることが問題にされています。これは、まだ議論が進行中の問題で、あるとする説にもないとする説にも、両方にそれなりの証拠が集まってきています。

環境ホルモンへの対策

 化学の進展により、現在作られている化学物質は3000万以上、市場で販売されているものでも10万種以上あると言われる中、どの物質が環境ホルモンとなるのかを調べるプロジェクトが幾つも取り組まれています。米国EPA(環境保護庁)では、スクリーニング方法を開発して怪しい物質の白黒をつける取り組みをしていますがなかなか困難があるようです。最近のヨーロッパでは、胎児や乳児への影響を重視しようとする方向で、野生生物への影響もヒトの健康障害と同様に重要であると考えられてきています。

 行政指導や業界独自の取り組みよって、人間が摂取する量が減るように対策が立てられているケースもあります。例えば、農薬のビンクロゾリンは抗アンドロゲン作用により雌性化をおこしますが、農薬としての登録が取り消され市場から消えました。哺乳瓶にはかつてポリカーボネート樹脂が使われていましたが、ビスフェノールAが溶出するとの指摘があり現在では使われていません。コンビニのおにぎりからフタル酸エステルが高濃度で検出されましたが、これは握る時のプラスティック手袋から出たもので、厚生労働省の指導により改善されています。
 また、蓄積性の高いダイオキシン、PCBなどについては、ダイオキシン対策措置法やPCB特別措置法などで、環境漏出を防ぎ、現在汚染されたり保管されているものを分解処理するように定められています。

 いずれにしても、個々の物質によってその特徴や対応の仕方が違いますから、次回からはすでにその影響や対策がはっきりしてきている、ダイオキシン、ビスフェノールA、フタル酸エステル類などについて、順にその影響と対策を見てゆきたいと思います。


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