「とこずれ」の新しい治しかた

 当院は開院当初より、往診・在宅診療を行っています。多くの方を診させていただきましたが、なかでも問題なのが とこずれ褥瘡:じょくそう)です。なかなか治りにくいと一般的に思われていますが、適切な処置を行うと改善することも多いのです。現在の褥瘡治療は、これまで良いと思われ、行われていたこととは、大きく変わっています。その一端をご紹介したいと思います。(以下とこずれを褥瘡と記載いたします。)

 褥瘡は、とこについている時間の長い、特にご高齢の方に発生しやすい皮膚の潰瘍です。普通、健康な人は睡眠中自然と寝返りを打ち、皮膚が長時間一定の圧迫を受けないように体が調整しています。しかし体の機能が麻痺すると、そのように自然に行われているはずの除圧行為ができなくなり、皮膚が長時間圧迫を受け、その部分の血管が押しつぶされるため、血流が悪くなります。その結果、血液によって酸素や栄養が保たれている皮膚組織が腐り、傷になってしまいます。これが褥瘡です。特にご高齢の方は皮下組織が薄く、クッションになる皮下脂肪が少ないため、皮膚が圧迫を受けやすくなります。また体を移動する時に摩擦が生じると、その部位に傷ができ、褥瘡になることもあります。一度褥瘡ができるとなかなか治りにくく、生活の質を大きく低下させます。したがって褥瘡はつくらないよう予防が一番重要です。


 以前、「褥瘡は看護の恥」と呼ばれていた時代がありました。これは褥瘡を予防するにはこまめに体位変換(からだの向きをかえること)が必要で、これを怠ってはいけないという看護教育としての教訓でした。したがって自分の受け持ち患者さんに褥瘡ができると当時の看護婦さんたちは自責の念に駆られたものでした。しかし、時代と共に看護の領域であった褥瘡が疾患として認識されるようになり、褥瘡も病気として科学的に取り扱われるようになってきました。その結果、褥瘡の発生メカニズムが明らかになり、原因が単に看護の怠慢ではなく、床につく原因となった病気との関連、十分に栄養を取れるかどうか、寝具による体圧のかかりかた、介護時の体位、スキンケアなど複数の要因が関わっていることがわかってきました。またこれまで行われていた治療法にも誤りがあることもわかりました。以下に例をあげてみます。



誤り
その@ 「傷には消毒が一番」

 私が子供の頃けがをすると、すぐ赤チンやヨーチンをつけていました。それで傷が治るので、傷は消毒するものという固定観念ができあがっていました。
 しかし、消毒薬は傷の乾燥と同様、繊維芽細胞の増殖を抑え、傷を治すのに必要な白血球の機能を抑えることがわかってきました。したがって、現在では、感染した(化膿した)褥瘡以外イソジンなどの薬剤による消毒はしない、もししても、そのあと洗浄し、残留させないことが重要と考えられています。

誤りそのA 「傷は乾燥させて治す」

 古くから傷は早く治すためには乾燥させることだと信じられていました。そのためドライヤーを使って褥瘡を乾燥させている方までいらっしゃいました。しかし、皮膚の細胞増殖を助けるには、乾燥より適度な湿度が必要のことが分かってきました。最近の創傷被覆剤(傷を覆って治るのを助けるドレッシング剤)はそのような理論に基づいて開発されています。

誤りそのB 「赤くなった皮膚はマッサージで血行をよくする」
 
 赤くなった皮膚は急性炎症を示します。以前は充血した血液をマッサージして血流をよくするよう指導されてきましたが、急性炎症を起こした皮膚をマッサージすると組織のダメージが大きくなる事が分かっており、行うべきではないでしょう。

誤りそのC 「傷があるときは入浴してはいけない」

 入浴すると傷が感染するので、傷があるときは入浴してはいけないと言われていた時期がありました。現在の創傷治癒論ではむしろ血行をよくするため、積極的に入浴を勧めています。ただし、入浴後は褥瘡を適切に処置することが不可欠です。

誤りそのD 「褥瘡の部分は円座をあてて保護する」

 円座とはドーナツ型のクッションで、以前から除圧の目的で、腰やかかとの褥瘡に使われてきました。しかし、かたい円座をすることにより、周囲の皮膚がかえって圧迫を受け、血液の流れを遮断し、褥瘡部へ栄養や酸素が足りなくなる恐れがあるため、近頃はあまり推奨されなくなりました。もっとも、最近はビーズがはいった円型パッドのように体圧分散に優れたものもあるようですので、使い方しだいでしょうか。


誤りそのE 「エアマットを使っていれば褥瘡の心配はない」

 この項だけは、過去の褥瘡対策のことではありません。最近は、優秀な体圧分散マットレスが開発され褥瘡予防に非常に役立っています。しかし、どんなに優れたマットレスを使用していても褥瘡は生じることがあります。エアマットの圧が適当かどうかこまめにチェックしましょう。停電のあと、エアーが抜けていることに気付かず、褥瘡がどんどん進行した例を経験しております。


褥瘡の治療

 褥瘡の治療には保存的なものと手術によるものがあります。在宅では大手術は不可能ですので、基本的には薬やドレッシング剤をつける保存的治療になります。これには訪問看護師の方やご家族の協力が不可欠です。褥瘡の状態は刻々かわりますので、正しい処置の方法を理解して頂き、患者さんご本人、ご家族、看護師、医師がしっかり連絡をとって取り組まねばなりません。
 そして、なんといっても最大のポイントは予防です。
 1)除圧
 2)スキンケア
 3)栄養管理
をいつも心がけ、すこしでも気になる部分があったらできるだけ早く専門医にご相談ください。

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