それぞれの未来に 



 例えば僕が『心臓外科医』になって 一番驚いたのは誰か。

 それは限りなく自分自身だった。



 ―――弊社の研究所を統轄していただけませんか?
 ―――我が社にはあなたが必要なのです!



 そんな誘いも全て袖にして。
 なんで極東のこんな国に戻る気になったのかは自分でも未だに理解出来ない。

 ただ一つ断言できるのは、ココにはアイツ等が居るということだ。

 陽射しもまだ強くはない、麗らかな春の日とでもいうべき陽射しがホール内に射し込んでいる。
 夏も始めだというのに天気なんてのは気紛れなものだ。
 機内持ち込み用のカバンの中からジャケットは出しておこうと手を動かした時、足元に濃い影が落ちた。





 日本でもようやく飛び級が評価されるようになって、気が付けば僕も15を数えようとしていた。
 まぁ、今世紀最高の超天才の異名を冠するこの僕が『ゆとり教育』なんて時代錯誤な教育方法を
推奨している国で、同年代と行動を共にするような真似はしていなかったけれど。

 『日常』という名の平穏な時間が戻って早2年。
 改めて考えてみれば、かなり長い時間を安穏と過ごしていた事になる。
 ・・・・当然その間も色々と研究は続けていたが、あくまで個人レベルで、という程度だから。
 だから重い腰を上げてみた、という訳でもないのだけれど。


「アル、本当に出て行くの?」
 声の方へ視線を向ければ、腰まで伸ばした髪をポニーテールに結い上げた少女。
 彼女は障子の桟を掴んで頬を膨らませている。
 ・・・・・あぁ。15才っていうのは『少女』の範疇だっただろうか。
 地域は違っても同じ欧米出身なので、お互い日本の同世代に比べれば大きくなったものだと思う。
 気が付けば、僕の身長は意外なほど隼人に近付いていた。
 キャロルだって周囲から見れば抜きん出ているだろう。
 持って生まれたキャラクターがアレだから、誰も何も口にはしないのだろうけど。

 だけど外見はやはり日本の15才とは異なってくる。
 DNAの成せる技か。
 けれど、血も繋がっていない筈なのにキャロルはどんどんユーゴーに似てくる気がする。
 とはいえ、別にユーゴーが頬を膨らませて拗ねる・・・・なんて事を癖にしていたわけじゃないけれど。

 つらつらと考えていた無駄な事を全て捨て去って、僕は荷造りを再開した。
「僕はキャロルと違って養子縁組を組んでいたわけじゃないからね。いい加減世話になりすぎた」
 この場合、出て行くという表現は正しいのか?などと頭の片隅で考えてみる。
 改めて考えてみれば、約3年も居候生活を送っていた事になる。
「・・・・ホントに世話になりすぎた・・・・・」
 キャロルには聞こえないように、ポツリと呟いてみた。


 十三じぃさんには今後の身の振り方もすでに話している。
 3年間も養ってもらっておいて、突然去るのは失礼だと思ったからだ。
 あと、新宮家の世帯主はまだまだ現役で十三じぃさんだし。

 高槻達には既に挨拶を終えている。


 ただし、あの男には云っていない。
 ―――何も伝えていない。

 うっかり者の武志が口を滑らせる事も考えられるが、別に故意に秘密にしたいという訳でもない。

 ただ
 何となく
 言い出せなかっただけで。
 
 追い掛けて来るとか、引き止められるとか、そんな事まで考えていたわけでもなくて。
 取り敢えず言い難かったのだろう。
 彼の目は真っ直ぐ過ぎて、気持ちが揺らいでしまいそうだったから。
 何も言われなくても、自分の方が足を止めてしまいそうだったからに過ぎない。



 15の歳を数えたあの年に、医学の道に進むと決断したのは別にそれ以前の償いというわけでもなく、
ただそうするべきだと自分の中で確信めいたものがあったから。
 そんな曖昧な予感で人生を決める日が来るなんと思っても居なかったのだけれど、気が向けば本当は
なんにだって成れるんじゃないかという考えは今だって健在で。
 今はただ、この職についた事の報告と『ただいま』の一言を言う為に―――








・・・・取り敢えず戻って来まちた(テヘリ)←誰か止めろッ!!




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