GRAND BLUE
足に絡む砂。
拳をすり抜ける砂塵。
流れる風。
寄せる波の音。
冬の海は静かで穏やかな顔をしていた。
「一遍来てみたかったんだよな。冬の海」
「僕は迷惑だ。寒いし、何もないし・・・・・」
―――例によって例の如く、アルは隼人に引きづられる様に出掛けていた。
鼻歌混じりで防波堤を歩く男を見て、アルは心底溜息をつく。
いつまで経っても子供のような青年。
法的には確かに“子供”扱いなのだけれど。
「・・・・・初めて会った頃から、変わってないな・・・・・」
呟く声は風にながされて隼人には届かない。
分かっていて口に出す自分に、改めて溜息をついてみたり。
静かに波打つ沖を眺める。
小波の音以外、これといった音はない。
時季外れもいいとこだ。
「そー言うなって。静かで良いだろ」
「・・・・静かすぎだ、いくら何でも」
海から吹く風に首を縮める。
海上を渡ってきた風は、内陸部のソレより温度が低い。
隼人に言われるままにコートを羽織っては来たものの、それでも吹き抜ける風は冷たかった。
「で、ここで何がしたかったんだ、君は?」
身震いをしてから口を開く。
アルの眉間を飾る皺は、時間が経つ毎に深くなっていく。
しかし問われた隼人はお気楽に、別に、と応えただけだった。
「来てみたかったんだって。ホント。単純に」
「君が単純一直線なのは知ってる。これでもかって言うぐらい身につまされてるよ」
お出でお出でと動く手に習って、アルも渋々防波堤に上がる。
さし出された手を取れば、片手で引き上げられる。
一気に視点が高くなって、確かに綺麗な景色だ。
空も、海も。
だが、今回はちょっとやそっとじゃ機嫌が戻らない。
何だか意地になってるアルだった。
遠目にジージャンが風に揺れる。
「ホラよ」
アンダースローで腕がしなる。
投げられた缶が宙を舞う。
放物線を描いて、アルの手元に収まったのは缶コーヒー。
意外にもアルが寒がりであることを発見した隼人がわざわざ買いに行っていたのだ。
「ありがとう」
微かに赤味を増した両手の平で暖かい缶を包み込みながら、蚊の鳴くような声でお礼を言う。
「どういたしまして」
アルが未だに感謝の言葉を口にするのが苦手なのにも慣れたもので。
お礼代わりに額へのキスを許してもらう。
これも習慣。
かじかんだ指先が上手く動かないことに焦れれば、隼人が横合いから開ける。
これも習慣。
「流氷とかこねーかなー」
ポツリと呟いた言葉はきっと無意識の産物。
「北海道じゃあるまいし。来るわけ無いだろ」
即答する言葉も無意識の産物。
体の中から暖まれば、寒さにも慣れる。
人間は適応動物だ。
二人して、しみじみと思う。
―――高い空・・・・・。
「で?いい加減理由を話したらどうなんだ?」
飲み終えた缶を横に置いて、隼人の顔を覗き込む。
いきなり連れて来て、一体何を考えているのか。
今までにも似たようなことはあったが、全部何かしら理由があった。
単純なりに物を考えている。
それも大切な、隼人の一面。
なのに―――
「んー」
当の隼人は、いつまでも空の缶を銜えて生返事。
コートの裾が翻る突風に、缶が転がった。
「ただ、・・・て・・・・も・・・・・・・ら、・・・・・・・・・・・・・・い・・と思ってな」
風に掻き消される隼人の声。
肝心なところが聞こえない。
全然聞いた意味がない。
「ただ、俺達って赤いモンとばっか縁があるから、たまには青も良いかなとか思ってよ」
アルの視線から上手く伝わらなかったことを汲み取って、もう一度同じ事を口にする。
隼人にとってはつまらない理由。
でも、アルにとっては?
「赤いものって・・・・・・僕達の髪の色とかの事を言っているのか?」
記憶を辿る。
赤のイメージ。
『髪』『目』『キース・レッド』そして、・・・・・・・・・・・・・・そして『血』の赤。
過去を彩る夥しい血の赤。
記憶のフラッシュバックに鈍器で殴られたような衝撃が走る。
単純に、気持ちが悪い。
自分が背負う罪の色。
俯く。
自然と落ちる視線に写るのは海の青ではなくコンクリートのグレー。
くすんだ、狭い視界。
「お前が思ってるようなモンばっかりじゃねぇと思うけど」
俯くアルの頭を引き寄せて、顎を乗せる。
無反応さに今度は隼人が溜息をついて。
「嫌なモンばっかじゃなくてよ、愛とかー、俺が振り回されてた火の心とか。そーゆーの含めて、全部。
お前と会ってからの赤をさ、ここの青と比べてみたらもっとキレイになるかなーとか、そんだけ」
最後の方は照れてぶっきらぼうになりつつ、それでも強くアルの肩を抱き寄せる。
「泣くなって・・・・・」
声もなく、涙が出た。
悲しくて。
それ以上に嬉しくて。
「君と出会えよかった」
涙で掠れた声。
「俺もだ」
抱きしめた体はまだ小さくて。
壊れそうなほど細い肩。
ゆっくりとアルが顔を上げる。
「愛とか言うなよ、恥ずかしい」
照れて微笑む目元の涙を指で拭って、啄むようなキスを降らせる。
人気がないから許して貰える。
これも隼人の幸せ。
「じゃ、恋でも良いぞ」
「変わらないだろ、それじゃ」
抱きしめて、抱きしめられて。
視界を埋める一面の空と海。
これが二人の心の色。
GRAND BLUE.
壮大な青―――
【END】
何だかステッキーな文章に仕上がりました(壊)
・・・・ポエマー?Σ(=△=|||)