月夜に流れるオルゴォル
| 一年に一度しか会うことが出来ないなら、もう会うことの叶わなくなった人に逢いたいと願う。 ―――それがどんなに不可能なことでも。 7月7日は七夕。 今年は良く晴れたものだと、誰もが思ったに違いない。 奇しくも満月の翌日だったのだけど。 新宮家の庭にも、大きな竹が括り付けられている。 当然、短冊付きで。 「花火って、時期的に早くないかな・・・・」 「なーに言ってんのよ。店頭に並んでいる以上、時期じゃないなんて言わせないわよ!!」 「ご・・・ごめん・・・」 サラサラと笹の葉が擦れて音を立てる。 その微かな響きを掻き消すように、細かいことが気になる武士と、それを尻に敷く恵の声が広がる。 この夏、初めての花火。 高槻達は遠巻きに笑い合っていた。 ―――けれど、本当はみんな無理をしているのだろう。 ここに同席しているはずだった彼女を思い出しそうで。 思い出しても良い。偲んでも良い。 ただユーゴーの死を知った直後の状態に、高槻を戻したくないだけ・・・・。 それは何となく分かる。 僕だって取り乱した。 彼女は必ず戻ってくると思った。 ・・・・・そう、思っていた。 強い女性だったから。 本当は誰よりも優しく、脆い人だったのかもしれないけれど。 失ってしまった母のように温かく、初めて得た姉のように包み込んでくれたから。 あの戦いの中に踏み込んで、それでも生きて帰ってきてくれると信じていたのに。 この想いは、多分この場の全員の中にあるはずだ。 感じ方は違っても、感応力者の彼女はいつだって心のわだかまりを解きほぐしてくれた。 暴走を戒めてくれた。 行動に理解を示してくれた。 それと同じぐらいに、地上に残ったDr.サミュエルの姿を確認して、僕は吐き気を抑えきれなかった。 死因なんて考えなくても分かる。 僕が不甲斐ないばかりに、あの時爆風に身を晒したからだ。 彼の死は、僕のせいだ。 それなのに。 死者特有の―――血の気のなくなった顔に、満足げな笑みを浮かべて。 必ずチェスで勝つと誓ったのに。 再戦の約束もしたのに。 初めて『敗北』を喫した相手だったのに。 その頭脳を認めた相手だったのに。 言葉もなかった。 ただ・・・・涙と吐き気が止まらなかった。 ジェフを失った時とは別種のショックで、僕の心臓はどうにかなってしまうかと思った。 あの戦場から日常に戻るまで、それなりに問題もあった。 それらを全て乗り越えて、今ここに残るメンバーはやはりそれなりに、経過した時間の分だけ変化を遂げている。 大学生になった隼人、高槻、武士、恵・・・・・・カツミ。 高校に入った僕とキャロル。 けれど根底に流れる繋がりは変わっていないようだ。 相変わらず恵の尻に敷かれている武士、高槻を支えて立つカツミ、新宮家に戸籍を移したキャロルと、新宮流古武術を継いだ隼人。 そんな中で、一人距離を置いた僕と。 別に深い理由があった訳じゃない。 ただ、Dr.との約束を果たしただけ。 あの別離の瞬間に手渡されたCD−ROMを解析し、判読し、データを再構築する為には本国へ戻る必要があったからにすぎない。 その作業も終わり、厳重な保管も済んだから、僕は今ここに戻ってきている。 何も言わずに迎え入れてくれたメンバーは、深い詮索はしてこなかったけれど、きっと本当は色々言いたいことがあるんじゃないだろうか。 あの馬鹿でさえ『おかえり』としか言わなかったのだから。 今更のように考えれば、あの場面で『おかえり』とはまた非常識な出迎えではあったのだけれど。 「オイ。花火、しねぇのか?」 思考の海を彷徨っていた僕に声を掛けてきたのは、疑問の種であるあの馬鹿だ。 しないのか?と聞きながら掌中の花火を押しつけてくるあたり、何があっても参加させようという意図が丸分かりなのだが。 お義理で受け取れば、手渡されたのは紙こよりの様な種類の花火。 「線香花火?」 聞き返せば、花火を受け取った方とは反対に腕を掴まれ庭の中央へ集まっていた輪の中に引き込まれた。 全員が小さな蝋燭の火を囲んで屈み込んでいる。 その手には、やはり線香花火。 それで、何となく分かってしまった。 一年に一度の逢瀬の日、離れていく全員の遺志を引き戻す日。 「普通の線香だと、辛気くさいでしょ?」 「キャロルは、ユーゴーの事、今でも大好きだよ」 「涼がアリスの中で助かったのは彼女のお陰だから・・・」 「俺が不甲斐ないせいで、ユーゴーに無理をさせてしまったんだ・・・忘れるわけにはいかない」 「彼女は、とても強い人だったから」 「ユーゴーもだけど、例のジジィの事もな。弔いって訳じゃねぇけど、忘れちゃいけねぇことだからな・・・・お前だってその為に約束果たしてきたんだろ?」 それぞれの思いを短い言葉に託して。 僕は言葉もなく、新宮隼人の言葉に頷いた。 それを契機に、誰からともなく蝋燭に花火を近づけていった。 僅かな音もなく、静かに仄かに燃え尽きていく花火が、あの日のアメリカ本国を彷彿とさせる。 その中を駆け抜けた幾つもの命が、幾つもの誓いが、今のこの世界を生き長らえさせているのだという事実。 その中心にいた彼らが何を思ったのか、正直な所僕には判らない。 僕はあの刹那の決戦に踏み込むことが出来なかったのだから。 消えていく、手元の炎。 それは人の命に似て、脆く儚い。 だからこそ、此程までに美しいのだと。 そういうことなのだろうか。 水の入ったバケツに遊び終わった花火を漬けて、解散した。 あの後は盛り上がった。 それは異様なほどのハイテンションで。 例の如くあの馬鹿が連発式花火を手に持って走り回ったのが原因なのだろうけど。 一足先に部屋に戻ったキャロルを尻目に、僕は新しい短冊を手に取った。 折り紙を切っただけの粗末なものだけれど、慣れない筆を使って書き入れる。 願い事を一つ。 新たな誓いを一つ。 「なに書いてんだ?」 ぶしつけに声を掛けられて、僕は肩を震わせた。 よく考えなくても、そんなことをするのはコイツしかいないのだが。 「大したことじゃない」 素っ気なく言い放って、コヨリで竹の枝先に短冊を括り付けた。 当然隼人からは見えにくい場所に。 背後から小さな舌打ちが聞こえる。 恐らく内容を無断で見ようとしたのだろうけど、そうは問屋が降ろさない。 どうせ明日になれば全部燃やすのだから。 天に届くように、願いが叶うように。 そんな非科学的な年中行事を、今では慣れたものとして参加している自分が少し不思議だ。 これも変化なのだろうか。 「あの日さ・・・・・お前スゲェ泣いてたよな」 ボーっと手を見る僕に何を思ったのか、唐突に隼人は昔のことを口にし出した。 「何かさ、今日のお前見てるとあの日のこと思い出す。ユーゴーとジジィの遺体の前で声もなく泣いてたお前のことだけ思い出す。もっと色々あったはずなんだけどな・・・」 ちょっと困ったような表情で隼人は言った。 それは、どう受け取ればいいのだろう。 僕があの日からなにも変わっていないということか・・・・・・・・・それとも、それ以外の、ARMSやアリスとの交感を思い出せない自分を悔やんでいるのか。 僕には解らない。 「そんなことを――」 「俺は。他の誰かの死よりも、お前の姿の方が痛々しかった。ユーゴーやジジィのことも後悔してる。でもそれ以上に、俺にはお前だけだったんだな・・・・・今もあの時も」 そんなことを言われても僕には理解出来ない、とは口に出来なかった。 発言を遮られたことより、隼人の口にした内容によって。 僕の思考は分断された。 この男は一体何を言っているのだろう。 とても困ったことを言われた気はするのだが。 「そんな呆然としたツラ見せんなよ・・・・流石に傷付くぜ・・・・。取り敢えず部屋に戻れよ、風邪引くぞ?」 言いながら、隼人は階段を上っていった。 風邪? この時期の風邪は、さぞタチが悪いことだろう。 下らないことばかりが頭の中を駆け回る。 気が付けば宛われた部屋の前だった。 家具はほとんど置いていない。 その少ない中でも最も使用頻度が高いデスクの上に、それはあった。 “ブルーウィッシュ” それだけ走り書きされたメモの上に乗る、小型の木箱。 「この字は・・・・」 このクセ字は紛れもなく、あの馬鹿のもので。 木箱を手にとって開いてみれば、流れ出す小さなメロディー。 内側に取り付けられた銀盤にも微かに読める『blue wish』の文字。 『Blue Wish』 それはアリスの愛した世界で一つの蒼いバラの名前。 Dr.サミュエルが命より大事にしていたアリスの写し身。 そして―――アリスの心を感じたユーゴーが時折口づさんでいた歌の歌詞。 心が締め付けられるようだった。 瞼を閉じれば浮かんでくる、それぞれの姿。 熱くなる目頭を押さえて、ベッドへと倒れ込んだ。 テーブルの上、手巻きのオルゴールは細く長く音を奏で続ける。 少し欠けた月夜に流れ出すメロディー。 それは不完全さの象徴のようで、僕たちにぴったりだと思った。 目が覚めたら、隼人の言葉を熟考してみよう。 それだけ考えて、僕は眠りの床についた。 一年に一度の逢瀬なら、二度と会えなくなってしまった人に逢いたいと願う。 一生に一度の誓いなら、絶対に後悔しないものを選ぼうと思う。 |
そんな月夜に流れるオルゴォル。 |
色々詰め込んだら酷いコトナリマーシター((┐(´-`)┌))(エセっぽく) これで七夕とは片腹痛いです。 ではでは.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆←ミルキーウェイ(爆) |