最近、ふと気づくと聞こえるメロディー。
 朧気ながら聞き取れる音は英語で、途切れ途切れでしか意味は取れない。
 だけど多分、悲しい歌。

 隼人は自室で作業していた手を止め、隣室へと足を踏み入れた。
 歌声を辿れば案の定アルが居て。
 ここではなく遠くの空を見つめていた。


 無意識に口ずさんでいるのか視線はいつも流れているけれど。
 その時は大抵目元が柔らかい。

 幸せな・・・・思い出?


 入れ口に立ち尽くして、軽く瞼を落とす。
 鮮やかに朽ちることなく残る記憶。
 この歌につられるようによみがえる。何度も何度も。
 懐かしい故郷が瞼の裏に見える。
 炎に包まれて崩れ落ちてしまったけれど、その熱さも紅さも全てが鮮やかで。
 締め付けられる胸の痛みを感じる。
 だけど、この歌は―――この声は好きだ。

 違う。
 本当に好きなのはこの声の主だ。


 首を巡らせて窓際を見れば、サッシに腰掛ける小さな背中。
 風になぶられる髪を直すこともせず、遠くを眺めている。
 掻き消されない歌声。
 ボーイソプラノだろうか、まだ声変わり前の高い声。
 喉仏の出ていない喉を思い出す。
 細く、白く、すべらかな肌。

 思わず生唾を飲み込んだ。
 それすら生々しくてイヤになる。
 自己嫌悪。
 だけどそれすら快感だと思う。
 そんな欲求以上に大事にしたい相手。
 子供じみた願いだ。
 隼人は喉の奥で自嘲して、頭を振った。
 汚れを知っているから、今のアルがある。
 それを忘れてはいけない。


 背筋がヒヤリとした焦燥感に駆られた。
 まるで、アルが今にも窓から飛び立っていってしまいそうな予感がした。
 下らない妄想だと自覚はあったけれど。
「・・・・・あ・・・・・・っ」
 とっさに声を掛けようとして、止めた。
 まるで合っていない。
 音が。
 不協和音のように耳に届いた。
 どうせ用もないんだし、このまま聞いているのもイイかもしれない。
 壁に凭れ掛かりながら耳を澄ます。
 アルの声を辿るように。
 アルの声だけを拾うように。

 閉じた視界を埋めるのは、懐かしくも痛い映像だけど。
 そこにお前が居るのなら、時にはこんな記憶を思い出すのもいいかもしれない。
 辛いからと追いやるだけでなく、一つの経験として、思い出として両親を大事に出来る日が近いのかもしれない。
 もしアルが飛び立つのなら、何処まででも追い掛けていられる自信がある。
 だから、今、この時間を大事にしたい。




                          ×××××××××




「・・・・隼人?」
 カタンという小さな音に振り返れば、壁に沿って上半身を横倒しにしている隼人が居た。
 近寄って手をかざせば軽く呼吸をしているのが判る。
 これは単なる居眠り。
「君は・・・・・馬鹿だから。だから僕の見ているところなんて分からないだろうけど・・・・」


 ―――だけど。
     だから、追い掛けてきてくれるだろう?



 かねてから打診のあったアメリカンフォート大学からの招待状を鞄にしまい、アルは静かに部屋を出た。
 庭で盆栽の世話をしている重三に、軽く一礼して住み慣れた新宮家を後にする。


 きっと、隼人の目が覚めるのは僕が飛行機に搭乗した頃だろうけど。
 事情は重三じーさんに全部話してあるから、来れるものなら来てみろ。馬鹿。

 クスリ、と一つ笑って電車に乗り込む。






 空が朱に染まる、暫しの別れ。

まぁ、そういう気分(謎)


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