海の青より碧い蒼





 例えば海の底を覗いた時、その色は何色に見えるのか。
 空を仰ぎ見た時、その突き抜けるような空間を何色と喩えるのか。

 そういう比喩的なモノなのだろう。
 多分。
 他人の瞳を覗いてみるということは―――





「夏の海は騒がしいから嫌いだ」
 前もってそう宣告しておいたというのに、一体何なんだろうかと思う。現状。
 眼前に広がる・・・・・・・・元は海であっただろうというもの。


「おぉ。流石に出遅れたか・・・・・!!」
 あの人の波に混ざるつもりなんだな・・・。
 そうか・・・・・1人で行ってくれ。僕は帰る。

 馬鹿の漏らした言葉に僕は心の中でそう返答すると、何事もなかったかのように無言で踵を返した。
 脇に抱えるようにして連れてこられたのは僕の落ち度だが、こんな実力行使をしたこの馬鹿者にこそ非はあると思う。


 眼前の渋滞の間を縫うようにして道路を渡る。
 ここまでの道程の大半は電車だった。
 わらわらと一方的に流れる海水浴客を避けて駅まで辿り着くのは至難の業だと言えよう。
 ・・・・というか、なんでこの僕がそんな面倒な真似をしなくてはならないのか。
 あぁ。それも一重にあいつのせいなんだな・・・。

 戻る前に一度だけ睨み付けてやろうと思って振り返れば、誰かに背後から襟を掴まれた。
 当然僕にそんなことをするヤツなんて1人しか居なくて。
「放せ!僕は帰るんだ」
「何言ってんだよ。まだ着いたばっかりじゃねーか」
 手を払おうと躍起になる僕を、コトもあろうに隼人のヤツは肩に担ぎ上げた。
 何て・・・・何て人の話を聞いていない男なのか!!
 それ以前にこの行動は正気の沙汰とは思えん!
 周囲の目を気にしろ!恥を知れ!!

「僕はこんな所で水遊びなんてする気はないぞ、馬鹿らしい」
 今度は無理矢理身を捩って腕から逃れる。
 流石に襟を掴まえておくのとは訳が違うのだろう、あっさり手が離れた。
 その後が続かないことを不審に感じて表情を窺えば、なにやら思案している様子。
 恐らくろくなコトを考えていないのだろうが、ここで背を見せれば今度こそプチ芋洗いの現場へ連れて行かれるに違いない。
 それだけは御免被る。
 様々なパターンをシミュレートして、暫くその場で待機するコトに決めた。
 早く結論を出せ。

「じゃあ外にドコで泳ぐってんだよ。・・・・市民プール?」
 ようやく出た結論に、僕の頭脳はフリーズした。
 一体どんな思考回路をしているのかこの男は。是非一度見せてくれ。
「僕が行くと思うのか、そんな所に・・・・」
 ぷっと吹きだし半分の提案に、我知らず眉が上がる。
「じゃなかったら・・・・温泉!」
 大浴場では泳ぐなと教えられたことはないのか・・・・・!!

「そういう問題じゃない!何にせよ僕は帰るからな!!」
 今度こそ確実に隼人から離れ、電車に乗り込む。


 1人で乗る電車、というのは多分初めてだと思う。
 遠出をする時は、何故かいつも誰かと一緒だったから。
 昔はジェフ、近頃は隼人。
 隼人から離れると周囲の喧噪は一気に色褪せてモノトーンの視界が広がる。

 自分にとって価値がないもの。
 その分類法は個人の価値観・世界観によるもので。
 電車の中に色はなく、ただ視界を埋め尽くす海の碧と空の蒼。
 突き抜ける青さだけが心を安らかにしてくれる。
 同時に襲いかかってくる焦燥感。
 あまりにも透きとおっていて、あまりにも深淵で広大すぎて。


 自分と隼人は、曖昧さによって繋ぎ止められている。
 依存しているわけではないと思うものの、全く気に掛けていないわけでもない。
 そんな曖昧な感情。
 研究者にあるまじき結論の出し方だろう。
 こんな曖昧なものは。

 窓から覗く世界は、四角く区切られている。
 何が変わるわけでもない世界に、ただ一つの存在。
 片割れ以外にこんなに誰かを強く思うなんて考えたこともなかった。
 考えたくもなかった。

 ―――切ないほどに。
 誰かを愛するということは、それまで大切にしていたモノを疎かにしてしまいそうなかんじで嫌だった。
 怖いモノだと思う。
 誰か1人を大切に思うということは。


 1人で辿る新宮家への道。
 全く知らない所を通っているような印象を受ける。
 異世界へ迷い込んだような。
 それでも変わらない空の青さ。


 きっと僕の瞳は濁っている。
 今までも、これからも。
 この瞳の奥に美しい色は宿らない。
 だから、隼人といるのがちょっとツライ時がある。
 あいつの目は澄んでいるから。
 僕なんかと一緒にいたらきっと損なわれていくと思う、真っ直ぐな心。
 羨ましくて、眩しい。
「まるで空か海みたいだ」
 立ち止まって振り仰ぐ。
 空の高さに溜息すら漏れず―――
「お前もな」
 帰ってきた返事に硬直した。


「別に置いて帰られたこととかはどーでも良いけどよ」
 帰宅して、一息ついて。
 それまで無言だった隼人が口を開く。
「そんなに自分のこと卑下するなよ。俺はここにいるし、お前は自分で思ってるほど堕ちてない」
「卑下なんてしてない。僕は・・・・・」
 反論しかけて、眼で制止される。
「海の碧は空の蒼を映してるから蒼く見えるんだって、知ってたか?」
 そのぐらいは知っている。
 知っているけれど。
「だから、それを映すお前の目も、澄んでるよ」



 言葉は救い。
 時々こうやってこの男は僕を驚かせる。
 心を読んでいるかのように、欲しい言葉をくれる。
 無造作に。
 救われている。
 愛されている。
 それがこんなにも苦しく、歓喜に満ちていることだと、誰に伝えればいいのだろう。



 海の青より碧い蒼。
 それはきっと、誰かを大切に思う心の色。








・・・・・・・砂吐いてきてイイですか・・・・・?(脱兎)



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