| 例えばこんな2月3日。 |
「節分?」 「おう。ほれ、テメーも豆持て」 突然差し出された一升枡に首を捻るアル。 そう。日本の伝統行事『節分』 時代が新世紀を迎えようと、毎年2月3日は古来より『節分』の日と定まっているのである。 「そもそも何で豆をまくのか考えたことがあるのか?」 理解不能を眉間に示し、アルは歳の数だけ豆を口に運んだ。 重三が『年の数だけ食べると縁起が良い』と言ったのを覚えていたため、とりあえず 食べておくことにしただけなのだが。 室内にポリポリという音が響く。 まだ寒くはあるが夕澄の空気を招くのも、木造家屋には良い。 テーブルにノートパソコンを広げ、アルは年中行事のサイトを巡ってみる。 「鬼はー外、福はー内!」 視界の端に映る、庭に向かって楽しそうに豆をまく隼人の姿はとても滑稽だ。 今時小学生でもあるまいに、と内心ごちるが室内でばらまかれなかっただけマシかとも思う。 とことん主婦業が板に付いているアルだった。 炒り豆は読んで字の如く炒ってある。 当然蒔いても芽吹かない。 良く考えたら何て無駄遣いなんだろう・・・。 「確かな、昔やってた追儺式ってのの名残だとか聞いたけど」 一通り豆をまき散らしてスッキリしたのか、座敷に戻って来た隼人が答えた。 節分。 アルが日本に来てから調べた伝統行事の中でも、ポピュラーな部類に入る儀式だ。 調べた事をざっと頭の中で整理する。 節分は太陰暦(旧暦)の立春前日で、旧暦新年の「七日正月」の前後。 日本の暦が太陽暦(現在の暦)に変わるまでは、節分は新年を迎える行事の一つだったらしい。 『追儺式』または節分会とか鬼遣ともいうこの行事は、古くは中国漢の時代から五穀豊穣を祈願したもので、 日本では万葉集にもまた今昔物語にもそれらしい話が出ていて、定着したのは室町時代という説が有力とされている。 平安時代の宮廷では、大みそかになると追儺(ついな)といって鬼を追い払う行事もあった。 これは恨みを持って死んだ人が鬼になって、災害をもたらすのだと信じられていたからだろうけど。 当時は集落の中で一人『鬼』役を決め、前年にあった厄事の責任を全て被せ、村の外へ追いやり、時には 死に至らしめることもあった儀式である。 改めて考えると非常識極まりない。 現在では至って落ち着いたモノだが、伝統とは往々にしてそういうモノなのだろう。 門守りとして地方によっては鰯やメザシを門に付けると言うが、柊の枝に鰯を刺して門口に立てておく関東の風習は、 鬼が鰯のにおいが嫌いだという俗信から来ている他、めざしの場合「鬼の目を刺す」など、とがった物で鬼を威嚇し 退治するという意味で使われているようだ。 毎年「その年に歳徳神がいる方角」を基準にして恵方――即ち方位はその年1年の開運の方角――を決め、 太巻きを無言で丸かじりして食べると良いかいう、いかにも寿司屋の策謀としか思えないような行為も 広まっているらしい。 開けっ放しの窓を閉めた隼人が目の前で炒り豆を口に運んでいる。 「・・・・日本って、迷信だらけの気がする・・・・」 脳天気にお茶をすする隼人に向かって深々と一つ溜息をつけば意外な言葉が返ってきた。 「信じる奴等には、迷信じゃねーんだろ」 確かにその通りである。 暗闇がまだ多かった時代には、必ずといって良い程付いて回る事実なのだ。 アルに言わせてみれば、隼人は良い意味で古い人間なのだろうけど。 それもまぁ、あの重三爺さんに育てられたんだと考えれば納得もいく。 「でもな、昔話も有るんだぜ?」 聞くか?と問われれば頷いておく方が良い。 どんなことでも知っておく方が特であると思う。 それに隼人がどんな昔話をするのかにも興味が無かった訳じゃない。 アルは大人しく座って耳を傾けた。 それは伊豆の方に伝わっているお話。 むかしむかし、何日も何日も雨が降らない日が続いて、田んぼや畑はすっかり枯れ果ててしまいました。 野菜も稲も枯れ枯れになって、もうすっかり駄目になりそうでした。お百姓さん達は外に出て「神様どうか雨を 降らせて下さい」とお祈りしましたが、効き目がありませんでした。 ちょうどその頃、その村に娘を三人持ったお百姓がいました。ある晩のこと、そのお百姓の家の戸を、どんどん、 どんどん、どんどんと叩く者がありました。お百姓さんが誰だろうと思って出てみると、外には大きな鬼がでーんと 立っていました。そして「やいやい、雨が欲しいかい。雨が欲しければ降らせてやるぞ。 その代わり娘一人嫁によこせ」お百姓さんは考えました。娘一人嫁によこせと言ったって、鬼の所へやったら 食われてしまうかもしれません。困ったなあ、どうしよう、でも雨は欲しい。とうとうお百姓は思い切って言いました。 「雨を降らせてください。そしたら娘一人嫁にやります」すると鬼は喜んで「そうか、本当だな。じゃあ雨を降らせたら 迎えに来るからな」そう言って鬼はどすん、どすんと帰っていきました。 次の日雨が降りました。ざーざー、ざーざー三日三晩降り続いたので畑の野菜も稲も、すっかり元気になりました。 お百姓達はみーんな外へ出て良かった良かったと大喜びです。でも、あの三人の娘のいる家では、みんなしーんと しょんぼりとしていました。そのうちに鬼が迎えに来る。お嫁入りの支度をすっかりしてから、お母さんはその嫁に行く 娘に荷物を渡そうと思って用意していました。 さて、どの娘を嫁にやろうか。お父さんが一番上の娘に聞くと、一番上の娘は「嫌ですよ、鬼に食われてしまうなんて、 ごめんだわ」二番目の娘に「お前、嫁に行ってくれるか」と聞くと「姉さんが嫌なものを、何で私が行くもんですか」 三番目の娘はお福といいました。三番目の娘は「お父さんが約束したんですから、私が行きましょう」そう言って、 鬼が来るのを待ちました。 鬼は威張ってやってくると「嫁迎えに来た」そう言って荷物と娘のお福を背中に抱えると風のように走りだしました。 お福はその時、お母さんから袋に入った菜種をもらっていました。その菜種を少しずつ背中に負われながらこぼして いきました。鬼の家は山の奥のそのまた奥の奥にありました。人間なんか今まで行ったこともないような山奥でした。 でも家に着いてみると鬼は意外に親切でした。お福が「あれが食べたい」と言うと、その食べる物を持ってきてくれるし、 「寒いから着物が欲しい」と言うと、着物を持ってきてくれました。でもだーれも話す相手はいません。お福は寂しくて たまりませんでした。鬼は昼間はどこかへ出かけて行って、夜になると帰ってきます。あんまり山奥なので、獣も鳥も いませんでした。 ある日、お福が外に出て眺めていると、なにやら黄色いものが見えました。何だろうと思って見ると、お福が鬼に 背負われて来たとき蒔いてきた菜種が芽を出して花を咲かせたのでした。 見ると黄色い花の列が山から山へと続いています。あっあの花を辿って行けば私の家へ帰れるんだ。 そう思ったお福は次の日鬼が出掛けると、すぐに黄色い花目がけて走りだしました。走って、走って、走って、走って 夕方日暮れ前に家に着くことができました。家中お福が帰ってきたので、みーんな喜びました。 「あぁよく帰ってきた。無事だったんだね」けれどもそのうちにきっと鬼が来るでしょう。鬼が迎えに来たらどうしたら 良いだろう。みんなはお福を押入の中に隠しました。 鬼はどすん、どすんと夜やって来ました。そして大きな声で叫びました。 「嫁を返せ、お福を返せ」ちょうどその時お母さんは大豆を煎っていました。お母さんはその煎った大豆を一掴み 掴むと出ていきました。そして鬼にその煎った大豆を渡して「この大豆を蒔いて芽が出たらお福を返しますから、 迎えに来て下さい。芽が出なければ駄目ですよ」すると鬼は「本当だな、芽が出たらお福を返すのだな」そう言って 戻っていきました。 鬼はずーっと来ませんでしたが、その次の年同じ頃にまたやって来ました。そしてまた「お福を返せ、嫁を返せ」と 怒鳴ります。お父さんが出ていって「豆の芽は出たか」と聞きました。 すると鬼は豆の芽は出ていなかったので、しょんぼりと帰っていきました。お父さんはその背中に「鬼は外、福は内」と 言いました。それから毎年鬼はやって来ましたけど、煎った大豆は芽が出るわけがありません。毎年毎年鬼は 「芽は出たか」と聞かれると、しょんぼりと帰っていきます。そのたんびにお父さんが「鬼は外、福は内」と言って大豆を 撒くんだそうです。 それで、悪いものを追い払うお祭になったということです。 「・・・・・お終い」 一息ついて、冷めたお茶を喉に流し込む。 そんな隼人の眼に目を見開いたアルが映った。 「何て顔してんだよ」 珍しく驚いた表情に吹き出せば、我に返ったアルに睨まれた。 視線を戻した後も、アルは何とも言葉にしがたい表情で首を捻り続けている。 「感想は?」 「君のような馬鹿がまともに昔話を一つ憶えていたのにも驚きだが・・・・・って!」 何か思うところあったかと声を掛ければ、不快な意見が飛び出して、とりあえず隼人は恒例の鉄拳をアルの頭に お見舞いしておいた。 「っつ〜〜。まったく・・・正直な意見じゃないか。日頃のことを鑑みれば・・・・!!」 声にならない悲鳴を上げて涙目になるが、アルも慣れたもので文句を言いつつも空になった隼人の湯飲みに 急須を傾ける。 そして手元の湯飲みも満たしてから、喉を潤す。 「正直なところ、鬼も災難だったな」 一息入れてから、アルはそう口にした。 「交換条件とは言え、わざわざ人間に恩恵を与えたのに。完全な詐欺じゃないか」 ごく冷静に。 力のない者と有る者、心ない者と有る者であったなら当然の対応だとも考えられただろうけど。 「可哀想だと思うけどね、僕は」 俯き加減で薄緑の液体を透して湯飲みの底を眺める。 一人の寂しさを埋めようとして、失敗した。 そんなもどかしさを感じる物語。 隼人は目を細めて、そんなアルを見つめていた。 きっと昔ならそんなことは言わなかったはずだから。 小さな変化を隼人は嬉しく思う。 「俺だったら・・・・どうだろうな。同じコトするかも」 「・・・・・?」 隼人の呟きに反応してアルが顔を上げる。 唐突すぎて通じなかった言葉に微かに首を傾げるアルに、隼人は言いしれない愛しさを感じた。 「誰にも取られたくないから。・・・・・オマエのこと。 死守するためにだったら卑怯者呼ばわりされてもヘーキかも」 呼応して出た言葉に、きょとんとしたアルの顔色が一気に変化を遂げた。 通常から、真っ赤へ。 端から見れば告白シーンのような衝撃的セリフ。 首筋まで真っ赤に染まったアルは口をパクパクさせるだけで、とても二の句は継げない様子だった。 こうして。 いつになくニコニコ笑う隼人と、今だかつて無い驚愕に打ち震えるアルの夜は、それはそれは長かったそうな。 めでたし めでたし。 |
| あんまりめでたくないんですが・・・・(吐血) 何はともあれ節分に間に合ってヨカタ.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆ 結局太巻き寿司喰わせられなかったじゃよ。 ちと残念!!(≧×≦;;) |