| (Saint) Valentine's Day valentine 【名】 @聖バレンタイン祭の贈り物,その日に選ばれる恋人 |
2月13日。 世に言う『バレンタイン』を翌日に控え、心躍るオトメは多い。 『手作りで愛情を!!』というキャッチフレーズに踊らされているのか、日頃は料理などしない女性陣であっても台所に居座ってしまうのはいつの世でも大差はない。 ここ、新宮家でも台所の人口密集度は高かった。 「手作りチョコの基本はテンパリングなんだよねー」 「テンパリング・・・・ですか」 「で、結局どうやるのよ?」 ガシガシと包丁がブロックチョコを削っている。 音だけは盛大に、そしてガヤガヤと手順に対して意見が飛び交っていた。 「・・・・うるさい・・・」 二階の一室で専門書を読んでいたアルは一人ごちた。 本文をなぞっていた視線はあげられ、眉間にはしわが寄る。 本来であれば、今日は久しぶりに静かな読書時間を満喫できるはずだったのに、美沙おばさんが緊急の用事で外出してしまったため、騒ぎの現場が高槻家台所から新宮家台所へ移ってしまったのである。 隼人はどうやら成績の関係で、まだ学校に居残っているらしい。 間の悪いことに、アルだけは午後の用事がなかったのである。 「ねーえー?これって直火にかけても良いの?」 高めの声が響く。 キャーキャーと叫んでいるのはキャロルだ。 先週辺りからブロックチョコをもてあそんでは楽しそうに笑っていた。 確か、アルにもあげるとか何とか・・・・現状から考察するに空恐ろしいことを口走っていたような気もする。 「駄目よキャロル!鍋が焦げちゃうじゃない!」 ジュワッ!と水が蒸発するような音が微かにする。 恐らく、恵が空焚きした鍋に水をかけたんだろう。 「チョコレートを溶かすには、湯煎という方法を使うんです」 唯一まともなことを言っているのはユーゴーだろうか。 怖いもの見たさで階段を下りる。 抜き足、差し足。音を立てないように歩こうとするが板間の床はキシキシと神経質な音を立てる。気分は泥棒だ。 こっそりと台所を覗いて―― 「何やってるんだお前たちは!!」 目に飛び込んできた光景は、筆舌に尽くしがたかった。 しかしその状況をちっとも悪びれることなく、キャロル、恵は口々に喚き立てた。 「・・・何よー。アルも居るなら居るって言ってよねー」 「いきなりなんて声出すのよアンタは!!」 「すみません、アル」 ただ一人現場を見回して頭を下げたユーゴーだったが、彼女の手元のチョコレートは、ボールに入ったまま煮立つ鍋に浸けられていた・・・・・・。 テンパリングが何かも知らないのか・・・? それ以前に、手作りをするならするできちんと下調べをしているのが常識じゃないのか? そんな考えがぐるぐると頭の中を回って思わず膝を折ったが、この場でアルがダメージを受けても現状の打開にはならない。 見なかったことにするのも手だったが、後でこの台所を片づけるのが自分だという現実もいただけなかった。 「ユーゴー。とりあえずそのボールを鍋から出してくれないか?温度が高すぎる・・・」 「そうなんですか?」 ユーゴーは驚きを隠せない面持ちで手元の火を消し、ボールを鍋から出す。 チョコレートはすでに溶けているようだが温度が高すぎてそのままでは表面が白っぽくなってしまうので、ひとまず水に浸して温度を下げるよう指示を出す。 「キャロル・・・・・・その焦げ付いた鍋は後でちゃんと洗ってもらうから、覚悟しておいてくれ」 「えぇー!??・・・・・もぅっ」 微かに痛みを訴えたこめかみを押さえて、アルは鍋に水を張った。 不満そうなキャロルには再びチョコを刻む作業から初めてもらうことにした・・・・というか、それ以外なかっただけなのだけれど。 「・・・・・・何よ・・・」 「・・・・・・・別に・・・」 細かく刻まれたチョコの山を見て、深くため息が漏れた。 それを恵が目聡く見咎めるが、終えて何かを言う気にもなれずアルは指を3本立てた。 「3回」 「・・・・なに?」 「最低でも3回に分けてテンパリングが必要だな。とても一度には処理できないぞ」 「嘘でしょ・・・・?」 「失敗しても良いなら一辺にすればいい。ただし、僕は責任持たないからな」 「分かったわよ」 渋々といった風に、恵はチョコ山の3分の1をボールに入れた。 この調子だと先は長そうだ・・・・・。 ユーゴーが間違えて沸かしていたお湯を3つのボールに分け、さらに水を足して温度を調整する。 「テンパリングっていうのは温度調節のことなんだけどね」 テンパリングの最大のコツは温度だ。 まず一回目の調整でチョコレートをゆっくり40度まで上げる。 温度計で軽く45度に合わせて湯煎を始めた。 ・・・・・・・なんて激しく性格の出る作業だ。 お手本ついででアルもテンパリングを始めたが、その感想は至極いたたまれないものだった。 ユーゴーはおっとりしているようで、その実細かいところに気が回る。今もきっちりと温度をチェックして二回目の湯煎に入っているが、その横ではある意味修羅場が発生していた。 「・・・キャロル・・・・そんなに急いでかき混ぜると空気が入ってボコボコになるんだが・・・・」 短気なのかめんどくさがりなのか・・・・キャロルには向いていない作業なのか。彼女の手元にはしっかりばっちり空気の入ったチョコレートが・・・・。 可哀想だがまた最初からやり直した方が早い。 「・・・・また?」 肩を落として再びまな板に向かったキャロルの背中には哀愁が漂っていた。 さらにその横では、これまた堅実に作業をこなしている恵が見える。 時々水が入りそうになってあたふたしている辺り、ちょっと手元が覚束無いが、それでも量の多さは的確さでカバーといったところか。 確実に作業は進んでいた。 「出来ました」 「こっちも終わったわよ」 「・・・・やっと出来たぁ〜」 アルが暇つぶしにオーブンでアーモンドを焼いている間に、何とか全員テンパリングだけは完了したようで。 まるで一仕事終わったように清々しい表情で額の汗をぬぐっている。 「後はこれで完成〜」 アルの手元でかき混ぜられるチョコを横目に、全員喜々として抜き型の準備を始めた。 ハート、星、ツリーにヒヨコ・・・・・・? ちょっと疑問を感じる取り合わせではあるが、とりあえずここまでくればほぼ完成したようなものだ。 心労は溜まったものの、これだけ喜んでくれれば教え甲斐もある。 何せ手の掛かる教え子たちだったし。 このまま自分の作業に没頭しても良いのだが、アルは老婆心でアドバイスだけはしておくことにした。 「型の底にはちゃんとパラフィン紙を敷いて、小さめの型の内側にはサラダ油かバターの溶かしたものを塗っておくと、きれいに抜けるぞ」 再びキャーキャー騒ぎ出した彼女たちにその言葉が届いたのかどうか。 アルは自分の作業を手早く済ませ、再び二階で読書に勤しむことにした。 ――30分と経たず帰宅した隼人に邪魔されることも知らずに。 |
| 2月14日編に続く(・・・予定☆) |