風のない街
  




 珍しく、全く風が吹いていない空は日暮れになっても太陽と月を見事に同居させていた。
 誰も自分のことなんて知らない 遠い遠い町を旅している。
 ただ一人、魂の絆を持つ弟と二人で―――



 今日も、大した当てもなくポテポテと歩く。
 実際に立つ音は『ガシャガシャ』と、だけれど。
 そんなことは気にもならない。
 ・・・・・・・自分が立てる音だけは。

「兄さん、もう日が暮れるけどどうするの?」
 カシャリと金属の擦れる音がして、ふと我に返る。
 視線を上げれば、空には薄っすらとした月の影。
「とりあえず・・・・・宿でも探すか〜〜」
 ポーカーフェイスにもなってきているへらりとした笑いを貼りつかせて、
一番最初に視界に入った宿屋へと足を向けた。



 喧騒が耳に痛い。
 何気なく足を踏み入れたソコは、宿屋兼酒場。
 性質の悪い流れ者が集まるような、正にそんな場所だった。
 うぇー、とばかりに眉根を寄せれば背後でアルも『あちゃー』と言いた気に額に手を当てていた。
 弟の言いたいことも良く分かる。
 そして自分がボーっとしていたことも認めよう。


 しかし何故に入ったとたんに絡まれるっ!?


「カーワイィお嬢ちゃんのご入店だぁー」
「いやぁ、どっかのお姫様じゃねぇのかぁ〜?騎士様がついてるぜぇ!」
 アーッハッハッと下卑た笑いが店内に広がる。
 続いて臭う酒臭い息。


 理性の飛ぶ音がした。





「ォォォォオオオオオラァ!!誰がお姫様で誰がお嬢様でだぁれぇがぁ、金髪の映えるカワイコちゃんだテメェ等ぁぁぁぁっ!!」
 瞬間響き渡ったのはこの世のものとは思えない音と、無残にも殴り倒される数人の男たちの嘆き。
 怒り心頭といった風情も露なエドを止めたのは、いつものごとくアルだったった。
「落ちついてよ兄さん。…って言うか、いつも思うけどカルシウム足りてないから短気なんじゃないの?」
 それはそれはいつもの如くポソリと一言呟いて、羽交い締めにされた腕が開放される。
 後に残るは死々累々とした現状のみ。
 そんなものを背景に、何事もなかったかのような表情で宿泊受付なんかも済ませてしまえば、意外とすんなり事は納まる。
 揉め事を起こした上で泊まるのは、ほんのお詫びの印。
 通常の支払いに、慰謝料を乗せれば大抵は片がつく。
 世知辛いようだけれども、等価交換とはそういうものだ。

 心許ない音を立てる階段を上がれば、2階にあるのは連なるドア。
 その内の一つを開けて室内に入れば、意外と綺麗だったりして。
 外界とは遮断された、ひっそりとした部屋に少し心が落ち着いた。
 旅は意外と疲れる。
 体の疲労よりも心の磨耗の方が本当はずっと酷い。

「靴ぐらい脱いでからダラけなよ」
 いささかぐったりした様にベッドへと倒れ込めば、嗜めるような声が届いた。
「・・・・酷く疲れてるでしょ。後は僕が片付けておくから、早く寝ちゃいなよ」
 そして、少し困ったような声。
「悪い・・・・・何だか今、凄くダメだ。俺・・・・」
 心遣いさえ今は疲労を加速させるから、枕に顔を押し付けたまま思考を停止させた。




 暗い昏い夜の闇の中で考える。
 自分は哀しいぐらい、大切な人の重荷だと。
「っん・・・・ぅ・・・・」
 寝息の中に生まれる、息の詰まるような音。
 風一つない夜のしじまには、呼気一つでもひどく際立つ。
 眠りのない身体とは別に、魂は安らぎを求め室内を横切った。

 この世でただ一人、血と肉を分けたはずだった兄。
 今ではその繋がりも『魂』だけになってしまったけれど。
 そんなことは気にもならないくらい僕等は兄弟だった。

 だけど本当は知っている。
 兄の抱えている心の闇も歪みも。
 そして自分の中にある狂おしいぐらいの無力感。

 苦しげに時折寝息を乱す兄の額に触れ、頬に触れ、鎧の体の冷たさを分ける。
 そうした時だけ、ひどく落ちついたそれでいて悲しそうな表情を形作る表情が、
既に無くしてしまったはずの胸を締め付ける。
 兄も自分も追われている。

 ―――焦燥感に。


 国家錬金術師 エドワード=エルリック。
 最年少で国家錬金術師の資格を取得した兄の名は、既に世界中に広がっているといっても過言ではない。
『国家錬金術師』
『軍の犬』
『殺戮兵器』
 
 様々な呼び名は有れど、良い印象も、悪い印象も混ぜこぜにして。

 気を使わないわけがない。
 本当は名前をひた隠しにしていれば良いのだろうけれど。
 人前で錬金術を使わなければ良いのだけれど。
 そんなこと出来る訳がない。

 名前は母からの贈り物。
 錬金術は僕たちの誇り。
 ―――そして、僕達の罪と罰の証。


「兄さん・・・・・一人で全部抱え込まないでよ。僕にだって出来ることはある。
 禁忌を犯した罪はどちらか一方のものじゃないんだから・・・・」

 空気すらそよがないほどの言葉。
 ゆっくりと、安寧へと下りて行く。
 それがアルの休息の取り方だった。



 失ったものを取り戻す力が欲しくて、何度無茶をしただろう。
 少しでも求めるものに近付きたくて、何度眠れぬ夜を過ごしただろう。


 護り、見つめ、共に歩む。
 願うことはどちらも同じ。
 
 何もかも忘れたくて旅をしているような夢を見た。
 手に入れたい何かを追い求めて旅をしている夢を見た。
 それは今も変わらず。
 現実にも変化はなく。
 
 


 明日もまた 風のない街を旅するのだろう――― 



【 END 】


いやー。書いちゃったよ・・・・・・・(@△@;)
鋼の錬金術師。ウン。スキーVv
次があるなら、恐らくロイエド率120%全開だと思われますーヽ(*´▽`*)ノ


戻ってしまえ。