夕闇に立つ






 この町の名はスピリッツ。
 雪深く、音のない国だ。
 巡った世界はまだ片手で足りる程度。



 ふと席を立つ瞬間、ちょっとした行動、意識の間断に腰元へ手が伸び、思い直して服の裾を打ち払う―――
 そんな行動を取り始めて、どのぐらいが経過しただろうか。
 あるべき物の無い 喪失感。
 慣れ親しんだ物が手元にない。無自覚の寂寥感。
 どちらも大した自覚があるわけではなかったが、黒鋼は 確かにソレを不快だと感じていた。



「―――ちっ」
 軽く舌打ちをし、琥珀色のコップを呷る。
 転々と移動する世界の中で、それなりに彼が楽しめる物も見付けてみた。
 酒。
 大人の嗜好品というヤツだが、やはり日本国の酒が一番良いとは思うし、又、浴びるほど呑むタチでもない。
 単なる好奇心の賜物だったのだけれど。

 そうする事で自分のすべきことを再三確認しているのだ。
 日本国へ戻る。
 数々の異世界を渡り銀竜を取り戻し、智世姫の治める、あの美しい国へ。
 軽くコップを揺らせば、中の琥珀に濃淡が生まれる。
 『秋』の色。
 そして、視線を移せばテーブルの上にペタリと広がる 冬を連想させる白い固まり。

「んー、黒鋼つめたーい」
 寝言が漏れた。
 昼間の夢でも見ているのか、モコナ=モドキが寝返りを打ちながら黒鋼の方へと近づいてきた。
「うるせーよ」
 片手で掴み上げると、確認もせず 見た目より柔らかいその身体を背後へと投げた。
 軌道は綺麗に放射線を描き、ボヨンと弾む音が続く。
 上手くベッドの上に落ちたようだった。
 彼の腕なら当然の事ではあるのだが。
 音だけでその着地を確認すると 黒鋼はカタリと上体を起こした。
 ふぅ、と溜息のように酒気混じりの息を吐く。
 飲み足りない気はするが、今日の酒はどうにもタチが悪い。
 いや。彼自身の心の揺らぎが波紋を広げていくようだ。



「寝酒にしては飲み過ぎじゃないの〜?」
 突然、雪国を思わせる色が声を放った。
「・・・・うるせぇ」
 ベッドの方へ振り返りもせずに答える。
 確認するまでもなく、この部屋に居るのは黒鋼とモコナ、そして、既にベッドへ潜り込んだはずのファイだけだ。
「俺にもちょっとちょーだい」
 白を纏う男は気配も立てずにテーブルまで歩み寄ると、形式だけの断り文句で勝手にコップの中身を飲み干す。
 冬の色を纏う雪深い世界から来た青年は、コップを片手にベッド側から黒鋼の正面へとその位置を変えた。
「・・・・寝れないの?」
 平素と変わらぬ底の見えない笑顔が表面を彩る。
 黒鋼から見れば、この男も自らの力の一部を奪われているというのに、何故同じ様な苛つきを・・・・焦燥を感じていないのか。
 いや、感じていても表面に出ないだけなのかもしれないが。
「違う」
 コトリ、とコップの底が硬質な音を立てる。
 外の音が雪に吸い込まれている分、その音はやけに耳を打った。
「もう寝る所だったんだよ。後はテメー一人で飲んでやがれ」
 酔いついでに片手をヒラヒラと振って腰を上げれば、思わぬ力で腕を引かれた。

「黒ぴん付き合ってくれないの〜?」
 ―――いつもと変わらぬ表情で、目だけが揺るがぬ力を湛えていた。
「もう飲まないなら、ソコ座っててくれるだけでも良いし・・・・」
 口元が笑みを深くする。
 あくまで口元だけ。
「独りで飲むのって味気ないしね」
 すぐにほにゃーんと崩れる顔は、忍びの目から見れば胡散臭いの極みで。
 しかし纏う空気は日本国の姫と同じ、術師のソレに良く似ている。
 系列は分からないが、魔法使いというのは恐らくあの姫と同じ様な存在なのだろう。
 遠く、思いを馳せる。
 暗く、冷たく、それでいて暖かい世界だった。
 そして、目の前に座る男のいた世界は常に雪と氷に埋もれ、自らは逃亡中だと以前口にしていた。
 その割に逼迫した感が薄いのは、それだけ場数を踏んでいいるという事か。
 黒鋼は解放される様子のない腕を席に着く事で取り返し、ほくほくとした顔でコップになみなみと琥珀色の液体を注ぐファイを見詰めた。
 五月蠅い、煩くない。
 静かな気配の男だと感じる。

「雪みてー」
 窓から望める白銀世界に視線を移し、呟く。
 雪。そうだ。この男は雪のように音を吸い込み、閉じ込めてしまう。
 きっと力を失った焦燥などは心の奥底に沈めて、雪で蓋をしているのだ。
 粉雪細雪のように、柔らかくカッチリと。
 自らの考えに嘲笑を零し、黒鋼は揺れる水面を湛えるコップの中身を一息に呷る。
 雪の中にある家は、暖炉を使用しても完全には暖まらない。
 身の内から焙るような酒は、必要だ。
 ただ黙って交互に杯を重ねるのも、それでは必要な事なのかもしれない。
 全てが必然ならば、もしかしたらこの喪失感も必要なものだったのか?
 眉間に寄せた皺を取ることなく、考え込む。
 そんな黒鋼の思考を打ち破るように、ファイは口を開いた。

「黒ぷーは、髪も目も真っ黒なんだねぇ。まるで冬の空みたい。
 凛として気が引き締まるっていうかー」
 酷くだらけた声で、しかし内容か口調とは正反対だ。
「・・・・テメ・・・・ッ」
「もう戻れない、俺の世界の空の色」
 反射的にキレかけて、上げた声は 静かな呟きに断ち切られた。
 視線は黒鋼を通して遠く、何処かへ。


 ―――寥愁はお互い様か。



 お互いがお互いの心の表層を知り、微かに緊張が解けた。
 黒鋼の表情が少し解けた事に、ファイの気配がうっすらと室内に溶けていく。



 ただ隣合っていれば見える事もあるだろう。
 ・・・・今夜のように。



 夜の闇を背負い立つ。
 手元のランプ1つで暗闇の夜を切り裂きながら、4人と1匹の旅にはまだ終焉は見えなかった。






 まだ羽は見付からない。





【 END 】


やっちゃったー!!(@△@;)
しかし誰に何と言われようとファイ黒の道を歩みますぞ!?
・・・・・・やはり茨なのですか・・・・・?(遠い目




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