『逢いたくて 逢いたくて』








 雨が降る。
 風が吹く。
 雪になる。

 どうしようもなく冬の景色。
 一面の白が、徹夜明けの目に痛い。
 窓の外に広がる景色は、白銀の世界だった。

 積雪に反射した太陽の光に目を細めながら、炉暖は手を止めた。
 原稿からペンを離し、ティッシュで綺麗に拭く。
「何だ、もう朝なんだ・・・・」
 思ったより虚ろな声が出た。
 喉が渇いて、口の中がベタベタする。
 練り上げたネタを形にしたくて、一晩中原稿用紙に向かっていたのが原因なのだけれど。
 とりあえず硬直した身体を机の前から引き剥がし背筋を伸ばした。

 ミシッ コキッ ゴキッ。

 ・・・・・。嫌な音がした。
 眉間に寄った皺を手で戻しつつ、服を着替える。


 今日は一人で画材の買い出しに行く予定が入っている。
 一人で?
 微かに浮かぶ疑問符。
「・・・そうか。チーフは卒業したんだっけ」
 3年の卒業式が終わったのは3日前。
 きちんと参列して、チーフに花束を渡して、しっかりやれよと言葉を貰って・・・・。
 
 何だか妙に思考がまとまらない。
 まだ頭がクラクラしている。

 蕪木青春との接点を無くした、そんな初めての日曜日―――





 画材屋を後にして、公園で一息。
 いつもだったらこの辺りで無駄口を叩いて鉄扇で叩かれて。
 経験をリピート。
 思い出からシュミュレート。
 また思考がまとまらない。
 マングースとして一緒に活動していたときだってそんなに見ていなかったはずなのに。
 細かい仕草とか、視線の先とか。
 気にしたこともなかったはずなのに、何でこんなに辿れるのか。

「・・・・・・・・俺って天才?」
 自分で自分の記憶力を賞賛したが、当然ツッコミも入るはずはない。
 だって一人だから。

「くぁー!むなしー!!」
 得意のオーバーリアクションで喚いてから、学校へ向かった。
 とりあえず周囲の視線を無視して。




 渡り廊下に面する窓、角から3番目。
 青春から教えて貰った抜け道を使って部室へ向かう。
『ここだけカギ壊れてんだよな。っつーか、壊したの俺だけど』
 ほぼ癖じゃないの?とも思えるニヤリとした笑みを深めて青春が言っていた。
 不用心な学校だとは思うが、あの人に言わせればこういう所をキープしておくのも
青春の一ページなのだろう。
 とりあえず自分を納得させて、画材を運び込む。
 原稿用紙とペン先、ペン軸にトーン。
 所定の位置に全部仕舞ってから、青春の残したベッドへと転がり込む。
 枕も布団もそのままにしてある。
 ありがたく借りよう、どうせここにチーフは居ない。
 もう居ない人になってしまった。
 寝返りを打って、天蓋に手を翳し、目を閉じて記憶を辿る。

 入学当初の出会いから、卒業式まで。
 蕪木青春の思い出。

 根拠のない自信に満ちあふれたニヤケ面。
 トレードマークのゴーグル。
 炉暖を殴る道具と化していた鉄扇。
 やけに整った顔。
 突拍子もない言動。
 奇天烈な行動。
 んでもって、最年少で漫画賞受賞。
「あ、これは乱歩に塗り替えられたっけ」
 指折り数えて一つ指を戻す。
「それから・・・・」
 それから、神様から聞いた両手の怪我・・・・・って言うかむしろ事故。

 あとは?
 あとなにがある?
 生徒会長とのいざこざとか、喰い入るように見つめた原稿だとか、
買い出しの時の事とか、夏の合宿?の事とか。
 数え上げればキリがない。
 出会ってからこれまで、一緒に学園生活を送ってきた日数分の思い出がある。
 いや、それ以上の。
 トラブルばっかりだった気がする。
 だからこその、印象。
 思い出として羅列するのも馬鹿馬鹿しいような、肌に馴染んだ記憶。

 思考が巡る。
 考えがまとまらない。
 寝不足のせいか、疲れのせいか。
「ベッド・・・気持ち良いし」
 聞き慣れたボイラーの音が子守歌に聞こえる。
 原稿に集中していれば気にもならないのに。
 こんな時ばかり耳に付く。
 うつらうつらとする感覚。



 背中が寒い。
 何かが足りない。
 何が足りない?

「・・・・・・逢いたい・・・」
『誰にだ?』
「・・・・・・・・・逢いたい・・・」
『泣くなよ』
 囁く声が聞こえる。
 泣いてなんかいない。
 でも、逢いたい。
 誰に?
 頬が暖かい。
 身体の位置がずれる。

 顔に掛かる影―――
「ぅわぁっ!!!?」
 人影を感じて飛び起きるが、誰かが居た形跡はない。
 そりゃそうだろう、一人で来たんだから。
 首を傾げて、用心のために室内を見回して。
 やはり誰も居ない。
「・・・夢かぁ・・・・・・」
 欠伸すら漏れない、夢の残滓。
 頬を触れば涙の跡がある。
「あ・・・あれ?」
 泣いていた跡。
 濡れていない、引きつったような跡。
 ・・・・・・・誰かが拭った、跡?

「・・・逢いたい?」
 夢の残滓を追う。
 目を固く閉じて、ベッドへ身を倒す。
「俺は誰に会いたかったんだろう・・・」
 声に出して自問自答。
 答えなんて返るはずが無いのに・・・・・・。


 しかし意外なところから沈黙は破られた。
「炉暖君は、寂しがり屋だったのか?」
「・・・チーフ!???」
 笑いを含んだ声に、腰が抜けそうになる。
 ギャー!!と悲鳴を上げそうになる勢いでベッドから転げ落ちた。
 少なくとも炉暖が確認した限りでは、誰も居なかったはずなのに。
 姿は見えない。
 今も声だけだけれど。
 存在感はある。
 今まで違和感無く受け入れていた・・・・刷り込まれた存在感が。
 そして、声。
 聞き慣れていた、明朗快活でいて何処か嘲弄を含んだ、耳に馴染む声。
 間違えることなく言い当てることが出来た。
「最後の片付けに、と思って来てみれば・・・なーに爆睡してんだ」
 ちょうど炉暖の死角になる、元チーフデスクの影から私服姿の青春が立ち上がる。
 見慣れたブレザーではない。
 けれど、見慣れたゴーグルと鉄扇。
 何だろう、急に意識が冴えてくるこの感覚。
 ・・・・・落ち着く。
 って言うか、何でそんなところに座り込んでんの?窮屈だっただろうに。

 その足で呆ける炉暖の前に立ち、鉄扇で額をつついた。
「あいてっ!」
 軽くつつかれたとしても、相手は鉄扇。しかも2Kg。
 痛いのは当然で、けれどそれすら慣れ親しんだモノで。
 不覚にも、止まっていた涙がこぼれ落ちた。
「俺に逢いたかったんだよ、オマエは」
 手を引いて、立ち上がらせてから指で涙を拭う。
 暖かい指。
 暖まる頬。
 夢の中で感じた暖かさは・・・・・・これだったのだろうか。
「まだ寝ぼけてるのか?昨日寝てねぇな、さては」
 困った奴だ、と笑って。

 その笑顔が見たかった。
 唐突に実感した。
 俺はチーフに逢いたかったんだ。
「・・・・・何で・・・涙出るんですかね?寝てないと涙出るんですか?」
 誤魔化すように袖で目尻を拭って、拭って。
 だけど止まらない。
 後から後から溢れてくる。
 何でだろう。どうしてだろう。
 嬉しいはずなのに、こんなに苦しいのは。

「もしかして、ホントに自覚してないのか?」
 暫く沈黙が続いて、訝しむように青春が口を開いた。
 ボイラーの音に混じって聞こえるので、ちょっと掠れた言葉。
「何をですか?」
 自覚も無自覚も心当たりが無くて首を捻る。
 青春の眉間の皺の原因が分からない。

「卒業式の時に、お前泣かなかっただろ?」
 溜息の後に言葉が続く。
 そうだ。
 あの時俺は泣かなかった。
 すずなちゃんと風来坊さんと歩いていくチーフを笑顔で見送って。
 淋しくなるね、と呟く乙女ちゃんに笑い掛けて相槌を打っていた。
 横尾達と喋って笑って、漫画を描いて。
 チーフの卒業で、何が変わるとも思わなかった。
 彼は彼の道を進み、俺達はもう少し学生として生活していく。
 それだけだと思ったのに。
 それだけだと思っていたのに。

 ―――全然違った。

 一日二日と経つうちに、どんどん切なくなってくる。
 何かが足りない。
 いつもと変わらない生活を送っているはずなのに。
 今まで満足していたことだけでは足りない、焦燥感の様な。
 思わず声を掛けようとして振り返った―――背後の空間。

 青春が居ない。
 いつも何かを沸き立たせてくれるような、青春の行動・言動。
 過剰なぐらい一喜一憂していた自分が居ない。
 刺激がない。
 足りなかったのは刺激。
 あの人が足りない。

 床にシミが出来る。
 チーフがもう学校に来ない。
 これからは、ずっと接点がないかもしれない。
 もう、二度と逢えなくなるかもしれない。
 絶望感が滲み出てくる。
 足下から崩れていくような感覚。
 淋しい。
 怖い。
 無くしたく・・・ない。
「チーフ・・・・もう学校に来ないんですね・・・」
 打ちひしがれたような声が出た。
 傍に居られない。
 振り返っても貴方が居ない。
 焦燥感が湧く。

「今更実感してきたか」
 タチの悪い笑みが零れる口元を広げた扇子で隠して。
 淋しい?
 辛い?
 離れられなくなるだろ?
 自覚させる、甘い罠。

 炉暖は青春に惚れている。
 いっそ、切ないほどに惹かれている。
 だけど自覚がないから。
 実感させてやろうと思った。
 けれど真っ白な炉暖を汚したくなかったから。
 新雪を踏む楽しさよりも、眺める楽しさを選んだ。
 時間を掛けて、自然に雪が溶けるのを待つように。
 残りの学園生活、有りっ丈注ぎ込んで青春を炉暖に刷り込んだ。
 傍に居るのが当然であるかのような、強く深い印象。
 青春の画策。

「オマエは俺に逢いたかったんだよ」
 立ち尽くす炉暖の耳元で青春が囁く。
 真摯な顔で、真摯な声で。
 残雪を溶かしきる太陽を誘う。
「俺のこと、好き?」
 ビクリ、と肩が揺れる。
 衝撃を受けたように。
 表情も感情も、全て予測が付く。
 炉暖が青春を見つめていたように、青春も炉暖を見続けてきたから。
「・・・・・です」
「聞こえない」
「・・・好き・・・・です。俺・・・は、チーフと離れたく・・・ないです!」
「俺もだ」
 俯いたところを抱き締められる。
 青春の腕の中で安心感を得る。

 流れる涙を受け止めてくれた。
 漸く気付いた気持ちも、受け止めてくれた。
 俺はチーフが好き。
 でも、もう時間は戻せない。
 もう、逢えない。
 逢えなくなる。
 そう思ったら、また嗚咽が漏れた。

 だから、続く言葉に驚愕した。
「またうちに来い」
 顔を上げればより強く抱き締められる。
「すずなも待ってる」
「あ・・・・の、それって・・・・?」
 逢いに行ってもいいの?
 迷惑じゃないの?

 不安混じりに頷けば、ニヤリとした笑みが見えた。
 今までと変わらない、企んだ笑顔。
「何なら今から来るか?泊まりになるだろーけどな」
 心底楽しそうに、抱き締める手が背筋を辿って―――
「何言ってんですかアンタはー!!!」
 悲鳴を上げて距離を取った。
 これがチーフなりの涙の止め方だって事ぐらいは理解したから。
「行く訳無いでしょ!?・・・・・今日は、もう遅いし・・・」
 勢いのある否定は最初だけ。
 後半は呟くように。
 顔が真っ赤に染まっているのが判って、余計恥ずかしくなる。
「そーだな、いつでも来い。俺も待ってる。」
 立ったままの炉暖を覗き込むように、ベッドに腰掛けて。
 浮かべられた表情は、これまで片手の指にも満たぬほどしか見たことのない
自然で柔らかな笑顔。
 ゆっくりと引き寄せられて、近づく唇。
 チュッと小さな音だけを響かせて離れた。
「ちぃ・・・・・ふ?」
 青春の微笑に負ける。
 茹で蛸のような顔は見なくとも青春には手に取るように判るし、当の炉暖は
内心のパニックに手一杯で何のリアクションも起こせなかった。

「オラ、帰るぞ」
 凍り付く炉暖の肩を抱いて、青春は部室を後にした。
 閉まり掛けの扉に、ニヤリと笑いかけて。
 貴重で楽しかった一年を振り返る。

 用意周到に巡らせた罠。
 蜘蛛のように獲物を絡め取る。
 じわじわと毒を効かせるような、愛情の注ぎ方。


『逢いたかった』
 炉暖に切望させることが出来た。
 それだけで青春の勝ち。
 これからは今までのように一緒に居られないけど、縮まった距離を大切にしていこう。
 先はまだ長い。
 時間はたっぷりある。



 冬の終わりももうすぐだ。



                                        【終わらせて下さい....】
ぅわーい。
超難産の上、和樹さん何が言いたかったのかサッパリです(死滅)
とても青春さん卒業編だなんて思えません。
御免なさい出直してきます<(_ _)>
私はもうダメかもしれない.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆

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