・・夏の洗礼


うだるような夏のある日。
大悪魔だろうが、災禍の凶犬であろうが封身を掛けられて
生身の人間でいる以上、ノラも他の人間と違わず夏の洗礼を受けていた。
「暑ぅ…人間界ってのはなんでこんなに暑いんだっ!」
「暑い暑い言うな駄犬。余計に暑く感じる」
摂氏34度を越える気温の中で、
一磨の周りだけはひんやりとした空気に包まれているとでもいうような
冷ややかな口調だった。
「駄犬じゃねぇ! だいたいテメェーが契約を解除すりゃ魔界に帰れんだ」
「キャンキャン五月蠅い、馬鹿犬。少しは黙っていられないのか」
お互いがお互いを睨み付ける。
暑くなると血気盛んになるのが人の性だ。
ノラは元々、堪え性など持ち合わせていないが、
一見涼しげにみえる一磨も実は暑さのせいでかなり気が立っていた。
普段はノラの戯れ言など右から左に聞き流しているBGMでしかないのに、
今はそれが妙に癇に障る。
そのため一磨のノラを見下す表情にはいつものゆとりがなかった。
まさに一触即発。
剃刀のように研ぎ澄まされた空気が流れ、
合図のように天空に輝き少し遅れて周囲を劈く轟音をもたらす。
がしかし、その凄まじい音に二人の闘志は削がれてしまっていた。
「……なんだぁ」
「雷も知らんのか貴様は」
忌々しいほどに大地を照らしていた太陽は、今や積乱雲に覆い隠されていた。
「良かったな……一雨くるぞ」
何が良かったのか聞く暇もなく、降り始めた雨に上から下までずぶ濡れにされる。
なにせシトシトなどと可愛い勢いではない。
夏の雨と言えば大概はバケツをひっくり返したような激しいスコールだ。
「どうだ涼しいだろう野良犬。というより濡れ犬か?」
「うっせぇ!!」
憎まれ口を叩きつつ、口元には自然に笑みが浮かぶ。
実際、服毎丸洗いされているような雨は暑さに参っていたノラには心地よかった。
雨が止むまでの暫しの間、天然のシャワーを楽しむ。
その後晴れ上がった空は爽やかで、喧嘩の事などすっかり忘れていた。











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