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「チーフ!!」
バンッ、と小気味良い音を立てて炉暖の手が青春の机とぶつかる。
いや、正しくは炉暖の手が青春の机に叩き付けられた。
部室内の視線が一点に集まる。
当然、炉暖に。
部室内、とは言っても現在残っているのは乙女だけで、神様と太はすでに帰宅済みだった。
「何だ?」
常と変わらない素振りで鉄扇で口元を隠した青春だったが、内心驚いていた。
炉暖が半ば騙し討ちのような具合で入部して以来、青春に対してこのように激しい接触をしてきたのは初めてだからである。
しかも部室に入ってきて早々この行動とは、なかなか図太くなったモノだ。
・・・・もっと色のある接触なら大歓迎なんだがな。
内心溜息をもらしつつ、青春は資料の束から視線を上げた。
思い詰めたような炉暖の目が青春を真っ向から射抜く。
見つめ合うこと約10秒。
炉暖の視界の外で青春の鉄扇が乙女に帰宅指示を出していたが、その事に炉暖自身は全くと言っていいほど気付いていなかったらしい。
「手、見せて下さい」
「・・・・・・・は?」
どさっ。
ぐぐっと身を乗り出して主張する炉暖に、青春はとうとう間抜けな声をあげた。
同時に扉の前で乙女が荷物を落とした。
あまりにも唐突で脈絡のない提案に、二人が眉間に皺を寄せていることも知らず、炉暖は無許可のまま青春の手を取って眺めていた。
・・・・・・・ははぁ。なるほど。
噂の転校生と何かあったな。
独自の情報網を持つ青春に、早朝仕入れた情報が思い出される。
『例の漫画賞を取ったヤツが転校してくる』
話だけは聞いて、どうでも良いと聞き流していたが、炉暖が何を吹き込まれたのか・・・・。
青春にとっては最年少記録を塗り替えられたところで何の痛手もないわけで、どちらかと言えば炉暖が何を考えて他人の指を弄んで居るかの方が重要な問題だった。
「・・・・キレイ・・・・・だと思うけどな・・・」
ぶつぶつと呟きながら細い指が絡んでくる。
右手の次は左手。
ひっくり返したり戻したり、指の一本一本に視線が注がれる。
まったく。
何を考えているのやら。
とりあえず愉快なことになっている左手を強制的に引き戻して―――
「行動の意図が不明確だ。きちんと説明したら続けさせてやろう」
判る気もするが敢えて邪魔をしてみる。
案の定イヤそうな渋い顔が返ってきた。
噂の転校生が何を言ったか。
言い難そうにあーとかうーとか不明瞭な言葉を発している炉暖を尻目に、乙女はようやく扉の向こうに消えた。
「噂の転校生が何て言った?」
「チーフ何でそんなこと知ってるんですか!?」
「俺の知らないことは無い」
ニヤリと笑ってみせれば、ようやくいつも通りのオーバーリアクションが炸裂する。
再び鉄扇で口元を隠すが、今度は笑みを抑えきれなかった。
炉暖は確かにオーバーリアクション気味の所が多いが、それを一番良く見せるのが青春に対してであることは先刻承知の上。
ついついからかいたくなるタイプというのはこういう奴のことを言うのだろう。
納得ついでに扇子を突き付ければ、炉暖はようやく思い口を開いた。
「遠山乱歩に言われたんです。俺の手はキレイだって・・・・・描き慣れてないって」
「なるほどな」
炉暖の溜息に、多少納得した。
青春には理解不能な感覚だが、炉暖にとってはまるで『素人』と罵られたようなものだったのだろう。
それは確かに凹む。
肩を落として自分の手を見つめる炉暖のマフラーを掴んで引き寄せた。
「漫画は手で勝負するのか?」
近い位置で視線が交錯する。
「ち・・・・違います・・・・」
目線を落とし手首を振る炉暖。
「だったらそんな戯れ言気にするな。漫画書きは漫画で勝負。ペンだこなんて出来て無くても漫画の上手い奴は居る」
言って掌をひらひらさせる。
青春の手にはペンだこはなかった。
もともと出来にくい体質というのがあるのかもしれないが。
「そーですよね!漫画で勝負するんですよね!!」
やたらと元気づいてガッツポーズなど示す目暖に多少微笑ましい気分になりながらも、青春は安堵していた。
良し。どうやら対抗心だけらしいな・・・・。
そんな青春の心を知ってか知らずか、炉暖は颯爽と荷物をまとめると問題発言を残して去っていった。
・・・・・・・ちょっと待て。
今アイツなんて言った?
『漫画描き人生』??
一瞬の思考の空白を埋めるように炉暖の発言を反芻する。
『じゃ俺、遠山との勝負原稿描かなきゃなんでお先に失礼します!漫画描き人生かかってますからね!!』
・・・・・・・。
「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえっ!!!」
珍しく慌てた蕪木青春の声が、地上階まで響いたとか響かなかったとか―――
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