| 07 メロンパン |
生徒会長執行中。 |
「・・・・・・・・この味好きじゃねぇ」 相も変わらず生徒会室の一番日当たりの良い場所で メロンパンを口に運びながら、ノラは独り言のように呟いた。 モゴモゴと口を動かしながらだったので その言葉はひどく不明瞭で。 だがそれでも すぐ傍に腰掛けていた比良坂嬢の耳には届いたようだ。 「SPさん 会長が席外してて良かったね」 にこやかに笑いながらそんなことを言う。 反対にノラはムスッとした表情を浮かべた。 確かに本人が聞いたら 間違いなく今頃は『禁ずる』の連発だっただろうが。 メロンパンとコーラ。 どちらも一磨の好物だ。 そしてノラは初対面時の、インパクトのある出会いにより コーラを酷く苦手としている。 だから変わりに牛乳を飲む日が続く。 更に ここでメロンパンまで否定してしまっては、一磨とは根本的に嗜好が違うことを公言しているようなものだ。 そうでなくとも 毎日嫌になるくらい同じ物を口にしているのだから。 「でもそれって飽きたって事?」 毎日食べてて食べ飽きちゃった? 小首を傾げて手にしたボールペンを口元に当てる。 会話の間でも その手元には山積みになった書類の束が整理され、分別されていく。 一磨や他の生徒会役員と共にチェックを入れている書類は 全校集会で使う部費の予算申請の為のもので、その内容に見合った活動をしているかどうかの確認の為 皆出払ってしまったのだ。 だから今 生徒会室にいるのは、ノラと比良坂の2人だけ。 珍しくはあるが、ノラが校内で誰かと一緒にいるのを好まない一磨が 唯一黙認するのは彼女だけで。 それは、彼女が生徒会長に不利なことはしないと 理解しているからなのだけれど。 「・・・・・んー・・・・・・・」 問い掛けには生返事というにもおこがましい様な反応が返ってきた。 確かにソレはあるのだろう。 比良坂の弁当からおかずを失敬する時も 大概肉系のモノを取っていく事には既に気付いている。 肉が好きな人に、炭水化物ばかり与えれば味に飽きもするだろうに。 それでも 空腹よりはマシ、と いつも文句を言いながらも受け取る 二人の遣り取りを見ていると苦笑が漏れる。 ――― 会長の気持ちが分からないでも 無いんだけどなぁ。 自分の好みの味覚に合わせたい、とかって思うのは。 そっと心の中だけで呟くが、誰かに言ったことはない。 少なくとも、見ていて楽しい間は。 最後の一枚を可決の方へ入れ、クリップで束を固定する。 要検討の束を トントンと天板で揃えながら。 だが、飽きたということが最大の理由なら 既に二人の間で決着は付いているだろう。 ノラが一磨に突っかかっていく所からいなされる所まで バッチリと周囲の注目を浴びながら。 どんな主張をしたトコロで、一磨が別のモノを出すとは到底思えないが。 それにしても普段の様子から考えれば歯切れの悪い返答に、ふと 比良坂は考えた。 同じ物ばかりで飽きたとか、甘い物があまり好きではないとか そういったことではなくて、ノラが実は一磨の意図に気付いていたとしたらどうだろう? 比良坂が思うに、ノラは結構素直で聡い。 動物的な野生の勘みたいなモノが鋭いだけかもしれないが。 ともかく、気になったら聞いてみるのは一つの手だと思う。 だから さり気なさを装って問い掛けてみることにした。 「それとも・・・・・もっと他の理由?」 作業をする手は止めないまま、声だけで。 しかし今度は返事もない。 せめて、何か反応してくれれば返答の想像も出来るのに。 そう思って 見るとも無しにノラに視線を移せば、筆舌に尽くしがたい―――それはそれは微妙な横顔がメロンパンを銜えていた。 愕然としていて その上悔しそうな、腹立たしいと苦虫を噛み潰した様な表情で、それでいて どこか恥ずかしそうな。 とにかく奇妙な顔をしている。 「どーしたの?」 「な・・・・何でもねぇ!!」 思わず問い掛ければ、悪戯を咎められた子供のような反応が返ってきた。 ワタワタと 誤魔化すように残りのパンを飲み込み、ゴミ箱へと走って行ってしまう。 一体 何を考えていたんだろう。 『他の理由』が原因なのは分かるけど・・・・・・・・それにしては表情が微妙すぎ。 書類を所定のケースに仕舞いながら首を傾げていれば、廊下から喧噪が響いてきた。 弱小、と称される部の部員が例年のように慈悲を請うているのだろうその騒ぎに、ノラが驚いたようにドアに視線を向ける。 どうやら生徒会室の主がお戻りのようだ。 ガラリと開け放たれたドアからは生徒会役員がバタバタと室内に入り、更なる抗議のために踏み込もうとした生徒は一磨によりピシャリとドアの向こうに閉め出される。 その手際の良さは、恐らく歴代生徒会長の中でもトップクラスなのだろうけど。 「お帰りなさーい」 にこやかに出迎えたのは やはり比良坂だけで、ノラは席には戻ったものの明後日の方向へ視線を走らせている。 「比良坂、書類整理は終わっているか?」 そんな飼い犬の姿を視界の隅に納めつつ、あくまでどうでも良いことのように一磨は比良坂へと声を掛けた。 彼女は バッチリだよ!との返答も清々しく、つい先程纏め終わったケース内の書類を指し示す。 「会長・・・・・彼ら、まだ居ますよ」 「アイツ等が居たら、俺等も帰れねぇな・・・・・・・最悪」 書類整理も現状の把握も終わったのなら今日の作業は終了だが、廊下には未だ無駄な抗議をしたい連中がたむろしているらしい。 矢野、藤本両名が些かげんなりした声を上げる。 それもそのはず、つい先程まで行く先々で喧嘩腰の抗議、泣き落としの嘆願 情状酌量を求める生徒達に縋り付かれながら 何とか此処まで逃げてきたのだから。 道すがら平然と廊下を渡りきったのは 生徒会長たる一磨だけだ。 当の一磨は廊下のざわめきなど一顧だにせぬ様子で新たな書類を手にしている。 「腐るな、暫く放っておけば治まる。それより―――」 あからさまに外に聞かせるために放たれた言葉は、それなりの効果を発揮したらしく 瞬間ピタリと騒ぎが止まった。 決して声を張り上げたわけではない彼の言葉は 確かに外部に届いたらしく一磨の『全く関知する余地無し』という真意を悟った大半の生徒達は泣く泣く引き上げたらしい。 まだ微かに聞こえる動揺した声と罵声は 真狩生徒会長がどういう人物か理解出来ていない生徒のものだろう。 だとすれば その内業を煮やした他の生徒の手によって安全地帯まで連行されるに違いない。 生徒総会までの数日は今日のような出来事が続く。 明日以降の手順をざっと説明して、お互いの作業内容を確認する頃には 一磨が口にしたように廊下は平素の静まりを取り戻していた。 その間、ノラは 普段と変わらぬ距離を取りながら それでも妙にソワソワした様子でソファーへと席を移している。 特に一磨が声を掛けるわけでもなく、ただ作業音だけを立てて 時間は過ぎていった。 夕日が町並みに溶け込んでいく。 周囲に広がる濃紺にオレンジが微かな抵抗を見せる。 ほんの数刻垣間見ることの出来る、美しい景色なのだろう。 作業終了後の人心地を放心状態で過ごしていた矢野と藤本が腰を上げた。 「じゃぁ、僕たちはこれで・・・・・」 「また明日も頑張ろうぜー」 ぐったりと窓の外を眺めていた二人だったが、このまま机に縋り付いていても疲労は拭えないと見切りを付けたようだった。 生徒会室にスチール椅子を引く音が響く。 「明日は遅れるなよ」 ドアに手を掛けた矢野に一磨の低い声がのし掛かる。 今日の集合に遅刻した矢野はぎくしゃくと頷きつつ、藤本に同情されながら廊下へと出ていく。 「二人ともお疲れさま〜」 その後ろ姿に声を掛けつつも、比良坂は自分も席を立った。 「じゃぁ、あたしも もう帰るね」 「あぁ。道中気を付けろ」 鞄を引き寄せながら一磨とノラに声を掛け教室を後にする。 最後に見た ノラの物言いたげな表情に思う所はあったが、あえて黙殺して。 三人が帰ってしまえば、残るのは飼い主と犬だけになる。 校舎の中に残っているのは恐らく二人だけで、微かに響く野球部の軽快なバッティングが 校庭に残る運動部の存在を知らせていた。 しばしの沈黙。 珍しく大人しいかと思えば 纏う雰囲気は普段よりも遙かに落ち着きがない。 確か比良坂と二人 教室に置いて出るまでは特に変わりはなかったように一磨は記憶している。 そして戻って来てからの妙な空気も。 別に、二人きりにしていたからといって 問題が発生したとは思えない。 比良坂の様子に変化はなかった。 一通りの確認を行い、一磨も席を立つ。 向かった先は当然ノラの占拠したソファーだ。 「で。何があった?」 見下すように尊大に声を掛ければ いつもならば盛大に文句を垂れる所だが、今日はソレすらもない。 視線を合わせないように、逸らされる横顔に 苛立ちを感じないわけではないけれど。 「答えろ、馬鹿犬」 「犬じゃねぇ!!」 わざと逆鱗に触れる単語を口にしても、普段ほどは乗ってこない。 逸らされたままの顔は 正面を向くことを忘れたかのように、微動だにしない。 ―――何故そんなに どうでもいい所ばかり頑固なんだ、貴様は。 言葉にはしないが一磨が何時もノラに対して思うこと。 きちんと見ているから、気付いていること。 「学習しろ。次に俺が口にする言葉は何だ」 溜息と共に吐き出されたのは、警告の言葉だ。 瞬間、ノラの肩が跳ねる。 常の展開なら、問答無用で一磨から『禁ずる』の一言が出ている場面なのだろう。 それをあえて警告するというのは珍しい。 ・・・・・と言うよりは、初めての展開だ。 「『禁ずる』・・・・・・・・・・」 忌々しげに吐き捨てる言葉は、逸らされた視線と共に明後日の方向へと流れていった。 「何があった」 再度繰り返された問い掛け。 今度は容赦なく禁止コマンドが繰り出されるだろう空気を孕んでいる。 しかし、当のノラにも答えようがない。 自分のちょっとした発言から始まった 比良坂との会話の中で、ノラの中で朧気にとはいえ形になったモノ。 ノラ自身が掴み倦ねているソレを 果たしてどう言葉にしたものか。 いや、本当は気付いてしまった事実をどう受け止めればいいのか葛藤中なのだ。 だから、問われても答えるべき手段がない。 よって返答は簡素なモノになる。 それが酷く一磨の意に添わないことだけは分かっているのだけれど。 「別に・・・・・・・」 立てた片膝に顔を埋めるように、くぐもった返答を返す。 晒された首筋に、痛いほど視線を感じるのは気のせいだと思って良いのだろうか。 しかし とても普段のように視線を合わせることなど出来ない。 そんなことをすれば、きっと自分は動揺する。 理由は分からないが、何となくそんな勘に従って ノラは必死で一磨の無言の圧力に耐えていた。 実際、一磨の気配と声だけでこれだけ動揺していれば 充分『異常アリ』と判断されても仕方無さそうな状態だったが。 その頑なな仕草に、このまま問い詰めた所で埒が明かないことを悟った一磨は 踵を返して卓上の鞄を手に取った。 「まぁ、良い。鍵を閉めるから外へ出ろ」 金属音を立てて、鍵を弄ぶ。 此処の部屋の鍵は2つしかない。 一つは矢野と藤本が管理しているため、今あるのは一磨の持つ1本だけだ。 促されることで渋々ソファーから腰を上げる。 顔を合わさないようにしているのか やや不自然な動きでノラが室内に出たのを確認すると、一磨も続いて生徒会室を後にした。 「今日は冷え込むぞ」 言外に真狩家へ連行する旨を滲ませれば、消え入りそうな声で 保健室に行くという。 いい加減、此方の考えも読めるようになって貰いたいモノだがな。 溜息すら漏れない、と強制連行のために首輪を掴めば これだけは何時もと変わらぬ呻き声。 しかし、やはり今日は抵抗の度合いが違う。 「放せ、よ!今日はここで良いって言ってるじゃねぇか!!」 「空調も切れるのに、分かっていてむざむざ風邪など引かせられるわけがなかろう馬鹿犬め。俺の管理体制が問われる」 どれだけ暴れても、何時も一磨の片腕で引きずられる現実に げんなりする。 その上昼食を取ったとはいえ 何時もメロンパン1つとパックの牛乳だけでは慢性的な空腹状態にあると言っていい。 力が入らないのはそのせいだ と腹の中で毒づいて。 それでも抵抗を止めなければ 静寂に満ちた廊下に盛大な音が響いた。 曰く 腹の虫が。 「・・・・・・・・・・・・・」 無言で返されると余計にいたたまれない。 「・・・・・ぅるっせぇな!!」 「俺は何も言っていないが?」 噛み付くノラに、一磨は胡乱気に返す。 だが一磨の切り返しは正しく、ノラ自身も八つ当たりだと分かっているからそれ以上は絡むことすら出来はしない。 ゴソゴソと一磨がポケットを探って出てきたのは 薄暗くなってきた廊下でも分かる、見慣れた固まり。 「コレなら、あるが?」 差し出されたのは昼間と同じメロンパン。 その包みを見て、ノラは顔を顰めた。 「・・・・・・・・・いらねぇ」 つい先程も食べたものだ。 そう何度も同じ物ばかり食えるか、とばかりに顔を背けるが 内心それどころではない。 日中の 比良坂嬢との遣り取りがグルグルと頭の中を回る。 まるで質の悪い連想ゲームのようだ。 そんなノラの態度に一磨が業を煮やしたように 首輪を引く手に力を込めた。 途端に絞まる気管にノラが苦鳴を上げる。 それすらも気に掛けないように 一磨の口からは低い声が零れた。 「ほぉう」 地の底から響くような、と表現しても差し支えない声に ノラの肩が無意識に震える。 「俺の出すモノが食えない、ということか?」 掴んだ首輪で引き寄せて、背後から耳元に囁く。 「や・・・・・・・止めっ!・・・・・・・ぅぐ!!」 中途半端な高さに固定されれば否応なしに首が絞まる。 しかも耳元で声を出されれば、身体を支えるための足下から力が抜けそうになる。 息苦しさに悲鳴を上げることすら敵わず ノラは一磨の袖を引っ張り解放を訴えた。 どうするか しばし静止し、やがて一磨の指が首輪から外れる。 酸欠を補うように ノラは腰を落として深呼吸を繰り返すが、当然一磨もただ放したわけではない。 「で。意地汚いはずの貴様がここまで意地になるというのは どういう訳だ?」 さぁ話せ、とばかりに詰め寄れば 相変わらず視線は合わせないまま、ノラは涙目のまま吐き捨てた。 「・・・・・ッ!だから・・・・・・、テメェとのキス 思い出す味だから嫌なんだって言ってんだよ!!」 特徴的な、ほんのり香る甘い味が 何時も誰かを彷彿とさせる。 今まではボンヤリと意識の端に引っかかるだけだったのが 今日の比良坂との会話で決定的な人物像を結んだ。 何時も飯食う時に、オレはコイツとのキスなんか思い出してたってのか!?? 自覚した瞬間の衝撃といったら、筆舌に尽くしがたいモノがある。 色々グルグルしている所を見た比良坂嬢が『微妙』と表現したのも強ち間違いではなかったということだ。 「・・・・・・・成る程 な」 座り込んだまま顔を背けるノラを面白そうに眺めて。 一磨とのキスは ノラにとって『甘い』味なのかどうかはさておき、一磨の意図していた計画が方向を違えて面白い結果を生じさせたことに 彼自身はいたく感心していた。 果たしてこれが『刷り込み』に当たるのか『パブロフの犬』に当たるのかは判断の難しい所だが、効果はあったらしい。 「貴様に恥じらいなどという情緒があったことは意外だが、しかし今日は保健室に泊まらせるわけにはいかん。諦めて付いてこい」 再度首輪に手を掛けて、しかし引き上げる力は軽い。 促されるように腰を上げれば、否が応でも視線は絡む。 直視出来ないノラと 正視することの出来る一磨。 ―――果たして今夜ノラが安眠出来たかどうかは定かではない。 |
この日絶対一磨さんはノラを美味しく頂いていると思います。 ただただひたすらに タイトルは思い付かないは オチは付かないわで、かなり尻切れトンボで済みません。 って云うか、オチが無いのは今に始まったことでもないですが(吐血) とにもかくにも『馴れ愛』目指して頑張ります!! ・・・・・・・・方向性間違ってない?ガクガク(((゚Д゚)))ブルブル |