11月11日



「ポッキー?どういう意味だコレは」
 朝一、挨拶と共に手渡された緑色の箱を片手に、一磨は問い返した。

「いや、深い意味はないんだけどな。今日ポッキーの日だろ?」
 だからお裾分け、だと言う。

「・・・・・相変わらず、どうでも良いような事ばかり記憶しているな・・・・」
「うわっ!真狩、怒るなよ!!」
「授業内容は憶えていない癖にな・・・・・」
 重い空気を孕み席を立つ一磨に、矢野は滝のような汗を流しながら 思いつく限りの弁解を始めた。

「いやいやいや!落ち着け!コーラを構えるな!!別に毎日菓子持ってきてる訳じゃねーし、この間のテストだってちゃんと点数取っただろ?!それに、真狩に渡した分は 比良坂から預かってた分なんだって!!」

「比良坂から?」

 4次元ポケットと称される魅惑のポケットから2つ程取り出されたコーラが掌中で踊る。
 威圧感を含めて弄ばれるその恐怖の赤い缶の動きを止めたのは、少年が苦し紛れに吐き出した最後の一言だった。

「そーだよ!比良坂がお前に渡せって言ってきたんだよ〜!!」
「・・・・ほぅ」
「や。お裾分けとか言ってスミマセンデシタ」
「まぁ良い、コレは貰っておく。比良坂に宜しく伝えて置いてくれ」
 目を細めて見やれば、蛇に睨まれたカエルのようにカクカクとしたメカニカルな動きで矢野は頭を下げた。
 それを目にし、多少溜飲を下げた一磨は、それだけ伝えると 教室を後にした。




 場所は移って生徒会室。

 放課後の閑散とした廊下を横切り 気配を消して音を立てないように静かにドアを開けば、隙間から冷え切った空気が流れ出した。
 顔を覘かせてみれば、目を引く銀糸が風に揺れている。
 窓際に椅子を寄せ もう冷たくなりつつある秋風に吹かれながら、黄色く色付きはじめた校庭の銀杏並木をぼんやりと眺めている後姿は ややもすれば掻き消えてしまいそうにも見え、妙な非現実感を持って其処に存在していた。


 恐らく比良坂がコレに構うのは、天然系なだけでなくコイツの不自然さに気を取られないからだろう。
 元々が違うものだけに、根底に潜む獰猛さに皆 無意識に気圧されるのだ。

 絶対的な 魔力の保持者。

 しかしその実態は、躾けのなっていない犬そのものだ。


「口を開けっ放しにするな馬鹿犬。もっと馬鹿に見えるぞ」
「っ!!?」
 ギリギリ背後まで近づいて 平素と変わらぬトーンで声を掛ければ、見ている方が驚くほどの動揺具合で野良犬は肩を揺らした。
 一体何をそんなに動揺しているのか、椅子からずり落ちそうになっている。

「犬のくせに匂いにすら鈍感とは・・・・・・。
 気配を察知しろとまでは云わんが、少しは神経を使え。この上なく退化した脳がその内本当に無くなるぞ」
「だから俺様は犬じゃねぇって、何回言わせりゃ気がすむんだ!!」

 この程度 毒舌にも入らないつもりで言葉を連ねたが、やはり引っかかるのは『犬』という単語が一番のようだ。
 馬鹿犬め。

「で?どうした。まさか紅葉に見蕩れていたなどと風流なことは口にしないだろうな」
 いつも通り腕を組み、いつもとは違う目線の高さで会話を展開する。
 座っている分 野良犬の方が低い。
 ちょうどいつも付いている差を逆転させたような状態だ。

「コウヨウ?何だソレ・・・・美味いのか?」

 あぁ、この一言で何をぼんやりしていたのかが手に取るように理解出来た。

「・・・・・今度見せてやる。少なくとも食べ物ではないな」
 ため息すら漏れない言葉のやり取りの中、空腹を満たすものではないと知った途端に 興味を失ったように視線を逸らす動きに、魔界の情操教育の至らなさをひしひしと感じる。
 我知らず力のこもった指先に、何かがひしゃげる感触が伝わった。

 そういえば、今日は小道具があったな。
 さて、コレをどう使うか―――



「馬鹿犬。腹が減っているなら良い物をくれてやる」

 ぴりぴりと紙を破る独特の音を立てつつパッケージを開く。
 その音と言葉に、やや過剰ともいえる反応でソイツは振り返った。
 こういったお菓子の類は、自分ではあまり食べないため知らなかったが 紙のパッケージを開けると、更に中袋が2つ入っている。
 その中の1つを取り出して切り口に指を添えて・・・・・・・・

「『禁ずる』」
「ぅぎゃぁっ!」
 封を開ける前に飛び掛ってきた行儀の悪い犬を、強制拘束で無理矢理席へと戻した。
 ここで簡単に与えてしまっては面白みの欠片も無くなってしまう。

「大人しくしていろ、馬鹿犬」
 よほど腹が減っているのか匂いに釣られたのか、いつにもまして落ち着きのない犬を一瞥して ようやく開封に到った。
 パッケージを握り締めた割には全部折れずに入っていたことにやや満足しつつ、中から一本だけ取り出す。

 スイッと眼前に突きつけて、俺は一言だけ発した。



「食え」



 目の前に突き出された チョコレートでコーティングされた棒状のものから少し身を引きつつ、馬鹿犬はやや戸惑ったように手を伸ばしてきた。

 ひょい、とその手をかわす。
 伸ばす、かわす、伸ばす、かわす、伸ばす、かわす・・・・・


「どんな嫌がらせだ、テメェ!!」
 いい加減馬鹿らしくなってきたのか、散々伸ばしては避けられ目的の物を手に入れられないことに焦れたのか―――おそらく後者だろうが―――ギャンギャン吠え始めた姿に、おおよそ迫力は無い。

「だから、食え と言っている」

 再度顔の前に差し出せは、やっとこちらの意図に気付いたのか じわじわと苦虫を噛み潰したような表情に顔が歪んだ。
 酷く嫌そうに、それでも何かを諦め切れないのか ぼそぼそと口を開いた。

「まさかテメェ・・・・・・まさかとは思うけどな、手ずから食えとでも言うのか?」
 自分で口にした言葉に、自ら絶望する顔というのは大変見応えがある。

「あぁ、その通りだ。理解が遅いな」
 止めを刺すように ゆっくりと。
 スローモーションでも目にしているような流れで、ガックリと項垂れる頭など早々お目にかかれるものではない。
 相変わらず面白いリアクションを取るものだと内心感心すらしつつ、それでも決心が付くまでの葛藤をポッキーを掲げたままで待ってみる。

 あー、とも、うーとも付かないような声を上げて悩む姿は、正直 滑稽だ。
 どんなに悩んだところで、コイツの選択肢は一つしかない。

 すなわち、諦める という選択だ。


「どうした、喰わんのなら他の奴にやるぞ?もしくは捨てるか・・・・・」
「何で捨てるんだよ!!」

 ほら、噛み付いてきた。
 当然本気で捨てる気などない。
 ただ、野良犬が食べないのなら他の奴に押しつける気は満々だったが。

「愚問だな。貴様が食べない以上、オレはコレに用が無い」
 手にした一本をゆらゆらと揺らしてみせる。
 さぁ、コレで尚のこと躊躇する余裕が減った事だろう。
 折角の食料を、わざわざ捨てる事はあるまい。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・喰やぁ良いんだろ、チクショウ!」
 散々葛藤した後、吐き出されたのはそんな言葉だった。
 差し出されたポッキーに、やや躊躇いながらも口を付ける。
 いつものように一気には食べにくいのか、少しずつ折りながら食べていく。
 長さを確認しながら食べているせいか、伏し目がちな目は あまり目にしたことのない表情を作り出している。

 ポキン。

 小さな音を立てて、根本の辺りが折り取られた。
 残っているのはプレッツェルの辺りだけだ。

「最後まできちんと食べろ馬鹿者」

 分かっている。
 今、野良犬の頭に渦巻いているのは『根本の部分まで食べると、指に口が触れる』という一点だろう。
 分かっているからこそ、あえて口にするのだ。

「・・・・・・・・・・う゛・・・・」
 握ったり開いたりを繰り返す拳が 心情をよく表している。

 此方から差し出した腕の位置は変わらない。
 あとは、乗るか反るかだ。

 意を決したように指先に寄せられた唇に、そっと短くなったプレッツェルを押し込んでやる。
 ほとんど触れたような感触はなかっただろうが。

 驚いたように顔を上げる野良犬に、次の一本を差し出した。

「さて、ドンドン行くぞ?」




 腹が減っていた、とは言っても日々それなりに食事を与えている上 なおかつ比良坂の弁当を良く分け与えられている為 空いていたのは小腹、というヤツだったのだろう。

 中袋一つ食べきった辺りで、お互い何とはなしに動きが止まった。


「・・・・・・甘ぇ・・・・・」
「当たり前だ、チョコレートがコーティングしてあるからな」
 今更のように顔をしかめ呟く野良犬に、読めるかどうか定かではないパッケージのロゴを見せつつ答えた。
 オーソドックスな赤いパッケージではない、多少ビターな緑のタイプとはいえ 所詮はチョコだ。
 何を口走っているかと呆れていれば、拗ねたような顔で 視線が逸らされた。

「そーじゃねーよ」
 ぶっきらぼうに言い捨てられた言葉は、捨てた本人を確認する事でその意味を成した。
 うっすらと色付いた頬を視界に納めて 浮かんできたのは『愉快』という感情。
「あぁ。照れているのか」
 言葉にすれば、改めて羞恥を感じたのか ぐいーっ!ゲージでも上がるような勢いで耳まで朱に染まった。
「うっせぇ!!」
 見るな!笑うな!!と顔中を口にして喚いている。
 何処まで行ってもお子様気質なのだろう、この箱入り息子は。



 一頻り騒いで落ち着いたところで、肩へ手を添え椅子に固定するようにして 覆い被さるように顔を寄せた。
 口を触れ合わせ、固く閉じた唇に舌を這わせば薄く開かれる。
 上から押さえている分だけ楽に抵抗を封じて、口腔を蹂躙した。
 竦む舌を絡め取り、吸い上げれば微かに押さえ込んだ体が震える。
 固く閉じられた瞼が 既にこの行為を受け入れている証なのだと、未だ気付かぬままなのだろうけれど。

 名残惜しげに上顎を舐めれば、目に見えて肩が跳ねた。
 よほど くすぐったかったのだろう。
 唇が離れた後もしきりに気になっているようだ。まだまだ開発の余地はあるらしい。

「大丈夫だ。貴様も充分甘い」
 ゆっくりと距離を取って、顎を伝うどちらにものか分からない唾液を指先で拭いつつ 口元だけで笑いかけた。


 そういえば、中世ヨーロッパではチョコレートは『子供が食べてはいけない物』だったそうだ。
 ・・・・・・・・・一応、ガラナが含有されていると言う事か?

 どちらしにろ、しばらくは此処で時間を潰す事になりそうだ。







メーカーさんの思惑にキリキリと踊らされつつも、ギリギリup!!
 むしろアウトか.。.:*・゜.。.:*・゜☆
 つーか、日記にあるまじき長さだよ!!Σ(゚Д゚;)



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