人気の無くなった教室で、呼吸の音だけが酷く耳につく。
 他に音のない学校という区切られた空間は、それだけで一つの異世界のようなものだ。

 最初に、俺がこの場所に落とされた時のように。








「・・・・ん、はぁ・・・・・ァッ んぅっ」

 何度も何度も呼吸を奪われるように、口付けを交わす。
 幾度も幾度も寄せては返すような波のように離れては 寄り添う。
 心地よさに崩れそうになる身体を 必死でしがみついて、固定して。

 ―――隙間なんか出来ないくらい、きつく強く抱き寄せる力強い腕に安堵する。


 身体の奥から何かを燻り出すような激しいキスは苦手だが、あやされるような動きで背中を撫でられるとひどく落ち着く自分がいるのに驚いた。



 何時からだろうか、こんな風に 触れてくるようになったのは。

 どうしてだろうか、こんなにこの腕の中が落ち着く場所になったのは。



12月6日







 ペロリ、と濡れた感触が唇の上を滑った。

「ぁ ・・・・・・・・・ふっ、ん、んん!」

 不意に深くなった口付けに驚いて、閉じていた目を見開けば 視界を占領するのは夜のような深い黒の髪と瞳。
 逆光になって判別しづらい表情は それでも問いかける声から不機嫌な訳ではないと解る。


「何を考えていた?」


 額だけをくっつけて 覗き込まれると、心の底まで見抜かれている気分になる。

 そして、それ以上にこの人間には―――筒抜けなのだ、本当に何もかもが。



「別に・・・・」
「などとお茶を濁して逃げ切れた試しがあったか?馬鹿犬」
 言い訳すら許してはもらえない。
 それでも、こちらを見詰める目に柔らかな光が灯っていることに気付いてしまっているから 逃げ切れる訳がない。
 元々隠し事は苦手だ。


 まじまじと覗き込まれると、思わず視線を逸らしてしまう。
 未成熟ながらも精悍な顔立ちをしているから、至近距離で我に返ると顔が火照るからだ。
 出会ってからまだそんなに経っていないのに 随分顔つきが変わってきたように感じる。
 大人になれば あの一風変わった父親のようになるのかと思うと、人間の成長の早さを寂しくも思うけれど。


「きっかけは 何だったかな、って思ったんだよ」

 誰も 触れることなど出来なかった自分に、ただ一人触れてきたお前の行動のきっかけは 何だったんだろうと。

 最初は 奪うような、その強烈な衝動に流されてだけだったけれど。

 契約から約半年が経過するが、理由をサッパリ思いつかない。
 ただ柔らかな暖かさに浸かっているだけで。




「きっかけは、お前自身だ」

 反らした視線を引き戻すには、充分な一言だった。
 そもそも 流されてこの行為を覚えた自分に、何を言っているのか。

「最初に襲ってきたのはテメーの方じゃねーか!」
 声を荒げても気にする素振りすら見せやしない。
 人間らしいセンサイな神経とやらは何処に忘れてきたんだよ。

「何を言っている。先に誘ったのは 貴様の方だろう?」

「俺が何で―――」
 開いた口元に指が触れた。
 ゆっくりと指の腹で撫でられると、ゾクリと背筋が泡立つ。

「この唇が、キスをして欲しいと誘った」
 薄く開いた唇に 軽い音を立てて唇が触れる。
「その瞳が、見つめられることを望んだ」
 眦に落とされるキス。
 似合わない、チュッと音を立てる 啄ばむ様な口付けに目を瞬く。
 
「その指が、触れられることを求めた」
 唇を弄んでいた手が下り、指が絡め取られる。
 手の甲に触れる指に篭る力に、なかなか動かない表情の下に秘められた情熱を知る。
 痛いのかくすぐったいのか 触れた部分が熱いと感じるのは欲目だろうか。

 重ねられ、引き寄せられた手にもキスが落とされる。
 それは今では 優しい温もりを孕む行為だと、知っているけれど。


「どれだけ自覚が無かろうと、挑発して来たのは貴様の方だ」
 まだ少し高い俺の視線に合わせるように、鋭い視線が向けられる。
 見上げられているはずなのに、見下ろされているように感じるのは昔も今も変わらない。

 変わったのは どちらだろうか。 


「俺の誘惑に負けたってことか?・・・・趣味悪ぃな」
「そうか?これでも見る目は確かだと自負しているが」
 少し首を傾げて笑えば、そう嘯かれた。

 人間の女にだって男にだって モーション掛けられてる癖にな。

 嫌みに笑えば、それはこちらも同じだと笑われた。
 確かにその通りなのだろうけれども。

「無自覚なものほど扇情的だという話を聞いたことがある」
 ―――お前は その典型的なものだろう?

 口元に上る微笑は、確かに男のものなのに。





「生産性、ねぇな」
 繋がれた手を見て、その結果至る所を思う。
 強く力の籠もったこの指も、いつかは解けてしまうのだろう。

 しかし、指先には尚痛いほど力が込められた。

「感情はそんなものを凌駕したところにあるものだからな。先を見ないわけではないが、それだけが全てでもない」

「青春ってヤツか?」
「恋愛ともいうが」

 言って、お互いに言葉の似合わなさに肩を揺らして笑う。



 こんな柔らかな暖かさを持つのなら、誘惑したのが自分の方からでも 間違えてはいなかったのだろう。


 三度触れた唇で 無防備な熱を生み出して―――





『甘い空気』とやらを練習中。
見事玉砕☆
何だかキモイ仕上がりになりました_| ̄|○
スイマセンデシタ(平伏)






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