「待て」ができない






「早くしろ」
「っせーよっ!!」
 チッチッチッと時を刻む秒針の音がノラを急かす。
 一磨が声を掛けるまでも無く苛立ちは既にノラの許容範囲を軽く超えているのだけれど。
 子供向け―――一磨も社会的には十分子供年齢ではあるが、更に低年齢向けの―――テキストに書き込んでいるのは平仮名筆記で。
 思考形態の基盤がどうにも擦れ違っている二人はその回答に逐一論争を繰り広げているものの、人間界での常識は ある意味何かを超越しているとは言え 一磨の方が強い。
 よって、大体において遣り込められてしまうノラだが、かと言って魔界での一般常識においてはバリクに遣り込められているのだから腹立たしさはひとしおだ。
 テキストに向かう横顔と時計を、鋭い視線が行き来する。
 無言ではあるがその突き刺さるような黒瞳の光は物理的な力を保有しているかの如くノラに圧力を加えていた。

 イライライラ。

 互いの心情を文字で表すとしたら、どちらの頭上にもそんな言葉が浮かんでいるに違いない。

「まだか」
 他言無く吐き出された一磨の言葉に、とうとうノラがガァッと牙を剥いた。
「終わるわけねーだろ、こんなの!!」
 バァンッ、と掌をぶつけられたのは山積みになっている問題集。
 小学校低学年向けらしい表紙がノラの苛立ちを逆撫でするのだけれど。
 未だに其処まで手が付けられた様子は無い。
 ノラが今梃子摺っているのは更に低年齢向けのテキストだからだ。
 それについっと視線を移し、再びノラへと戻って来た一磨の視線には何の感情も映しこまれてはいない。
 寧ろ溜息の一つも吐かれれば逆ギレのし様もあるだろうに、一磨はそのチャンスすら与えようとはしなかった。

「―――まだか?」

 朝一でテキストと共に生徒会室に押し込め、休み時間ごとに様子を見に来てはこの調子。
 ここ数日繰り返されて日課になりつつあるのだが、ノラの作業は一向に進む様子を見せない。
 今日も今日とて放課後までこの繰り返しだ。
 最初の方こそ「やる」「やらない」での噛み付きもあったが禁止コマンドと食事を盾に取られれば、ぐぅの音も出ない。
「まだだっつってんだろ!」
 握り締められたシャーペンがノラの手の中で悲鳴をあげる。
「折ったら課題を増やすぞ」
「分かってる!!」
 この遣り取りの中で犠牲になった筆記用具はもう片手では足りないほど。
 釘を刺す一磨に怒鳴り返したノラの腹は、けれど本人よりもずっと正直だった。

 ぐぅ。

「腹の音でまで返事をするな」
「してねーよクソボケっ!」
 真顔のツッコミに返せるのはせいぜい赤面だ。
 屈辱にか羞恥か 耳まで赤く染め上げて、ノラがペンを投げ捨てた。
「腹減ってんだよっ頭なんか回るわけねーだろ!?」
「回るほどの頭を持っていたとは驚きだがな」
 元々軋む位が関の山だろう?
 狙い違わず顔の真ん中へ飛び掛った凶器はしっかり一磨にキャッチされ、おまけに吐き捨てた言葉すらも投げ返される羽目に陥る。
 しかも内容は手痛いデットボールだ。
「〜〜〜ッ!!」
 何とか一矢報いたい所ではあるが、頭に地が上ったときほど碌な台詞は出てこないもので。
 そもそも会話が成立しづらい間柄、先にキレたのはいつもの如くノラだった。
「あーもー、何でオレ様がこんなマネしなきゃなんねーんだよクソ人間!てめードブスよりうるせぇ!!」
 吠え立てる言葉よりも早く伸ばされた手は見事に宙を切る。
 掴みたかったのは一磨の胸倉などではなく、課題が出来たらくれてやると目の前に提示されていたメロンパンだ。
 空振った獲物を狙い吊り上がった視線の先にはコーラとメロンパンをそれぞれの手に掴んだ一磨の見下すような視線が。


「―――『待て』の一つも出来んとは……キサマ筋金入りの駄犬だな」

「オレ様は、犬じゃねぇぇぇぇっっ!!!」

 わざとらしい溜息と共に吐き出された最大級の侮辱に、ノラの絶叫が窓を震わせた。


 ざわめく校内とは裏腹に、今日も外は良い天気なのであった―――











ノラ様絶対『待て』は出来ないよねってことで
たまたまネット巡回してたら遭遇しました『リライト』様にて
素敵なお題見つけちゃいました!!(奮)
素敵過ぎて見付けた瞬間お茶吹きそうになりました.。.:*・゜.。.:*・゜☆








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