何ともお手軽に楽しい世界に埋没できる、それは享楽への片道切符。




缶ビール1本








「何ともお手軽な犬だな・・・・」
 視線の先には、すでに安らかな眠りに沈む野良犬が一匹。
 ごろりと転がったその手元には、中身の無くなった缶ビールが1本。






 最初は臭いが嫌だとか文句を口にしていた割には、いつも道理の挑発具合で一磨が口にすればやめれば良いのに張り合うように一気に一缶飲み干してしまった。

 目を眇めてビールを嚥下する喉の動きを見遣る。
 息継ぎも無しで飲み下す様は、見ていていっそ清々しいが後々悪影響の出る飲み方なのは間違いない。
 グーっと呷って、飲み終えたのだろう。ノラは缶をテーブルの上へ降ろした。

「馬鹿犬。悪酔いするぞ」
 単純なのも良し悪しだ、と改めて嘆息すればテーブルを挟んだ向かい側でコトリと首が傾げられる。
 ついぞ見ない仕草に、好奇心をそそられて視線を向ければ 平素は長く纏められた髪に隠された首筋が覗く。
 ほんのり赤みのさした首筋が。

「酔うって何だ?」
 大人しく問い返すその顔は既に酒の回りきった赤色で、なぁ?と促しながら四つ足でグルリとテーブルを回ってきた。
 そのままゆっくりと居住まいを正すと、酒気の混じった声で重ねて問う。

「答えろ。”悪酔い”って何だ?」

 うっすらと朱の差した目元が、酔いで鋭さを緩和している。
 正視しているつもりなのだろうが、ノラの視線はふとした折にとろりと視線が泳ぐ。
 飲みなれない物を飲んだ割には比較的まともな(?)所作だとは思うが、一磨にしてみれば悪魔なんてものがこの程度で酔うという事実のほうが興味深い。
 なにせ既存の知識でさえ業の深そうな存在なのだから。
 まぁ、今まで見た悪魔を考えるにここまでアルコールに弱いのはノラだけのような気もする。
 特にあの『タラシ男』などザルのようなイメージだ。いや、むしろザルだろう。

「絡むな、野良犬」
 真っ直ぐな視線を正面から受け止めて答える。

 そういえば、絡み酒は寂しがり屋がなるものだと聞いた事があるな・・・・・。
 晩酌の席でかつて父親から聞いた話を思い出しながら、更に一口喉に流し込んだ。


「絡んでねぇ」

「酔っている奴は自分の事を『酔ってない』と主張するものだと相場は決まっている」

「どういう意味だソレ?」

「少しは頭を使わんと、元々無い頭が更に退化するぞ」

「何だと!?」


 その間中 一磨の口元にあった缶は、邪魔だとばかりにノラが引き剥がし、横へと押しやった。
 力加減が上手く出来ていないのか、カツッと缶の底が硬質な音を立ててテーブルの上にぶつかる。
 タプンと缶の中で揺れる液体の音まで聞こえそうに静かな部屋なので、室内には思った以上に低く硬い音が響いた。

 嗜み程度に口にするとは云っても一磨はあくまで中学生で、世間的に表現すると『未成年』に当たる。
 自宅で何をしていようと生徒会長である以上、翌日の学業に支障をきたすような真似はしない。

 節度を守った飲み方をする為、まだ中身は半分以上残っていたからこその音だった。

「ほとんど減ってねぇ・・・・・」
 指先にかかる重みに、ノラがぼんやりとした声を上げる。

「貴様のような馬鹿な飲み方はしない」
 缶ごと捕まれたままの指先に目を遣りながら、当然だ、と一磨が呆れたようにため息をつけば『・・・・何だそれ・・・』と不機嫌そうな呟きがもれた。
 同時に重ねていた掌が離れる。

 微かに浮き上がったノラの手を、暖かな感触との乖離を惜しむかのように自然と一磨の指が追う。
 まだほろ酔いにすらなっていない一磨の、冷えた指先が体温の上がったノラの指先に絡まった。


「!・・・冷てっ・・・」
「・・・・暖かいな」

 ほぼ同じタイミングで全く逆の言葉を口にして、それでも正気な分だけ一磨の動作は滑らかだ。
 中身を零したりしない様に指を絡め取りながら、ゆっくりと缶から手を離す。
 やがて中空に浮いた手は、ノラの意志には沿わず、繋がれた手を引かれるまま一磨に引き寄せられた。

 不自然に絡められた指が痛い。

 軽く顰められたノラの眉間に気付きつつ、一磨は殊更ゆっくりと見せ付けるように眼前にかざした。
 不審気に首を傾げるノラを見据えながら指を解くと、エスコートするように揃えた指先を掴む。

「基本体温が高いのか・・・・・お子様だな」
「あぁ!?」
 口元だけで軽く笑った一磨に、即座に噛み付く。
 そういう様が子供なのだと自分の年齢を棚に上げて笑った。

「馬鹿め」
 引き寄せた指先に軽く口付ける。
 
「何やって―――?・・・・・・・ぅあっ!??」

 ぴちゃり、と聴覚に音が滲む。

 最初の口付けには何をされているのか分からず、酔いの回った頭でぼんやりと一磨の動きを見ていたノラだったが音と共に伝わってきた感触に肩を揺らした。

 指先から、柔らかく濡れた感触が伝わってくる。
 驚いて目を見開けば、赤い色が指の間を這う様子がリアルに視界を占領する。


「や・・・・・・止めろ!何やってんだ!!」
 気持ち悪さと、訳の分からない感覚と、単純な衝撃と。
 言葉にならない痺れが背筋を駆け抜けた。
 力の入りきらない腕を、それでも力任せに引き戻すと 思ったよりも抵抗がなかった反動で支えきれなかった身体が後ろへ倒れ込んだ。

 ガツ!と後頭部を打ったような音がして、ノラは声もなく頭を抱え込む。
 殺しきれなかった勢いで、まともに頭を打ったせいで生理的な涙すら浮かんできたほどだ。
 くぅ〜!っと声にならない悲鳴を上げるノラに追い打ちを掛けるように一磨が迫った。
 仰向けに倒れ込んだノラを床に縫い止めるように覆い被さる。


「何だと思う?」

「・・・・・ッ何がだよ!」

 見下ろすように問いかけられて、痛みに先程までの会話や予想外の展開が意識から飛んでいたため問いの真意はおろか内容すら掴めない。

「オマエは、何だと思うんだ?」

 繰り返し問われても、ノラの瞳に浮かぶのは戸惑いだけでとてもまともな返事など―――いや、一磨の求める答など返ってきそうにはない。

 そもそも、『何か』が何を指しているのかを、当の一磨すら分かっていないのだから。

 行動か、感情か。
 そのどちらを問いかけているのか。



「・・・・・・指なんて怪我してねぇぞ・・・・・」

 瞠目して、何かを思い出したのか、ポツリと口にした。
 どうやら『指を舐める』という一磨の行動を、ノラはそう捉えたらしい。

 怪我をした所を舐める。
 まるで動物だ、犬そのものだ。


「・・・・・・・・・なら今度は、頭を舐めるべきか?」

「今すぐ上から退け!!」

 ノラの発想に動物的なものを感じ、やはり犬か・・・・と確信を深めながらも、真顔で返せば悲鳴のような声が上がる。

 一磨には脅かすつもりはなかったが、結果的に恐怖心を与えてしまったらしい。
 と、云うよりは一磨の行動の真意が分かりかねて戸惑いが大きいようで。
 何より今の体勢がノラには気に入らなかった。

 見下ろされるのはキライだ!!

 単純に本能が訴える。
 この体勢は危険だ。
 どう危険なのかは分からないが、とにかく全力で回避する必要性をひしひしと感じる。


「良いから・・・・!退け!!」
 唸るように声を上げると自由になる足を蹴り上げた。

「頭は痛くないのか?」
 勢いのない蹴りなど意にも介さないというように一磨は急に暴れ出したノラを、どうやったの軽々と押さえ込むと今更のように問いかける。
「痛いに決まってんだろ!」
 押さえ付けられた身体でなおも暴れようとするが、それも数分の出来事で。




「気持ち・・・・悪・・・・・・・」
 真っ青な顔でノラが動きを止めた。
 絡み酒どころか、コレでは完全に悪酔い状態だ。
 吐き気を堪えるように口元を押さえる姿は、翌日の二日酔いを連想させる。

「酒に弱い癖に暴れるからだ、馬鹿者」
 深々と溜息を一つ。
 既にガンガンと響く頭と、グルグルと回る視界に翻弄されて返す言葉すらないノラの身体を押さえ込みから解放すると、万が一の為に用意していたミネラルウオーターのボトルを取りに、一磨はその場を立った。


 再び部屋に戻った時には、グッタリと横たわるノラの姿。
 大暴れの直後よりは幾分顔色も良くなってきてはいるが、それでも未だ胃がムカムカするらしく苦しそうに息を継いでいる様子が窺えた。
 呼吸は浅く、顔色はまだ青白い。


「水を飲め。少しは楽になる」

 力の入らないだろうノラの代わりにキャップを外して口元へ持って行くが、当の本人は嫌がるように弱々しく首を振って飲もうとしない。

「飲まないと明日も辛いぞ」

「・・・・・・むり・・・・」
 声を出すのも辛い、と言葉少なに応えるが確かに水を飲めば楽になるのだろう事は、やたらとベタ付く口内が物語っている。
 しかし水に口を付けるだけの気力は今のノラには無かった。

 だが、当然のこと翌日に支障が出るような真似は許すはずがない一磨は、おもむろに水を呷ると反抗不可能なノラの顎を固定し、深く口付けた。
 正に抵抗する暇もあればこそ、といった感じで合わされた唇にノラは目を見開くが、今更抵抗など出来はしない。
 それでも頑として口を開けないノラに、一磨はムッとした表情をありありと浮かべ無情にも鼻をつまんだ。


 ・・・・・1・・・・・2・・・・・3・・・・・・4・・・・・・5・・・・。

 そもそも、我慢の効くような状態でもないのに一体何をやっているのかと思う。

「ぶはっ!・・・・・んっ、・・・・・・・・・ごほっ!!」
 酸素不足に耐えかねて口を開けば、酸素よりも先に流れ込んで来る水。
 苦し紛れに嚥下し、離した口で大きく空気を貪る。
 慌てて飲み込んだ水は気管にまで流れ込み、噎せ返るのは避けられなかったが。
 何度も喉から咳き込んだせいで涙も浮く。

「で。もう一口飲ませてほしいのか?」
 呼吸の為に距離を置いた唇を寄せ 涙を舐め取ると、一磨は真顔でそう尋ねた。
「・・・・・・・・・!自分で飲む!!」
 今度こそ、渾身の力を振り絞って主張するノラに、そうかと軽く頷いて一磨はペットボトルを手渡した。
 半ばやけくそでペットボトルを傾ける姿は、一番最初に見たビールと同じでやはり一気飲みだ。

 少しは息を継ぎながら飲むことを教えなければな・・・・・。
 
 空になったボトルをこれ又テーブルに叩き付けるように置く姿にも教育の必要性を感じつつ、他人事のように飲みかけのビールに口を付けた。
 既に温くなった缶は、全身に水滴を浮かべ炭酸も抜けていて気の抜けた味になっている。
 もうコレはビールとしては賞味期限切れだ。

「コレで良いんだろうが!」
 何とか戻ってきた顔色を、別の意味で紅潮させてノラはよろりと身体を起こした。
 多少楽にはなってきているようだったが、これで再度動けば明日の体調はどん底だろうことは想像に難くない。

「もう良い、寝てしまえ」
 未だ動きの鈍いままの犬に手を翳し、乱暴にノラの前髪を掻き混ぜると一磨はその腕に力を込め、もう一度
ノラをフロアへと横倒した。
 珍しく抵抗無く従うものだと視線を向ければ、其処には既に寝に入った犬が一匹。
 倒れ込んだ手元には反射的に掴んだのだろう、ビールの缶が握られている。 


「薬物耐性のない奴だ・・・・」
 呆れたように呟きながらも口元は楽しげに、ペースを守って一磨は更け行く夜を楽しんだ。




 ノラの受難はまだまだ始まったばかり―――









えーと。スミマセン。
管理人かなり酔わない方なので、というか二日酔いとか生まれてこの方
縁がない人間なので、状況が上手く掛けませんでした・・・(凹)
って云うか、単純に面白くないです。内容が。
本当に御免なさい・・・・_| ̄|○





お酒は二十歳になってから。





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