「だから、何でテメェがこんなトコに居るんだよ!!」


 まだ少年と呼べる雰囲気を持つ青年がいきり立つと、呼応するように銀色の髪が跳ねる。
 それは本来であれば耳であり、翼であり、尾であるもの。
 魔界では殆ど目にする事の無かった彼の封身姿は、それでも確かにあの巨体の名残を残していた。









温い水で溺死







「前も言ったじゃないですか。バカンスですよ」


 相変わらず眩しい色合いの人だ。

 リヴァンはいつもの通りの眠そうな目でぼんやりと眺める。


 前回、適性者と一緒にいるノラと会った磯とは違う場所で、またもやバッタリと顔を合わせたリヴァンは今回は完全封身状態で。
 それでもやはり扇子は手放してはいなかった。


 磯に座り、相変わらず釣り糸を垂らしている。
 その姿は辺りでちらほら見掛ける地元の釣り人と大差ない。


「今ストレス堪るんですよ、あっちに居ると」
 やります?と傍らに置いていた竿を差し出す。
 元々じっとしている事が苦手な上、前回の惨々たる結果を思い出してノラは渋い顔をしたが、今日は思い立って一磨と別行動をしている為、ハッキリ言って手持ちぶさただった。
 あまりにも人間界の事を知らなさすぎて、動きが取れなかったせいだ。


「ストレス溜まるような性格かよ、テメェ」
 苛立ち紛れに吐き捨てる。
 しかしそんな言葉は何処吹く風だ、大体いつも。

「自信、無いんすか?」
 二の足を踏むノラに無表情なままリヴァンは問いかける。
 当然ノラがこういう挑発に容易く乗るのを知っていた上での発言だ。
 そんな水軍将の予想に違わず、カッチーンと顔を引きつらせたノラは青年の手から奪い取るように竿を手にすると、乱れる水面に糸を垂らす。

「ハッ!今頃バリクがテメェの事探しまわってんじゃねーのか?」

 その姿を目の端で確認しながら、リヴァンは事も無げに応えた。

「まぁ、それもいつもの事ですから」

 ・・・・・・・・・・。
 サラリと流された嫌みに、ノラが何か言いたげに口をパクパクと動かした後、珍しく諦めた様に渋面を作った。
「テメェがそんなんだから、アイツが短気になるんじゃねぇのか?」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ」
「・・・・・・っ!!」
 またもや軽く切り替えされて絶句する。
 しかしリヴァンの云う事は事実なので、屁理屈でも捏ねない限りノラに反論の余地はない。
 そして、ノラは言葉を弄するのが極めて下手だった。

 む〜、と唸りながら何とか言い返してやろうと頭を捻るノラの竿先が数度撓る。
 しかし考え事をするノラは全く気付かない。

「ノラ様、引いてますよ」
「・・・・・・・・・」
 見かねて声を掛けるが反応はない。
 竿を身体の正面で構えたまま、大きくなってきた撓りにすら無反応のままだ。
「全く・・・・」
 面倒くせぇ、と呟きながら封身解放し自分の竿を地面に凍り付かせることで固定すると、その場にすくっと立ち上がる。
 そのままツカツカと踵を鳴らしてノラの背後に立つと、おもむろに竿を掴み上げた。
 竿はノラの正面にある。
 それを背後から掴めば当然、ノラをも同時に抱え上げる事になるのだが―――

「なっ!何だ!??」

 ノラごと竿を持ち上げると云うことは、単純に竿を操るように小手先の力で行えることではない。
 そのためノラを殆ど強制的にその場に立たせるほどの力を持って、リヴァンは竿を動かした。

 結果、ノラ自身が完全にその掌中に収まるような状況を生み出していたが。


「何やってんだ―――」
「竿、引いてますよって教えて上げてたんでしょうが」
 なのに返事すらしないから代わりに釣り上げてやったんですよ、と密着したままの状態でヒョイヒョイと器用に魚を針から外してバケツへと投げ込んだ。
「だからって・・・・!!」
「そう大きな声出さないで下さい。うるせぇですよ」
 食って掛るノラなど歯牙にもかけない様子で、ハイハイとその場に腰を下ろす。


 そう、ノラを抱きかかえたままの状態で。


「だから何なんだよ、テメェは!!」
 完全にリヴァンの胡坐に腰を下ろした格好で、ノラは尚も大声を張り上げた。
 環境の整った魔王軍の総本部で生きて来たノラにとって、人間界の気温・湿度共に苛々に拍車を掛ける。

 密着=暑い。
 そんな先入観的方程式が構築されているせいもあるだろう。

「何って・・・・・見りゃ分かるでしょう?膝抱っこってヤツですよ。説明しなきゃ分からねぇんですか、面倒くせぇ・・・・」
 対照的に涼しい顔でリヴァンは水面に釣り糸を垂らした。

「そういう事聞いてんじゃねぇよ!!」
 質問の意図を分かっていながらも回答を避け続けている。
 それを直感で理解しているから、余計に感情的に声を荒らすのだと言うことも又、予測の範疇。
 キイィ!と顔中を口にして叫ぶノラに、元々気の長い方ではないリヴァンはとうとう実力行使に出た。


「あぁ、もう。五月蠅いっつてんでしょ」


 言うが早いか、カプリ、と目の前の銀髪から覗く耳に噛み付く。

 噛み付いたとは云っても、力など全く入っていないに等しい。
 緩く耳朶を甘噛みしながら舌で耳の輪郭をなぞり上げる。
 呼吸に従って吹き込まれる息。
 殊更ゆっくりと耳の形を辿り、唇が震える首筋まで降りた。
 もう少し滑らかな肌を味わいたい気もしたが、禁止コマンドの為に填められた首輪が意外と邪魔になる。
 名残惜しいとでも云うようにリヴァンは軽く肌を吸い上げた。
 健康的に焼けた肌にうっすらとした紅が散る。
 パッと見には判らないだろうが、例の契約者はどうだろう。
 リヴァンは加害者の笑顔でクツリと笑った。


 もうそれだけで、完全にノラは沈黙する。
 一連の流れが完了する以前、耳を甘噛みされた時点で既に固く唇を噛み締めていたのだけれど。


「相変わらず、耳弱いんすか?」
 薄く唇に笑みを乗せながら耳元に声を吹き込む。
 声もなくビクリと肩が震えた。

 きっと今、自身を苛む感覚が『快楽』だという事すら知らないで、ただ羞恥に打ち震えているのだろう。
 決してこちらに向けようとしない顔の代わりに、首まで真っ赤になっている姿がまざまざと彼の現状を表している。
 見えない表情を勝手に想像して、加虐心を満足させた。


 参ったな。相変わらずこの人は楽しい。


 リヴァンにとって、今の魔界は退屈極まりない。
 遣ることは多くてキツイくせに、気分転換になることが少ないせいだ。


 息抜きや娯楽がないんですよ、――アンタが居ないから。


「ノラ様?」
 こちらを向けないことを承知で声を掛ける。
 足の上に乗っかる体温が当初より高くなっているせいもあるのだろうが、何かを堪えるように小刻みに揺れる肩が、どうにも悪戯心をくすぐって仕方がないのだ。

「・・・・るせっ!!」
 吐き捨てるように絞り出された声は小さい。

 呼気が荒く、吐き出された声は掠れていて 本当に今まで何も知らないで生きてこれたのが不思議なほどに感じる。
 それ程までに無防備で無垢な存在なのだ。

「だから言ったでしょ。今、向こうじゃストレス堪るって」

 こうやって、時折『暇つぶし』にかこつけて弄ぶ度に思う。
 何処までその汚れ無さが保持出来るのだろうかと――― 


「落ち着くまで、こうしててやりますよ」
 釣り竿を完全に手放した状態で腰の辺りに手を回す。
 上昇したノラの体温が触れる身体に心地よい。

 そうでなくてもリヴァンの体温は低い。
 低体温症とか そういう事ではなく、水軍所属の者は大概平熱が低いのだ。
 完全解放した姿が水属性のモノである為に。
 自分の体温が低いなどとは思わないが、それでもこうして暖かな存在に触れるとその熱を分けて欲しくなったりもする。
 感傷ではなく、共有するモノが欲しくなるとでも云うのだろうか。


「しなくて良い!放しやがれ!!」
 活きもよく、腕の中で暴れる身体。
 こうやってなかなか手に入らない孤高ぶりが他者の意識を惹きつけるというのに。
 何故、自覚がないのか。

「熱がある、とまでは行かないでしょうがイイ加減耐えかねたんじゃないんすか?暑いの」
 本当は顔を合わせた時から気付いていたことを、本当に今更のように口にする。
 判っていながらちょっかいを掛けて症状を進行させてしまった。
 反省も後悔もしはしないが、責任だけは取ろう。

「人間界つったら今丁度暑い時期なんですから、オレがぐらいが丁度良いんじゃないんすか。暑いのは嫌いだったでしょ」
「うるせぇ!」

 拒絶の言葉を口にしていても、アンタ知ってるんでしょ、オレの元身。

 肩口に額を乗っけて細身の身体をきつく抱き込む。
 伝わる熱は程良くリヴァンの体温を上昇させた。

 
 密着した背中から、心臓の音が聞こえるようだ。
 徐々に早くなる鼓動に暗い笑みが浮かぶ。

 この身体が誰かの―――あの人間の物になってしまう前に奪い取ってしまおうか。


 密着率が高くなれば、より涼しくなる。
 腕に力を込めれば、それまでの暴れ具合が嘘のように大人しくなった。

 暑いなら暑いと、正直に言えば良いのにと思う。

 ノラの体温がリヴァンの体温で緩和されていく程に、ノラの体から余計な力が抜け、くたりと体を預けてきた。
 どうやら本格的に夏バテらしい。


 そうやって大人しくしていれば、もっと甘やかしてやるのに。

 どうせ甘え方、知らねーんでしょ?
 だからそうやって癇癪を起こしたりするわけで。
 本当に面倒くせぇ。手間が掛かるったらない。

 だけど、アンタに関してだけはその手間すらも愛しいものになる。
 目を細めて扇子を弄ぶ。
「ホント、ドロドロに甘やかしてやりてぇ・・・」

 きっとこんな事、言ってもアンタは理解出来ないんだろうけど。
 その瞬間の反応を期待する。





『ノラ様、俺に溺れてみませんか?』
















・・・・・・・・・・・・・リヴァンのエロエロ将軍め・・・・・・・・・・・・・・・・!!
自分で書いておきながら何ですが、水軍将のS具合にビックリ。
うっかりこの人がノラのお初を奪っていきそうな勢いです。
ヤバイわ一磨さん!!(@△@;)

ところで、リヴァンはリヴァイアサン、
バリクはバラクーダだと思うのよさ。
その辺りどうなんですか!?KAKEI大先生!!(笑


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