飼い主は本棚の前に立ち、飼い犬はベッド際に背をもたれ掛けて。 二人で居ても静かな時間はある。 お互いにお互いの存在を己の中から排除しているかのように、全く干渉しない 純然たる『個人時間』の確立だ。 その 希に訪れる静寂を破るのは、必ずしもノラばかりではなのだけれど――― |
魔王の目 |
静かに、気配さえ消して近付いた少年の腕が 銀糸に絡んだ。 引き寄せられて、首筋を指が這う。 首に嵌った革製のソレを撫で、なぞるような動きは 何かしらの確認作業のようなものらしい。 いつものように その指が首輪に掛かって より近付く距離に、ノラが口を開いた。 「・・・・・・・・・イヤだ・・・・・・」 恐らくキスまで数センチもない距離で 喋るだけで触れそうな唇が静止する。 「なに?」 予想外の反応に、一磨は首輪から指を放さないまま 問い返した。 「今日は、嫌だ・・・・・」 普段ならどう足掻いても逃げられないことを悟って 渋々ではあるが従う所を、珍しく今日はハッキリと『嫌だ』と言った。 別に、何時もと何が違うわけでもない。 むしろ今は一磨の部屋にいることから見て、済し崩しにこういう展開になることはノラにも分かっていたはずなのに。 不審に思いながら 近付いた顔を離し、代わりに 括られた長髪に隠れたうなじを撫で上げれば微かに空気が揺れた。 決して、行為自体を嫌がっているわけでも 一磨が嫌だというわけでも無さそうで。 それならば 理由は何か、と思う。 促すように耳の後ろを何度も撫で付けてやれば、その行為の示す所を思い出したのか ノラは眦を朱に染め視線を落としながら答えた。 「―――ジェリーが居るから・・・・」 返答を受けて視線を走らせれば、確かに半透明で弾力性に富んだ物体がテーブルの上に鎮座している。 しかし 昼ドラで云う所の『子供が見てるわ』 でもあるまいに、と引き寄せる手に再度力を込めるが 本当に珍しく暴れるでもなく困ったような表情で一磨を見上げるノラと目が合った。 「アレが一体どうしたというんだ。何かあるのか?」 普段なら問い掛けたりはしない事が口をついて出た。 恐らくいつもと様子の違う犬に 影響されているのだろう。 言い淀むノラをベッドへ横たえつつ、一磨はベッドサイドへ腰を下ろした。 強行に事に及ぶのは容易いが あまり褒められた事ではない。 ベッドの上からも妙に警戒した視線を卓上へと注ぎ続けるノラに、やはり不審なものを感じる。 「アレを外に出せば良いと云う事か?」 指さして問えば、 「アイツ 結構移動するんだよな・・・・・・・」 と、外に出した程度ではあまり意味はない と語尾を濁した反応が返る。 確かに 云われてみれば いつの間にかノラの肩に乗っていたり、学校でも教室の窓の外にくっついていたりと 移動範囲は広く、速い(?)ようだ。 不機嫌そうに枕に沈み込む双眸は 欲に濡れているのに。 柔らかく流れる髪に指を差し込めば、くすぐったそうな吐息が零れる。 「・・・・・・・ジェリーは、魔王の目の役目もしてんだよ・・・・」 だから アイツが居る時は覗かれてんだよ、と 微かに笑う声の中で そこだけトーンを落として、ノラは一磨に告げた。 「趣味が良いとは云えんな・・・・」 流石にコレにはげんなりと一磨が髪を梳く手を止めた。 「だろ?」 ノラも気怠げに肩を竦める。 一磨の手から逃れる事はもう既に諦め気味で、どうせ抗ったところで禁止コマンドで強制的に押さえ込まれる事は身に染みて知っている。 心沿わないまま無理矢理開かれる身体の負担の大きさも。 最初は苦痛と恐怖に竦んでいた身体も 最近は多少の快楽を拾えるようになってきた。 だったらいっそ妥協してしまった方が楽なのだ。 元々悪魔は欲望と快楽には忠実な生き物なのだから。 しかし その一部始終を他人に見られるとなると話は違う。 そうでなくとも繋がっている先が魔王だと知れている以上、出歯亀は断固阻止したい。 ―――というより、阻止しないとどんな展開になるか予想もつかない。 ノラの髪に指を絡めながら、ふと 一磨が首を捻った。 「アレが『目』の役目をしていると言ったな」 「ン、あぁ。言った」 「では、アレには『耳』の機能は付いていないという事か?」 「・・・・・・・・・・・・・・あ。」 暫し思案顔を浮かべていた一磨の発言に、ノラは虚を突かれたように色違いの瞳を見開いた。 少なくとも、ノラ知る限り 魔王がジェリーを使った『覗き』で音声まで拾えたという事は聞いた事がない。 それ以前にジェリーには耳があるようには見えない。 重ねていえば、言語を持たない下級悪魔故に こちらの言う事を理解はしているようだが 其れに受け答えする事は出来ない。 という事は、あの空洞のような目の部分を覆ってしまえば何も問題はないわけで。 「少し端に寄れ」 「こっち引っ張るか?」 ゴソゴソと二人で剥いだシーツを、一磨が無造作にジェリーの上へと放り投げた。 空中でバサリと広がった大判の布は 狙い違わず半透明の魔的生物ごとテーブルを覆い隠す。 ポッコリとジェリーの形に膨らんだシーツはまるで奇妙なオブジェのように 形を崩す事はない。 視界の端でそれを確認したノラの肩から警戒が抜け落ちた。 「これで問題はないな」 ベッドに沈み込むノラへ覆い被さるように、一磨が髪へ口付ける。 二度三度触れて、唇は閉じられた瞼から頬にかけてのラインを確かめるように辿った。 ゆっくりと降りたキスに、了承のサイン というわけでもないが ノラの腕が一磨の首へと回される。 反らされる首。 より深くなる口付けに早々にノラが酸素不足に陥るのを察した一磨は 始めよりも更に緩慢な動きで唇を離した。 深く息を継ぐ下唇に甘噛みを残して。 「んっ・・・・・、テメェ 今日ちょっと性急すぎ・・・・・・・・・!」 赤く濡れた唇に触れた歯の感触が残るのか、一層赤い舌で唇を舐める。 「そうか?―――いや。そうかも知れんな、散々邪魔された気分だ」 銀糸にきつく絡まる窮屈そうな髪紐を解きながら、ニヤリと嗤う。 「そういうわけだ。今日は覚悟しろ」 「ソレ!・・・俺のせいかよ・・っ・・・・・・・っァ!!」 普段とは手順の違う、内股を性急に這う掌に息を詰めて。 軋むプライドの為か この期に及んで鋭くなった眼光に、一磨の笑みは深くなる。 「せいぜいイイ声で啼くんだな」 「サイ・・・・アクッ!!」 その瞬間の一磨の表情に、ノラは明日は一日この部屋の住人になる事を覚悟した。 一方その頃の魔王様。 「ァッ!!もぅ、ノラちゃんもカズマ君も出し惜しみして!!」 シ−ツを掛けられて以降の動向が探れず ヤキモキしておりました。 |
寸止め大王です。 済みません御免なさい。精進致します。 でも最中は難しい!!(泣) |