静寂と静謐の狭間に触れる



 外は大きな音を立てて風が唸っていて、窓だってガタガタと音を立てていて頭にくるぐらい五月蝿い。
 昨日まで天気だったくせに。
 しかし昨夜遅くまで犯罪悪魔の相手をしていたせいか、そんな事は意識の外に簡単に追い出せるほど眠い。
 本当はさっさとホケンシツとかいう所に行って寝たいのだが、クソ人間が『コウナイにセイトが居る間は慎め、迷惑だ』と言って邪魔をする。
 同じ位走ったくせに、こいつの方が直接戦わない分楽なんじゃねぇ?って思うけど、やっぱりバケモノだと思う方が性に合う。
 外も五月蝿いし、このセイトカイシツとかいう部屋の中も今は人数がいて煩い。

 あいつだけなら、もう少し静かなのに。

 腹立たしくはあるが、他の人間が同じ様に慌ただしくしている事をこなしていても あの野郎人間野郎だけは静かだ。
 その分うっとおしさは上がるから大差は無いのだけれど。
 ソファを占拠してゴロリと転がっていても、他の人間共は何も言わない。
 それはココがあの野郎の縄張りだからだろう。
 人間界にはオレ自身の縄張りと主張できる場所が無い。
 仕方が無いし、面倒も無いと言えばそれまでなのだが、酷く不愉快な気分にはなる。

 あいつの縄張りだから、それだけでムカつく。

 苛々しながら無理やり寝に掛かる。
 寝ている時はほとんどの事を忘れられる。
 それに今は、疲れているんだから。


 騒がしさが霞む。
 耳の奥に押し込まれるような喧騒がなくなったのに気が付いて目を開ければ、未だに慣れることは無い天井や壁が視界に飛び込む。
 その中には人間の姿は無い。
 何処かほっとして身を起こしかけたところで、体の上に影が落ちた。

 暖かいものが触れる。

 軽く触れて、ちょっとだけ押し付けられて、離れる。
 唇だとか、頬にだとか。
 多い時は額や、瞼にも。
 目は極力開けるようにしているけど、どうしても閉じてしまう瞬間を狙われて、けれどこの時ばかりは声を荒げる気にならないから、自分でもよく分からない。
 ただ、いつもは力技に訴えるこいつが コレをするときだけはそういう雰囲気じゃなくて。
 妙に暖かい空気だとか、腹の底にズンッとくる匂いをさせるから、オレの方も思わず動きが止まる。
 別に、待ってるわけじゃなくて。
 ソレが好きなわけでもねーけど、何でか受け入れてしまう。

 その度に、どこか腹立たしい気分にもなるのだが わざわざ主張する気を失うのだ、とにかく。

 ゆっくりと、周囲の空気が動くのを感じる。
 普段は気にもならないことが、この時は酷く気になる。
 肌で感じる気配とか、暖かさとか、色々あるけれど。
「野良犬……」
 囁く様な声は、いつものこいつじゃねー様な気分にさせて落ち着かない。
 いつもの上から見下した突き放すような物言いじゃなくて、何かで包まれるような変な感じがする。
「犬じゃ、ねぇ」
 言い返すオレの声にも勢いはない。
 喉や頤に沿ってくる手を振り払う強さもないまま僅かに首を振る。
 それだけで離れていく体温。
 惜しいと思って、けれど追いかける事など出来はしない。
 なのに、こちらの考えることを読んだように近づいてくる指先、手の平。
 触れるか触れないか、ギリギリの所を掠めるように。

 いつからこんな事をするようになったのか、いつからこいつはこんな事をしてくるようになったのか。
 詳しい事は全く思い出せないのだが、しかし。
 過去の記憶の中で魔王がよくしてきたモノとは違う。
 同じだけれど、違う。
 魔王は他の奴が居てもお構いなしだったけど、こいつは他の奴が居なくなったら仕掛けてくる。
 いつもの強引さはなりを潜めて傍に来るから拒む暇も無くて。
 気が付けば、口と口がくっついていたりする。 
 一番初めは驚いて、やったこいつも驚いたように目を見開いていたから、どんな感じだったかも忘れた。
 ただ、あんまり硬くねぇんだな とかその程度だった気もする。
 何度目かには何となく感触にだけは慣れて驚くこともなくなったけど、その代わり言葉にならない感覚が残るようになった。

 こいつは何も言わない。
 オレの方は何も言えない。
 言ってやりたくて口を動かした事も有るが、あーとかうーとか言葉にならない変な唸り声だけで結局何か言えた為しがない。
 ただちょっと、ちょっとだけ体温が上がる。
 あいつの体温が移るわけじゃない、オレの方が体温が高いらしいから。
 だけどあいつの口が当たった所から全身に広がるように。
 けれどその暖かさは嫌じゃない。
 嫌じゃないから始末に終えない。
 そう思うオレの顔に触って、何が嬉しいのかあんまり変わらないあいつ表情の中に少しだけ柔らかな色が乗るから。
 また、体温が上がる気がする。
 その都度あいつは何かを得たように口の端を綻ばせる。
 これは悪循環、なんだろうか。
 あまりにも普段と違いすぎて、突き放してもいいのか分からない。
 オレの方が調子が狂うから思い切って突き放せば良いのかもしれないけれど、した後がヤバイだろうという事は分かる。
 禁止コマンドの連発程度では済まないかも知れないという、妙に確信じみた予感もする。
 それに、一番の理由は 勿体無い気もするから。
 何を惜しむ事があるのかなど理解は出来ないけれど、ただ 惜しいと思う。


「野良犬」
「犬じゃねぇって…んっ」
 何度言っても直らない呼び方に顔を上げれば、楽しげに上がった唇が触れる。
 当たりそうになる瞬間、思わず開けた口を閉じてしまうのは何でなのか。
 閉じなきゃされねーかも知れねーのに。
 けど、今も口は閉じられて。
 その上にあいつの唇が当たってる。

 まるで受け入れてるみたいだ。

 十秒ぐらいで離れて、今度はもう一回ちょっと長くくっついてきた。
 避けるなんて、その時は思い付かなくて。
 近付いてくるあいつの顔があまりにも近すぎて。
 当たり前のことなんだけども、眩暈がして目を閉じた。
 
 まるで強請るみたいに。

 閉じた口の代わりに、鼻で大きく息を吸い込めば空気に混じるこいつの匂い。
 体臭と、汗と、雨が近いのか少し水っぽい匂いと、本のニオイ。
 普段は好きじゃないと思う臭いだと思うのに、他の奴なら臭いと突き放せるのに。
 呼吸一つにも肩が震える。
 腹の底から、頭の芯が痺れる様な匂い。
 鼻から小さく息が抜ける。
 そうなると頭がくらくらしてくるから、近付いたこいつの胸を少しだけ押す。
 それかちょっと焦って叩くと、名残惜しそうな顔で離れるから余計に。
 腹の底からゾクリとしたな感覚が這い上がってくる。
 重いくせに、背筋を駆け上がるのは一瞬で。
 けれどなかなか感覚は消えてくれない。

 口を開けて、近付いても閉じてやらなかったらどうなるんだろう。
 こいつはどうするんだろう。
 考えても、実行なんて出来はしないけれど。
 きっとそんな事したら、とんでもない事をされそうで。
 とんでもないことが何かなんて分かるはずもなかったけれど、とにかくそれは危険過ぎて。

「もう一度…」

 近付く黒髪に夜を思い出して気圧される様に目を閉じる。
 柔らかくて暖かくて、けど有無を言わせないような感じの何処か普通じゃない接触を思い出したように繰り返して。

 絶対一回なんかじゃ終わらねーくせに、と心の中で毒づいた。




十束様へ

いつもいつも茶中に失踪申し訳御座いませんの捧げ物です!
茶中にほざいていた初々カズノライメージで。
……初々しい、かな……?(滝汗)
お気に召すかどうかは分かりませんが、
宜しければお納め下さい!
本当に毎度毎度申し訳ないです!!

和樹 拝


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