拝啓 体育倉庫にて







 幻想でも良かった。
 錯覚でも良かった。

 欲しかったのは、力よりも暖かさ―――




「・・・って!何でこんな事になってんだ!?」
 寝起きの呆けた頭に朝日が染みる。
 元より寝起きの良いはずが無いノラは、ギャァァァァ!!と、やや定番になりつつある絶叫を上げながら、とても把握出来ない状況に頭の中をグルグルさせながら飛び起きた。
 背中には固めのマットの感触と、床に着いた手からはコンクリートの冷ややかさ。
 そこは確かに体育倉庫の中のはずだった。 

 いつもの通り一磨の帰宅際に体育倉庫に閉じ込められ、文句を言いながらもウトウトしたのは確か昨日の夜の話で、どうにもくすぐったい感じに眠りを阻害されて目を開ければ、目の前にはいけ好かない人間―――真狩 一磨が泰然とした様子で腰を下ろしていた。
 とはいえ、ノラから言えば逆光で表情までハッキリ見て取れる訳ではない。
 ただ、他の部分より若干温度の高いコンクリートが一磨がとても短いとはいえない時間其処に腰を下ろしていた事だけは分かった。
 ノラが慌てて距離を取ったためか、くすぐったさの原因だと思われる一磨の手は所在無さ気に宙に浮いている。

「て・・・・テメェ!何してやがる!!」
「やはり寝起きは悪いな」
 役目を終えたらしい手を戻しながら、一磨は動揺するノラから興味を失った様にあらぬ方向に目を向けた。
 その一連の行動にカッチィーン!といつものように頭に血を上らせたノラは反射的に一磨の胸倉を掴み上げ、至近距離でギリギリと睨みつける。
 どうにもノラは一磨の持つ一撃必殺の『禁ずる』を忘れて安易に手を上げてしまう。
 今だってそうだ。
 当然ガン付けに威圧など露ほども感じない我等が会長様は、『禁ずる』と口にしようとして、止めた。
 『禁ずる』は便利だが、癖になってはマズイ。
 先程ノラが目を覚ました原因とも言える試みの続きを ふと思い立って、ついっと手を伸ばすと自分の胸元から続くノラの二の腕を撫で上げた。

 調度、魔王軍のIDコードのある逆五芒星の辺りから、Tシャツの袖内辺りまでを触れるか触れないか程度で、だ。

「っぅわ!」
 むしろその動きに慌てたのはノラの方で、くすっぐったいような嫌悪感のような得も言われぬ感覚に 掴んだ一磨の胸倉を振り払うように手放した。
 そして放した腕を抱える様に、撫で上げられた部分を拭う様に擦る。
 指先が通った辺りがむず痒い様な言葉に出来ない感覚に、腹の底に冷やりとしたものを感じたためだ。
 今でも残る、余韻を躍起になって消そうと硬く手を握り締めた。

「どうした。・・・・・・気持ち良かったのか?」
 逆に、一連の動作を見て楽しげに目を細めた一磨は嘲るようにそう口にした。

 楽しそうに、人生に刺激を求める一磨にとって現在の状況は大変愉快なものだった。
 あまり認めたくは無いが、この駄犬が来てからは色々事件が発生して刺激は多い。
 先だって姿を見せた反乱組織の男のことといい、魔王軍の副将軍という男のことといい、興味は尽きない。
 そして今、最も興味をそそるのは目の前に立つこの自称『最強の大悪魔』ことケルベロスだ。
 かなりの希少度を誇る悪魔らしいが、それ以上に興味を煽るのはその存在自体にある。
 精神構造がこれだけ似ているのならば、肉体構造は?構成は?
 一種不穏な空気を纏いながら、精々噛み付かれない様にと距離を図りながら観察していた矢先に、今朝面白いものを見かけた。

 毎朝の習慣になりつつある体育倉庫の鍵開けで、埃臭い室内を覗き込めばいつもは目を覚まして大騒ぎするはずの駄犬が、やけに静かに横たわっている。
 足音に気を付けながら距離を詰めるが、全くの無反応で静かに寝息を立てていた。
 眠っていれば、大人しいものだ。
 想像していた寝姿がもっと騒々しいものだっただけに、毒気を抜かれたように暫し眺めていたが一向に起きる気配は無い。
 こんなことで犯罪悪魔に襲われでもしたらどうするつもりかと柄にも無く思案する。
 ついでに観察しておこうとその場に腰を下ろすと、空気の振動が不快だったのかノラが軽く身じろいだ。
「・・・・・んっ・・・・」
 軽く眉をしかめただけで、やはり起きる様子は無い。
 動いたせいで目元に落ちた前髪を払ってやろうと伸ばした指が、軽く頬に当たる。
「?」
 思ったよりも柔らかく滑らかな肌の感触に、単純に驚いた。
 もう一度触れてみたいと思う欲求に忠実に、頬を撫で、そのまま指を首筋にまで走らせる。
 姿形は青年のようだが、手入れも何もあったものじゃない髪も肌も、下手な女よりはずっと上質だ。
 触れていて飽きない素肌の感触に、思い立って喉元を撫でてみる。
 犬猫にするソレと同じように撫で上げれば、嫌がって目を覚ますどころかゴロリと喉を鳴らして掌に擦り寄ってきた。
 本人は否定しているが、習性はまるで犬だ。
 繰り返し喉元を撫でれば、淡く開かれた口元から寝息とは違う息が零れる。
「・・・ほぉう」
 興味深げに項まで這わせた手を、何気なく覗く鎖骨へ滑らせた途端、ガバァ!とそれまで起きる気配すら無かった上半身が持ち上がった。
 ―――そして、冒頭へ至る。



「気持ち良いって何だよ!気持ち悪りぃ事しやがって!!」
 嫌そうに眉を顰めると、ノラは噛み付くように一磨を怒鳴りつけた。
「ほう・・・・。そんな事も知らんのか」
 余程大事にされていたらしい駄犬は、まともに教育すらされていないらしい。
 甘やかされていたのか、ただ無知で居させるためか。
 どちらにしても、魔王から一磨に教育権が移譲された以上、この白い布をどういう色に染めようがそれは一磨の自由ということだ。
「新雪に足跡を残すのも面白いかもしれんな・・・・」
 一磨の口にした言葉は理解出来なかったものの、その浮かべたニヤリとした悪い笑みに身を強張らせながらノラは一歩後ずさった。





 そして今日も長い一日が始まる。





 


アイター。
勢い余ってやっちゃいましたカズノラです。
わっせろーい。
そうやってマイナー茨道を爆進するが良いさ〜!!
うわーん!!(脱兎)


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