閑話休題




 子供が一心不乱に物を食べる姿というのは微笑ましいものだ。
 口の周りは汚すし、食べ終わって汚れた指先を舐めてみたり。

 可愛いものだ。
 ―――それが幼い子供の仕草なら。





「卑猥以外の何物でもないぞ。貴様の仕草は」

「あぁ?」

 唐突に投げつけられた言葉は、当然ノラには理解しがたいものだった。
 腰掛けた花壇の上から見上げる顔には疑念と共に眉間に深い皺が刻まれる。

 仕方のない事だ。
 全ては一磨の頭の中で弾き出された末の発言なのだから。

 いつも通り食べ終わったメロンパンの包みと、握り潰した牛乳パックを手近なゴミ箱に投げ入れ、汚れた指先を口元に寄せる。
 チラリと覗く舌は、赤く、そこだけ妙に色付いた印象を周囲に与えていた。

 時折、付いたパンくずが気になるのか指を銜えたりしている事もある。
 本人は無意識なのだろうが、曲がりなりにも空腹を満たした事で満足気に緩む表情がまた昼夜委細構わず艶事を彷彿とさせていた。
 これがまだ二人きりの時であれば一磨も大して気にも留めないが、流石に校内で餌を与えている場合などは、いっそ不快なほど視線を感じる事もある。

 既にノラは一磨の適当な言い訳と比良坂嬢の多大な勘違いにより、『真狩家SP』という事で校内ではそれなりに顔が売れていた。
 そうでなくとも目立つ外見、特に私服の為注目を浴びやすいという事もあるのだろう。

 一磨に言わせれば 存在自体が騒がしい為、という事だったが。

「どーいう意味だよ」
 一磨の発言に納得いかない、とでも言うようにノラが不快そうに問い返す。
 まるで猥褻物陳列罪適応者のような扱いを受ければ、当然誰でも愉快な気持ちにはならないだろうが、彼の場合はまず『卑猥』という単語を知っているかどうかも定かではない。
 しかしその点についてあえて一磨は言及するつもりはなかったし、改めて説明する気も更々無かった。


「大した事ではないな」
 言葉で解説したところで、直る行動ではないだろうという予測と、それ以上に 変に意識してぎこちない動きをされては堪らないからだ。

「大した事じゃない。改めて貴様が犬だという認識を強めただけだ。馬鹿犬」

 汚れを舐め取る仕草は、普通の犬でも良く目にする行動だ。
 『卑猥な行為』ではなく、単なる癖だ。本能だ。ただの習性にすぎない行為だ。
 元の姿がアレだという事実を知っているからこそ、周囲から感じる粘り着くような視線に気分が悪くなるのだ。

 その視線に気づいているのかいないのか、恐らく喧嘩っ早い性格から考えて気付いていたら速攻で薙ぎ倒しに掛かるであろう事から全く感づいていない可能性の方が高いが―――定番の遣り取りに突入し掛けたところで、一磨がズイッとノラの方へ顔を寄せた。

「だから俺は犬じゃね・・・・っ!?」

 そしてそのまま、驚きに言葉を切った犬の口の端をベロリと舐め上げ、澱みのない自然な動きで身を離した。
 それは背後から見ればキスをしていたかのように見えただろう。
 しかもあまりに自然な所作に、まるでソレをし慣れているようにも。

「・・・・・・・んなっっっ!??」

「貴様はもっと落ち着いて食事をする習慣を身に付けろ。食べこぼしが多い」

 初めての、しかも突然の展開に付いていけず、青くなったり赤くなったり一人百面相のノラへ、しらっとした様子で一磨は暗に、パンくずを取っただけだと答えた。

「あー。おぅ・・・・・」
 今一納得出来ない、何故ソレで今の動きに!?という動揺も隠せず、それでもノラは一応頷いた。
 しかしやはり気になるのか、しきりと口元を拭う。
 ・・・・・相当動揺しているらしい事が傍目にも見て取れるほどに。

 ―――その行動が、尚更『キスしたのか?!』という周囲の動揺を煽る事すら気付いていないのだろうが。

 あからさまに嫉妬混じりの悔しげな気配が漂うのを背中で受け止めつつ、一磨は『彼の』駄犬と共にその場を後にした。







 後日、密かに数人の生徒が生徒会長直々の制裁を加えられたことは、誰も知らない・・・・・。









絶対ノラって、食べ散らかすタイプだと思うんですよね・・・・。
校内で餌やりしてたらそりゃ一磨さんだって注目浴びるでしょうし。

 という訳で閑話休題です。




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