治りかけの傷







「貴様等の身体は一体どうなっている」
「は?」


 生徒会室のソファーに転がって一磨の書類整理が終わるのを待っている。
 ―――そんな時間が増えてきた今日この頃。
 
 真っ正面から切り出されて、ノラは思わず問い返した。

 あまりにも唐突すぎる質問に棒立ちになっている間も、一磨は苛々とした様子で容赦なくノラの着ているシャツを捲り上げた。






 そもそも、事の起こりは先日学校に潜入してきた犯罪悪魔によって起こった傷の治癒についてだ。
 あの蟻の大きくなったような悪魔に切り裂かれたはずのノラの腹部は、それなりの出血量を持って傷の深さを物語っていた。
 更に付け加えるならば、封身解放直前に付けられたはずの腕の噛み跡も相当のものだったはずだ。

 それが何故、短時間に完治しているのか。


 言及するなら、切り裂かれたはずのノラのシャツがいつの間にか元に戻っている。
 当然裁縫の跡など無いし、そもそもそんな技術があるとは考えられない。

 まるで『切り裂かれた』事実など無かったように、元のままなのだ。

 それらの出来事が酷く気になって、一磨はここ数日頭を悩ませていた。




「ギャァ!」
 羞恥心とかいったものが元々ある訳で無し、単純に驚いてノラは悲鳴を上げた。
 ついでに全開にされた腹部をも振り下ろした両腕で覆い隠す。
 それも本能的に急所を庇ったようなものだ。
 しかしそんな事は一磨には関係ない。
 とにかく、気になるのだ。


「手を離せ馬鹿犬・・・・・・・・」
「完全封身されてる時は、普通の人間と変わりねぇよ!だから・・・・・裾を離せ!!」
 何かおどろおどろしいモノを背負いつつ、一磨はシャツから手を離さない。
 しかもソファーの背もたれと、一磨の着いた手により完全にホールドされた状態になっている。
 その異様な感じに、ノラはひたすら拒絶の意を示していた。


「人間の傷がそんなに早く完治する訳が無いだろう」
 ふざけるな、と真っ直ぐに射るように見られてたじろぐ。
 今こそ正に『魔王様の教えてあ・げ・る』が欲しい所だったが、そんな物はない。
 万が一あったとしても、こんな面白い状況にあの魔王が出してくれるはずがない!

 のし掛かってくる身体は自分より確かに軽くて小さいくせに、何故だかノラは一磨を退かせる事が出来ない。
 それは一概にお互いの位置関係の問題や、一磨が特技としている合気道などによるものだけではないのだけれど。 



 ノラがあまりにもシャツを押さえ込むものだから、元が負けず嫌いの一磨も段々ムキになってくる。
 とても下らない事でヒートアップしている気分にはなったが、生徒会長はとにかく色々気になるお年頃だった。

「いい加減に大人しくしろ」
「てめーこそ諦めろ!」

 シャツの裾を巡る攻防といえば気が抜ける事この上ないが、何故だかノラは必死だ。
 その必死さがあまりにも表面に出ていたために、逆に一磨に付け入る隙を与える事になるとも知らないで。


「オイ、こら!・・・・・・ぁっ」


 直接肌を探る手に、制止よりもくすぐったさに動きが止まる。

 わざわざシャツを捲らなくとも、触れば確認出来ると考えた一磨の手の平がノラの脇腹を掠める。

「・・・・・この辺りだったと思ったが・・・・・」
 おかしいな、とか何とか。
 首を傾げながら這い回る傍若無人な手の平に、ノラは喉を震わせた。
 くすぐったさに身を捩ろうにも、それだけのスペースは確保されていない。
 兎角漏れるのは、悲鳴のような声と制止の言葉、後は時折息を呑むような音が少し。

「ギャァ!ちょっと待て、そこら辺気持ちワリィ・・・・ギャアァ!!」
 ひっきりなしに上がる悲鳴も気にしない。

 腕が肩の当たりに達する頃には、すでにノラの身に付けていたシャツは捲り上げられ、胸の辺りまで完全に露出していた。
 途中までは抵抗していたノラも、沸き上がる笑いの衝動に逆らえはしない。
 脇腹を中心に撫で回されたせいですっかり息が上がってしまっている。

 果たして。
 一磨が当初から気にしていた傷は左脇の辺りから腹部に掛けてバッサリ切られていたものの筈だったが、黙視で確認する上では跡形もない。

「やはり無いな・・・・・・・治癒力は比較にならんと言う事か?」
 恐らく傷があったであろう、と思われる場所をつぃっと指でなぞった。
「・・・・・・っあ!」
 すかさず跳ねる身体。

 熱を含む吐息に、咄嗟にノラは明後日の方向を向いたがそんな事で誤魔化される一磨ではない。
 合わされない視線を逆手に取り、ニヤリと口元を歪めた。

「・・・・・・・・ほぉう・・・・・」
 
 その言葉一つで、ノラの首筋までが赤くなる。

「この辺りはくすぐったくはない訳だな?」
 再度同じ場所を軽く、指が触れるか触れないか程度で撫で上げた。
「〜〜・・・・ッ!」
 背けられたままの瞼がきつく閉じられる。
 声を殺しても、一挙一動が受ける感覚を正直に一磨へと伝達していて、全く意味がない。

 まるで言い訳が出来ない姿を晒す。
 触れられる度に震える肩が、いっそ痛々しいほどに。

 ベルトが邪魔をする腰骨の上部辺りからゆっくりと指先を這わす。
「そういえば、『一から教育してやる』といったまま、まともな教育は出来ていなかったな」
 口にしながらも、まだくすぐったいだけの部分とそうではない、感覚を生むポイントを掘り出していく。
 決定的な刺激が無い分、それは生殺しのような刺激で堪りかねたノラが吼えた。
  
「もぉ、傷が無いのは判ったんじゃねぇのかよ!退け!!」
 潤んだ瞳を向けられても、逆効果だという事すら未だ理解出来てはいない。
「馬鹿者、俺が知りたいのは傷の有無ではない。『何故あれだけの傷が完治しているのか』と『服の損傷部分の復原』に関してだ」
 あとは、此処の傷の件もな。
 例の蟻の悪魔に噛み付かれた右腕を指し示す。
 
 そうされる事で、初めて一磨の意図が理解出来たというように―――あくまで『傷の確認』の為の行為についてだが―――ノラは口を開いた。

「だ・・・・・だから、封身解放のせいだろ!アレで身体の構成を一度ゼロにして再構築してんだよ。腕が無くなるとか、そういう致命的な損傷でなければ封身と解放の過程で治癒可能だとか確か魔王が言って・・・・あれ?」
 自分で説明しながら訳が分からなくなってきたのか、ノラは首を傾げながら何やらブツブツと呟く。

 一方、一磨の方もノラの言葉から色々と憶測をしてみた。
 あれだけの巨体がこのサイズに収まるのだから、確かに封身の過程では何らかの身体情報の構築がされているのだろうことは想像に難くない。
 そうなると衣服も同じ要領で再構築されている事になる。
 すなわち新品だ。
 同じ物でありながら、それは同時に違う物でもある。
 そして―――身体が再構築されるという事は、『身体の構成が新しくなる』という事なのだろう。

 下世話な言い方をすれば、封身解放する度に『綺麗な身体』になる、という事だ。


「・・・・・・・・・・・面白い話だ」
 良からぬ事を考えて、思わず吹き出した。
「何でも良いから、とにかく人の上から降りろ!」
 一磨の笑いに身の危険を感じたノラが大騒ぎしたのは、ほんの一瞬後の事。

 しかしてその後、生徒会室が小一時間ほど立ち入り禁止になったのは、ほんの余談ですが。






良し。私一人が楽しかった!(滅)
いや、だって。第3話の傷と服の件、気になりませんでした?
ワタクシそれはもう、うっかりネタにしちゃうほど気になりました。
おかげで肝心の『小一時間』の立ち入り禁止部分を書き飛ばし・・・・・ゲフンゲフン!
イェエ!何でもないです!!。。。(;´Д`A




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