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「雨降っちゃったねー」 比良坂の見上げる空はどんよりと曇り、梅雨と言うにも激しすぎる雨が降り注いでいた。 バケツを引っくり返したような大粒の水滴に、眼下に見える生徒は傘を指していてもぐっしょり濡れてしまう様で。 既に諦めてしまった者も多いようだ。 新たに下足箱から走り出す男子生徒が一人。果敢な挑戦だが無謀だとも思う。 予想に違わず僅かな距離ですぐに速度は落ちた。 「午前中、あんなに天気だったのにねー」 傘を差している下校生は少ない。 あまりの天気の良さにうっかり忘れてきた生徒も多いのだろうが。 「ノラさん残念だね。晴れてたら天の川見れたのに」 「アマノガワ?」 外へ向けていた視線を室内に戻して、ノラに笑いかける。 キョトンとした顔で問い返す姿に その笑みは深くなった。 ロマンチックな話を好むのは、いつだって女の方に見える。 そのくせ無意識に求める心は男の方が強い。 男の方がずっと子供なのだ。 「簡単に言っちゃうと、大好きなのに年に一度しか会えない恋人同士のお話なんだよー」 喜々として説明するにしては余りにも端折り過ぎた感じは否めない比良坂の説明だったが、それが逆にノラの気を惹いたらしく色違いの瞳が真っ直ぐに彼女を映した。 「その話が何で天気とカンケーあるんだ?」 ノラの疑問はもっともだろう。 比良坂の説明の中には話の元になった天の川が全く出てこない所か掠りもしていないのだから。 「えぇとね、天の川って言うのは空を流れる川でね。彦星と織姫の間に流れるものだから雨が降ると増水しちゃって、折角合えるチャンスの日に危なくって渡れなくなっちゃうの。年に一度だけなのに、会えないんだって」 可愛そうだよね、と小さく区切って。 「だから雨が降ると私達からも天の川が見えなくなっちゃうの。晴れてれば綺麗な天の川見れたのに」 空の様子は窓の内側からは推し量ることは難しいが、聞こえる雨の音や外の暗さから考えるに今晩中に晴れるのを期待するのは無謀というものだ。 日本人なら特に感慨は無くとも、ふとこの日には晴れでないことを惜しむ気持ちが湧く者も多いのだろう。 物語に悲哀を感じるのか、見えぬ星の流れに哀切を感じるのか……。 しかしそんな感傷とは全く無縁の存在も、ここには居るのだ。 雲の合間から、細く光が走る。 「泳げばいいじゃねーか」 音は聞こえない。 けれどかなり遠方に生じた稲光を視界に納めながら、ノラがぽつりと感想を漏らした。 「え?」 「だから。本気で会いてーんなら、泳いででも会いに行けば良いじゃねーか」 チャンスがそれだけしかないのなら、死ぬ気で生かすのが本気じゃないのかと 揺るがない視線が続く雷光を探す。 「そんな事もできねーなら、諦めた方が良いんじゃねぇの?」 ノラの言葉に、軽い驚きを隠せない比良坂の目に映るノラの瞳には雷にも似た閃きが生じていた。 軽々しく応とも否とも返答を許さない強い意志がそこに存在している。 「そうだね」 気圧された訳ではない。 自然な仕草で比良坂は頷いた。 けれど、ノラの中には天の川の物語に似た経験が何か在るのではないかと そう女の勘が働く。 「彦星は頑張らないとね」 ノラには話してしない部分だが、そもそも引き離された原因は二人の行動にあるのだから ノラの言い分は強ち見当違いでも無い。 考えようによっては酷くロマンチストな言い分だ。 ちょっとノラの普段の行動や言動からは想像し難くもあるが。 新しい知り合いの 新しい一面を見て、比良坂の顔に満足げな微笑が浮かぶ。 その視線に気分を害したようでもなく再び窓の外に集中し始めたノラが、今度は何を察したのか嫌そうな顔をして生徒会室後方のドアへと視線を向けた。 「その場合努力を裂くべきは双方共にだと思うがな」 不意に入った横槍は、一体何処から聞いていたのか嫌味なまでに現実主義を打ち立てた一言だった。 「お帰りなさい、会長」 ひらひらと手を揺らめかせる比良坂に、先程の言葉など無かったかのように不自然に一磨は眉を顰めた。 「まだ残っていたのか。……今から帰るのは厳しいぞ」 責める訳ではなく、すっかり御機嫌を崩したこの空模様では如何に頑張って傘を差して帰っても無事に帰りきるのは難しい。 どう転んでもずぶ濡れという、この時期ならではの洗礼は避けがたいという一磨なりの配慮だ。 例えば、比良坂が生徒会室に立ち寄らずに帰っていたならば恐らくまだ小降りで被害は大きくなかっただろう。 例えば用事を思い出してノラを置いたまま生徒会室を後にした一磨と共に学校を出ていれば、傘の恩恵にも与れただろう。 けれどそんな心配は無用だと、少女は朗らかに笑った。 「大丈夫。迎えが来るから、じゃぁまた明日」 私の彦星は家族と車、と笑いながら一磨と入れ違いに教室を後にする後姿を二対の視線が追った。 一方は惰性で、一方はその真意を探るように。 勿論双方何の成果も上がりはしないのだけれども。 「なかなか辛辣な意見だったな」 先に沈黙を破った一磨が手近なパイプ椅子に腰を降ろす。 梅雨独特の湿気を吸い込んだ金属がギシリと耳障りな音を立てた。 増水した川を泳ぎ切れといったのはノラだった。 しかし一磨は事によっては織姫すらも泳げと言わんばかりの指摘を口にしたのだ。 「てめーの方がもっとヒデェだろ」 返したのは言葉だけではない。 窓の外に戻していた視線を呼んだのは、窓ガラスに映った一磨の手招きだ。 湿気を含むサッシに預けていた身体を起こせば 変わらずノラを呼ぶ手がある。 外は知らない。 だが、少なくとも今ここには一磨しか居ない。 呼ばれるがままに歩を進めれば、一磨の腕がノラの腰をより傍へと引き寄せた。 真正面に立てば膝頭が付き合う形になって限界が生じる。 「これ以上は無理だろ」 「発想の転換だ」 むぅ、とノラの唇が不満げに尖ったのは一磨の言わんとすることが理解出来たせいだ。 言いたい事は分かる、が、そこまで自分が譲歩する必要が何処にあるのかとも思う。 声に僅かに含まれる忍び笑いも一匙不満を上乗せする。 「年に一度なのだろう?」 どこか愉快げなその口振りに、ノラが勢い良く行動を起こした。 腹立ち紛れにドカリと腰を降ろしたのは一磨の膝の上。 耐え切れないと悲鳴を上げる椅子は無視して向かい合うように座れば、否応無しに膝は一磨の足を挟み込む形になる。 それなりに体重のあるノラが勢い良く腰を降ろしたにしては一磨の表情に変化は無く、ノラの期待した溜飲を下げるような展開はない。 寧ろ密着するように引き寄せられる身体に限界まで開かされた脚が痛いぐらいだ。 けれど抱き寄せられた身体は、夏の暑さを遮断して薄ら寒い空気すら漂わせる天気が災いしてか押し退けるには余りにも心地が良い。 湿気は確かにノラに不快感を与えるが、お陰で剥き出しの腕に当たっているのだろう互いの汗にも意識が流れない。 あぁ、これは不味いのかもしれない。 ノラの心音を探るように胸に押し付けられる一磨の頭を見下ろしながら、何かが警告を告げている。 見た目よりは柔らかい一磨の髪が首筋に当たればくすぐったさが、求めるように抱き締められれば無縁とも思えた感情が生じ出すのを感じた。 抱き締めて、キスをして。今だけ、自分もコイツも肯定してしまえたらきっと気持ちがいい。 本能的に知ってしまった愉悦へと意識は傾くが、それでもノラの矜持はエベレストよりも高かった。 一磨を引き寄せるように緩く首に回した腕に僅かばかりの力を込めて。 「てめーが努力しろよ」 オレは泳がねぇからな。 こんな事はそれこそ年に一回だと、唇が触れる間際に吐き捨てれば 微かに触れ合う先の唇が不敵に笑みを刻んだ。 「生憎と、俺は勤勉でな」 引き裂かれるような無様な真似はしないと。 泳ぐ真似も、泳がせる真似も御免だと、笑って。 ―――来年の今日は、晴れていれば良い。 熱に浮かされる思考の片隅で、ノラが呟いた。 |
意訳っていうのは、極論で言うと主観的判断の結果ですよね? と怯えつつもフライング七夕でした゚+。(・∀・)゚+。゚ とは言いつつも書き出しは2005年の代物です_| ̄|○ やっと形にナタヨー。もめんなさい(各方面に謝罪) |