Prospect |
カリカリカリ、カツカツカツ、ガリガリガリガリ……。 「将軍、ペンが止まっていますよ」 「あー」 「返事は手の動きで十分です」 ピシャリ、とした物言いにリヴァンの肩がぴくりと揺れたが、それ以上の反応は無く再びツイッとペン先が書類の上を滑り始めた。 その一連の流れに、バリクの肩から必要以上に込められていた力がドッと抜けていった。 怒りと、反撃に用心する緊張と諸々の全てが だ。 度重なる督促をのらりくらりとかわして何時までも仕事を片付けない水軍将に、ついに彼の副官がキレたのだ。 更に上に居る上司よりも先に、部下の方が。 何しろ今回溜めに溜めた書類はバリクに決済出来るものを全て除いても、床を埋め尽くした。 文字通り足の踏み場も無い勢いだ。 よって、深夜帯まで水軍執務室への拘束と相成ったのだ。 リヴァン一人を閉じ込めて帰らないのは バリクの一欠片の良心と、ほぼ倍の量になる彼への不信感の結果だ。 一人にすればまた確実に逃亡するだろう、という予感……いや予測に対する防衛策。 それでもリヴァンがその気になればバリク一人倒して逃げることなど造作も無いが、今度逃げれば次に待つのはカインからの雷だ。 如何にリヴァンとて、カインからの一撃は極力避けたいと思っている。 ―――という諸所の理由によって水軍上層部は嘆かわしい残業をこなしているのだが――― 「オイ、バリク誰か―――」 「ノラ様!?」 執務室の前。 魔王が常駐している執務室ほどではないものの、そこそこの広さを誇る各軍の執務室の出入り口もそれなりに大きい。 成人男性が裕に二人は並んで通過できる扉が備え付けられている。 何かが扉の前に来た気配に気付いたリヴァンが皆まで言う間もなく、バリクはある一人の名を口にしてドアへと駆けた。 彼らしくなく、慌てた足音が室内に尾を引く。 まるで動揺をそのまま音に変換したようなあわただしさだ。 「あー、めんどくせぇ」 その様子を目にしたリヴァンは手にした扇子で無気力に頭を掻きながら呟いた。 一方大慌てでドアの前に駆け寄ったバリクは大扉を力の限り引き開けた。 「こんな所でこんな時間に何をしているんですかアナタは……、―――ッ!?」 しかも開き様に怒鳴りかけて、そのまま凍りついた。 急に言葉を切ったバリクを不審に思うもリヴァンからは扉の外は見えない。 確認もせず声を張り上げて、人違いだったら笑い話にもならないだろう。 それはそれで取り乱すバリクの様子がイイからかいのネタになるのだろうが、しかし今回は違う。 万に一つも間違えるはずの無い、ケルベロスの魔力を感じたのだから。 まぁ、こんな時間にこんな場所に居ること自体が問題ではある人物なのだが、リヴァンが ましてやバリクがノラの魔力を扉越しとはいえ見誤るはずがない。 ならばきっとバリクの理解の許容範囲を超える出来事がノラに発生しているに違いない とリヴァンは結論付け、今の隙にしっかりサボっておく方向で一人納得した。 「…………っ!?」 かぱーっと口を開けて二の句のつげないバリクの前に立つのは、幼いながらも特殊階級施設に一人で住まう悪魔だ。 「……バリク、まよった……」 怒鳴られたことで一瞬怯んだものの、すぐに不貞腐れたように頬を膨らませたノラが軍服の裾を引く。 まだまだ成長過程のノラはバリクの腰丈程度しかなく、服装はもう就寝間際だったのかかなりラフな サイズでいえばXLのダボダボのTシャツ一枚という生足出まくりの、特定の趣味の方々が目にしたらうっかり誘拐されかねない格好をしていた。 「アナタはまた……そんな格好で…!ここは一般フロアなんですよ?!何かあったらどーするんですか!!」 バリクは思わず頭を抱えて天を仰いだ。 汚れ一つない装飾も鮮やかな天井しか見えなかったが。 「何かって、どんなだ?」 オレ様がその辺のヤツに負けるわけねーだろ と唇を尖らせる姿に、そういう強さ勝負ではないと訂正を入れたいものがかと言って変態嗜好の説明を説明をするのは気が進まないし手間も掛かるだろう。 そうでなくとも今バリクの背後にも気配だけでサボり始めたのが分かる程手間の掛かる上司が存在しているのだ。 ―――ノラか、リヴァンか。 この選択はちょっと周囲に誤解を与えかねない。 ―――仕事か、仕事か。 ヤバイ、優先順位が付けられない。 違う、落ち着け。リヴァンはイイ年した大人だ。手間は掛かっても一人で仕事は出来る…筈だ。 「……バリク?」 葛藤を始めたバリクを、心なしか不安そうに見上げるノラには日中のような険がない。 蛇の尾が既に力なく垂れている所を見ると本人も既にかなり眠いのだろう事は見て取れる。 ―――考えるまでも無い、か。 「何でもありませんよ。部屋までお送りします」 手を差し出せば振り払われる事は無いが、手そのものをぐいぐいと引かれる。 意図を掴めずにいれば眠さもピークなのかノラが小さな手を大きく広げてバリクを催促してきた。 ノラの求める所が分からず同じ目線までしゃがみ込めば、首根っこに腕が回りギュウと抱き締められるに至って漸く何を主張していたのかを理解した。 抱っこ。抱っこか……。 背に手を回し 膝裏に腕を通して安定を取れば、ヒレの辺りをくすぐる小さな吐息。 「寝たか」 「えぇ。私はノラ様を送ってきますので」 「行って来い」 「将軍は手、止まってたら分かりますから。規定数済んでなかったら、次の見張りはカイン様になりますのでお忘れなく」 「――――――めんどくせぇ……」 「では」 不機嫌さを隠しもせず室温を急激に下げる上司を尻目に、中央塔へのゲートへと向かう。 初対面の時から相当手間は掛けられているが、それでも何かあると迷う事無くバリクの元へ顔を出すノラを こんな時だけは素直に可愛いものだと思うことが出来る。 誰が用意したのかは知らないが、この寝着は少しタチが悪すぎる。 本当にうっかり一般兵に見つかれば完全に不審者扱いだというのに……十中八九魔王様なのだろうけど。 「よっ、と」 ずり落ちかける小さな身体を抱え直しえて、早く暖かな部屋へと送り届けてあげたいと思う。 いつの日か この温かさを手放す日が来るとは、思いたいくないのだけれど――― |
だってノラ様ですもの! 無防備がデフォですもの!!(力説) というわけで、ちーさい頃はこんな感じで手間掛けさせてると良いな えへへ、という妄想の産物です。 でも良く考えたらノラ様が仔ノラ様の頃(いつまでだ?)は バリクまだ副将軍じゃないよ・・・・・・orz、とかツッコミ所は多いですが まぁ昇進したばかりで上司の扱いを漸く身につけた辺りって事で☆ |