「馬鹿犬め・・・・・」

 校内に見掛けないと思ったらこんな所に。


 それは 蒼天の真下で柔らかい日差しと温かな風に守られた、裏山の頂上付近に咲くたった一本の染井吉野。










 GPSを頼りに探しに来てみれば、その樹の又辺りに身を任せて眠る 彼の飼い犬。
 一磨の立ち位置からはまだ距離があるのでハッキリとした様子は窺えないが、日陰にあるとは云ってもノラの髪の色は酷く目立つ。
 人工では成し得ない 美しく、比類無く艶やかな 銀色。

 そして ノラはハッキリ言ってよく眠る。
 原因は色々あるらしいが、主な要因は空腹を抑制する為だと 理解不能物体から聞いている。
 極度の空腹状態に陥ると 何やらとんでも無い行動に出るらしい。
 嘘かホントか疑わしい所だ というのが一磨の率直な感想だったが。

 しかし、元より彼はそんな些細な事を気に掛けるような人物ではない。
 自らの要求を満たす為、いつものように叩き起こすべく歩を進めた。

 普段通り 尊大に、声を掛ける。

「起きろ馬鹿犬、犯罪―――」

 坂を上がりきる前に起こしてしまおうと張り上げた声は、ある事に気付いた一磨によって断ち切られた。
 思わず掛ける言葉を失って 近寄る事もせずに立ち止まる。

 よく見掛ける寝顔は、いつも何処か張りつめていて あまり安らかな眠りという感じではなさそうだた。

 だからこそ。
 今 見せている 穏やかな寝顔に 一磨は少なからず驚いた。
 無防備に、自然体に投げ出された手足は 惜しげもなくさらされた表情と相まって酷く無防備に見える。
 悪魔の年齢など想像の範疇外とは云え、恐らく 幼いままであろう その精神年齢相応の表情に。

 表情には出ないけれども。

 緩やかに吹く春風に、いくつもの花びらが舞い落ちる。
 ひらりひらりと舞い落ちて 視界を薄紅色に染めてゆく。

 まるで ポートレートか、絵画のような一瞬。


「ここは、静かなんだな」

 風に揺れる草木と、自然の鳴き声しか耳に付かない。
 人の喧噪も、車などの排気もない。
 世界から切り離されたような、小さな空間。

 それは 彼の育った場所に似ているのだろうか。


 聞けば 特殊な施設の中に閉じ込められていたという。
 ソコは空以外の自然環境も整い 外の雑踏とはかけ離れていて、そして 古種族と呼ばれる悪魔だけが居る場所。
 その中でも ノラは一人だった。

 どんなに同じ古種族だったとしても、やはり独りなのだろう。
 彼の寄りかかる ソメイヨシノのように。

 世界でたった一つの存在。


 多くの者に求められてきたのだろう、その類い希なる 希少さによって。
 だからこそ余計に 他人と馴れ合う事を忌避するように育ったのだろう。
 それも全て、一磨の仮定と想像の賜物だが。

 気配を絶つ術は知っている。
 ゆっくりと呼吸を整えて 染井吉野まで焦らず一歩一歩踏み出す。
 春先の丘には、落ち葉も枯れ枝も落ちてはいない。
 邪魔者は、いない。

 眠るノラの顔に影を落とさないよう、慎重に立ち位置を選ぶ。
 位置を決めて、斜め前辺りに腰を下ろす。

 日差しは強くはない。
 だが 気温と湿度はやや高めで、暑さの苦手なノラにしてみれば体力を削られる嫌な日だったのだろう。
 動物は先天的に自らの過ごしやすい場所を知っているという。
 そういった本能で見付けた場所だというのか。

 誰が植えた物のかは知らないが、学校の裏山にこれほど大きな桜の木があったとは。
 天に向かって伸ばされた 見事な枝振りが真下からでも十二分に分かる。
 まばらに落ちる木漏れ日は 一磨とノラを斑に染めた。
 吹き抜けていく風は優しく、暖かい。
 春の 一番良い時期なのだろう。

 空は高く 雲は流れる。
 俗世の喧噪から離れて、命の洗濯とはこういうものかと やや爺むさい事も考えてみたり。

 ゆっくりと大樹にもたれ掛かれば、木自身の温度だろうか 微かな暖かみすら感じる。

 ノラが来てからは煩雑ながらも刺激と面白みのある時間が増えた。
 それは大半が彼自身によってもたらされたものである事も 重々承知の上で。
 だがそれでも、適性者たる一磨は まだ14歳の人間だ。
 自覚している以上に 忙しかったのかも知れない。




「んん・・・・・・・、・・・・ん〜・・・・・」

 寝言だ。ただの。

 珍しく周囲の状況が掴めない程 思考に嵌っていたようだ。
 一磨の驚きに見開いた視線の先では、寝苦しくなったのか もぞもぞと姿勢を変えようとするノラ。
 その声に、過剰に反応してしまった自分を苦く思う。

 一頻り身動ぎして、漸く納得がいったというように 再び寝息を立て始める。
 すっかり木の股に填り込むような姿に、一磨は嘆息した。
 まるで揺り籠のようだ、と。


「・・・・・・・・・・・・・・。」

 とても自分らしくない。
 らしくない事は理解しているが、こればかりはどうしようもない。

 
 今日ぐらいは、犯罪悪魔を締め上げに行くのを休んだからといって問題はないだろう。

 ひらりと視界の隅を掠める花びらを そっと手を伸ばして受け止める。
 掌には、桃色に淡く染まった 小さな花弁が一枚。


「―――近いうちに、花見でもするか」

 無防備な姿を見せる飼い犬を視界に納めながら、一磨も珍しく 肩の力を抜いた。













季節外れ万歳。
今まで何となく抵抗あったんですが、今後は無問題☆という事で・・・・。
うちのノラさん寝てばっかり。
一磨さんも大概甘いです(ノД`゜)ウワーン。
もっとこぅ・・・・・素敵な文章書けるようになりたいです_| ̄|○




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