教育者の深層心理学。






「テメェなんか大っ嫌いだっ!」
「奇遇ですね。えぇ、俺もアナタが嫌いですよ」

 ・・・・・それでも『キライ』という言葉で、アナタは俺を特別視するでしょう?

 心にも無い言葉を口頭にのせる自己嫌悪とともに、バリクは心の奥でそう独りごちた。


 最初、その姿を目の当たりにした時、その魔力の強大さに血の気が引いた。
 同時に、その目の奥の暗い光にも、目を惹かれた。
 封身すれば少年の姿であるが、元身は巨大なケルベロスの姿だ。
 しかし、その特殊階級の地位すら重荷なのだとばかりに、表情からは色が抜け落ちていく。
 人形のように。

 腫れ物に触れるように、他の将軍も当たり障りのない事を口にし、本気で当たっていく者など居はしない。
 甘く温く生暖かい羊水のような毒の中で次第に駄目になっていくのではないだろうかと、正に他人事のように心配していたものだ。

 ―――当初は。

 それが一転反発の原因になったのは、魔法制御の実務学習の時だった。
 何を思ったか一介の副将軍にすぎないバリクに、ノラの魔力制御訓練が一任された。
 それも魔王の勅命であるというなら拒否権すらない。
 本来であれば付く事すら出来ないであろう特殊階級の人物の元へと足を運ぶ。
 まずは挨拶からだ。
 年下なのに階級が上だと多少・・・・・いや、相手が相手だけに遣りづらい。
 部屋の前に立ち、ドアを軽く2回ノックすが中から反応はない。
「失礼します」
 と声を掛けてからドアを開ければ、間髪入れずクッションが飛んできた。
 続いて枕が。
 どちらも軽く半身をズラして避けたが、落ちたそれ等を回収して室内へと足を踏み入れる。
「ノラ様?今日から実務学習を担当させていただく、水軍副将軍バリクと申します」
 ポコリと人型に膨らんでいるベッドに近づいてクッションと枕を置くと、布団の下からポツリと『絶対やらない』と微かな声が聞こえた。
「我が儘言わないで下さい。必要な事です」
 ピシャリと口にして、上掛けをはぐれば、激しい拒絶を湛えた瞳と目が合った。

 ・・・・・あぁ、この目に自分は一度呑まれそうになったのだな・・・・。
 と、現状を傍観しつつ、それでも変わらず断定口調で明日からの予定を伝え、挨拶だけは完了させた。
 ドアの外まできっちり礼を済ませて一人呟く。
「―――まいった」
 人間界に好んで住み着くサキュバスが得意な魅了魔法でも生来備えているのでは?と疑いたくなるほど深い色を湛えたオッドアイの瞳が、脳裏から消えない。
 魅入られたか?と柄にもなくバリクは首を傾げた。


 さて、翌日から指定した時間になってもサッパリ姿を見せないノラに、どうしたものかと思う反面、こうやって公然と探し回ったり出来るのがこの役の特権か・・・・と溜息をつくこと数千回。
 ノラがそれなりに大きく育つまで、ある種付きっきりの教育係だったせいもある。
 なにせノラが一番嫌いなのが、この魔法制御の実務だったからだ。
 どうにも小出しで魔力を使う事が大の苦手らしく、練習すら厭う始末だ。
 他にも実地訓練系を受け持つ将軍クラスも居たが、早々に辞退したらしく、今まで継続しているのは自分だけになってしまった。

 バリクは城内を走り回りながら、目立つ銀髪を探す。
 そうやって懲りずに諦めずに、むしろ嫌がらせのように探し出してしまうので、すっかり2人は魔王軍公認の『犬猿の仲』になってしまった。

 ―――好きで嫌われている訳じゃない。

 そう胸の内で溜息をつくも、生来の生真面目さがノラの怠惰振りを目にする度、万が一の事態が発生した時どうするのかと、内心ハラハラする事しきりだ。
 しかも『練習は嫌いなくせに実戦大好き!』という困った性格をしているため、手を焼かされた事も10回や20回じゃない。
 それでも見限る事の出来ない自分に、自分でも驚きだ。
 むしろ溜息すら出ない。

 今日も今日とて城内を奔走していれば、内庭園の木陰に、陽光を反射する程の艶を持つ銀髪が揺れていた。
 不機嫌さも露わに近付けば、ゆらりゆらりと動く毛先がノラの安眠具合を物語っていた。
「・・・・気配で起きるとかして下さい・・・・ッ!!」
 若干の苛立ちと、他の人が近付いたら起きるのだろうか、という疑念の狭間で葛藤する。
 あまりにも安らかな寝顔に、起こすのは忍びなく、かつ、つられて沸き上がる睡眠欲に逆らえるほど多忙でもなかった。

 そっと、ノラの横に腰掛けてみる。
 確かに其処は程良い暖かさで、昼寝をするには丁度良い風も吹いていた。
 目を閉じればあっという間に睡魔が襲ってくる。
 あぁ、誘惑に負けそうだ、と我が身を叱咤すれば、更に追い打ちを掛けるように隣の身体がグラリと傾いだ。
 倒れ込んでくる身体の重みを肩で支えながら、そっと下ろす。
 膝枕とは言い難いがしっくり来たのだろう、再び落ち着いた呼吸を繰り返すノラの姿に安堵の溜息をついて、仕方なくその寝顔を眺めてみた。

 規則正しく上下する胸。
 時折寄せられる眉根。
 呼吸のために薄く開いた唇。

「・・・・・何で・・・・本当に何でそんなに無防備なんですか、アナタは・・・・」

 幼い頃のあの消え入りそうな瞳の色は、この頃はついぞ見かけた事がない。
 あの頃の警戒心とは逆に、今では見ている方が不安になる程の無防備具合に腹すら立つ事がある。
 今だってそうだ。

 どうしてそんなに油断しているんですか?俺が寝首をかくとは思いませんか?

 心に渦巻く疑問を溜息として吐き出して、広がり落ちる括られた長い髪を弄ぶ。
 猫っ毛なのだろう。
 柔らかい髪に思わず唇を寄せた。
 サラリと掌から一房の髪がこぼれ落ちる。
 何度言い聞かせても着る事のない軍服とは違う黒いシャツに、銀色が映える。

「あぁ、ホントに・・・・俺はアンタなんて大嫌いだ・・・・」
 こんなに人の心を掻き回しておいて、自分はいつも遠くばかり見ている。
 狡い話だ。
 嫌がらせ半分に、今日はこのまま寝てしまおう。
 ノラ様が先に起きればさぞ驚くだろうから。
 もう思い悩む事すらバカバカしくなって、バリクは器用に上着を脱いで、寝こけるノラに掛けると、そのまま目を閉じた。



 ―――数時間後、目が覚めたは良いが状況が把握出来ないままひたすら寝たふりをするノラと、それに気づきながら狸寝入りをするバリクの姿が、将軍クラスの密かな話題に上がったという、それもまた噂。









バリクさんよりむしろ私の方がヘタレ祭り。
 スミマセン。
こんな協賛品丸めて捨てておいて下さいませ.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆



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