薄皮1枚の際





「あの・・・・・・ドブスっっっっ!!」
 ガターン!!



 館内を揺るがす絶叫とともに、壊れよとばかりに叩き付けられたドアが烈しい音を立てる。


 翻る長い裾と、流れる銀糸―――
 色違いの瞳が怒りの色を滲ませて正面を射る。


 ざわざわと原因究明に出てきた兵士たちの間をすり抜けるように一陣の風が駆け抜けた。


「アレ・・・・ノラ様じゃなかったか・・・・?」
 誰か一人が呟く。
 すると、ソレにつられた様に皆が口を開いた。
「え?マジ?!だって軍服着てたじゃねーか」
「あぁ、着てた着てた。」
「じゃあ、違うんじゃねぇの?ノラ様の軍服嫌いって有名だろ?」
「そもそも、封身姿自体が珍しいって!」
「ソレを言ったら、あの方が特殊階級エリアから出てくる方が珍しいよ」
「俺なんてノラ様見たの初めてだ。あれが噂の・・・・本物か?」
「・・・・・でも、出て来たの特殊階級エリアの出入り口だぜ・・・・・」

 口火を切ったように現場に居合わせたメンバーが確認を行う。


 そんな中で、ほんの一握りのメンバーだけが妙に納得したような顔をして頷き合っていた。

「今朝 魔王様が仰っていた『面白いものが見れる』とはこの事だったようだな」
 一人の青年が頭部の羽を軽く揺らしながら、ほぅ、と感嘆の息を付く。
 とはいえアイガードの上からでは表情までは読み取れないが。
「物凄い形相だったけどな・・・・・・」
「むしろあの中途半端な封身姿の方に注意を払え、お前ら」
 それぞれが、先の人物について云いたい放題だ。

 中途半端な封身姿。
 通常であれば耳と双角、翼、尾がそれぞれ人間の姿に収まり切っている筈が、角以外はすべて出っ放しの上、普段括られている筈の髪は完全に下ろされていた。
 しかし、あぁも 風の様に走り抜けられれば確認できた者も少なかっただろうが。

「あぁいうのも斬新で良いな・・・・・・」
 ポツリとリヴァンが漏らす。
 手持ちの扇子で隠された口元が密やかに笑みを浮かべた。
「言いたい事はソレだけか!!」
 目敏く気付いた相手から鋭く入ったツッコミも、彼の笑みを掻き消す事は出来なかったが。





 ガッターン!!
 と、扉も砕けよとばかりの大音量を伴いソレは襲来した。

「魔王のドブス!!てめー、一体何がしてぇんだ!!」

 着込んだ軍服を、さも窮屈そうに襟を緩めながらノラが大音量で怒鳴り上げる。
 そのあまりの音量に窓ガラスが軽く振動した。
 ついでに床に叩き付けられるロングコート。

 しかし怒鳴られた当の本人は全く気にするでもなく、玉座で優雅に足を組み替えていた。

「あら?ノラちゃん、ご機嫌斜めね〜」
 その三つの目は節穴か!!とでも叫びたくなるような態度で微笑まれる。
 ノラの怒鳴り声など、正にどこ吹く風 とばかりに綺麗に無視された。
 魔王の言葉を借りれば、いつも聞いてるんだから慣れたものよ〜、とでも云った所だろうか。

 その上、やたらと嬉しそうな声でキャアキャと囃し立てられる。
「ん〜。なァによう!やっぱり似合ってんじゃないのっ☆」
 心なしかキラキラと目を輝かせながら魔王は身を乗り出した。

 今朝、一握りのメンバーこと 将軍クラスに招集を掛けた上『面白いものが見れる』と吹き込んだのは、羽根の人が口にしたようにノラの今の姿を見せたいが為だった。

 振り乱された長い髪と、それに埋もれるようにピンと立った犬耳。
 肩甲骨の辺りから生える1対の翼は折り畳まれてこそいるものの、骨格じみた外殻に皮膜ではなく鴉の濡れ羽のように艶やかな紅色を覗かせている。
 ソレ自体が独立して威嚇を行っている二匹の蛇の尾は、歩行時には邪魔なのか長い身体をノラの左足に巻き付ける事で落ち付いていた。

 それらは全て、軍服を破ることなく外部に露出している。
 当然それは軍服自体が特殊な素材で出来ているからであり、多種多様な所属の所属する魔王軍ではやはり封身の苦手な者も多い為、透過性の高い特殊な布を使用しているからだ。
 尻尾があるからといってお尻を破く訳にはいかないでしょう、という一部の声から考案されたモノらしいが・・・・。
 慣れれば平気という軍人も多い中、何となく落ち着かないという者もいた。
 ノラはやっぱりそのクチで。
 もともとあまり封身姿が好きでもなく、かつキッチリした服が苦手ともなれば敬遠するのは想像に難くない。

 ノラの軍服嫌いは、それはもう全軍に公然の秘密とでも云わんばかりに浸透している。
 魔王は、それでもやはり見たかった。
 しかも今回のような中途半端に封身された姿で、翼や尾が透過されたらどんな感じになるのかを!!

 コートを脱ぎ捨てても、もう一枚キッチリ襟の立ったジャケットが残っている。
 そちらの襟元も弛めながら、ガツン!と手前の柱の拳を打ち付ける。
 衝撃を受けた柱は微細にヒビを刻みながら、自重に耐えきれず崩れ落ちた。

「似合ってるとか似合ってねぇとかじゃ、ねぇんだよ!!」

 モウモウと上がる砂埃も気にせず、再度ノラが吼える。

「装飾品とか付けるのは平気なのに、何でそんなに制服が嫌いなの?」
 足を組み替えながら問い返す魔王に、ノラは指折り数えながらたらたらと文句を連ねた。
「襟元キッチリが嫌だ。コートの裾が長いのも邪魔。そもそもこういう服を着るのがキライなんだよ!!」
 言い切ってビシリと指先を突きつけた。
 ・・・・連ねられた内容は、良く云えばシンプル。
 ストレートに表現するならば『誤謬が少ない』感じではあったが。

 一方指差された魔王はといえば、大体いつも好き勝手に露出の高い服装で居る為『そーなのー』と心のこもらない返答をよこした。
 指を突き付けられた事で、やや不機嫌な方に天秤が傾いたせいもあるかもしれないが。
「相変わらず我が儘なんだから・・・・・」
 初見時のままで乗り出し気味だった身体を台座に戻しつつ、組んだ足に肘をつき、顎を乗せて。


 魔王は改めて、何故ノラに軍服を着せたかったかを口にした。









「だぁって、ノラちゃんのいつもの服って・・・・・・・・・言うなれば毛皮じゃない。脱げる毛皮」
 そりゃ楽よね、脱がすのも楽だけどー。昨日晩もね?
  
 意味深に口元が笑みをかたどる。
 ふと視線を外した瞬間に、驚異的な変貌を遂げ封身された美貌がソコに座していた。
 ノラの苦手な、豊満な肉体を持つ美しい姿が。
 ニッコリと―――正にニッコリと、作り上げられた笑顔が物語っていた。
 『また脱がしてあげましょうか?』と。

 しかも、ノラにとってはひじょぉぉぉぉぉぉぉぉに困った事に、彼女はそのまま席を立つと ツカツカと距離を縮めてくる。

 圧されるようにジリジリと後ろに下がれば、当然壁に背中が当たった。

「うふふふ〜♪ 行き止まりね、ノ・ラ・ちゃ・ん?」

 嬉しそうに。
 それはそれは大変喜悦に飛んだ表情で魔王が距離を詰める。
 反対にノラの犬耳はパタパタと忙しなく動き、蛇の尾はまるで犬のソレのように軽く垂れ下がり怯えたように足の間へ頭を隠した。




 こんな風に魔王が笑う時は、絶対ろくな事にならない。


「どーして逃げるのかしら?」
 一歩一歩確実に足を進めてくる魔王は、今、自分がどれだけ周囲を恐怖させる笑顔を浮かべているか全く気付いていないのだろう。

「べ・・・・つに、逃げてねぇ!」
 なけなしの矜持を持って踏みとどまるが、所詮はそれも虚勢の産物にすぎない。

 追い詰められた壁際に伸ばされる細く長い指先。

 優雅に見えるその仕草にも指先にも、計り知れない程の力が秘められている事は身をもってノラも知っている。
 攻撃対象としてねじ伏せられた事はないが、それ以外の場面でなら何度も押さえ込まれた経験がある。

 知らずコクリと喉が鳴ったのは、本能の成せる技か―――

 スルリ、と弛められた襟元を更にくつろげるように白い指が進入してきた。
 喉元をゆるりと撫でる指の感覚にざわりと鳥肌が立つ。

 ゆっくりと下り、鎖骨の交換点辺りで止められた指が、軽く押し当てられた。
 大した力の籠もった動きではなかったが、それでもノラを壁に押しつけるには十分で。
 指先に宿る力に気圧されるように自然と身体が後退しようとする。

「そんなに怯えなくても、酷い事なんてしてないでしょう?」
 いつも優しくしてあげてるじゃない。

 ニコニコと笑いながらも、口頭に上る言葉は到底保護者の立場にある者の口にする内容ではない。
 

「ちょっと脱ぐの手伝ってあげようと思っただけなのに〜Vv」
 言いながらも、ジャケットの前部分を器用にはだけていく。
 その時には既に裾が完全にベルトの下から引き出されていた。
 ―――恐るべき早技である。

「自分で脱ぐから・・・・いい!」
 無理に押し留めるようなマネはしない。
 しかし、こんな・・・・下手をすれば誰が入ってくるかも分からないような所で恥を晒すのは流石に冗談でも嫌だ。 


「とにかく、俺の服はドコだ!着替えもねぇのに脱げるかドブス!!」


 反射的に口走った言葉は、確実に地雷を踏んだ。

 自分の呼吸が停止した瞬間というものを実感するのは、こんな時だろうか?
 肺に流れ込む空気がいやに冷たい。

 炎は、赤いものよりもより無色透明に近い青の方が温度が高いのだ。

「ノラちゃん・・・・・・・・、羞恥プレイはお好き?」
 言うが早いか、微笑を浮かべたまま憤怒の炎を背負った魔王の手が彷徨っていた胸元から一気に引き下ろされた。
 文句を言う暇もあればこそ、まともに口を開く時間すら与えられないまま 引き裂かれたジャケットからボタンが弾け飛ぶ。
 日焼けしていない白い肌が晒され 軍服に使用されている濃紺とのコントラストに 魔王は満足そうに目を細めた。

 薄く口元を彩る笑みは変わらない。

 先程までの緩やかにはだける動きとは全く異なる、着衣を性急に剥ぎ取っていく手に抗ってノラが前身を掻き合わせるが その動きすら完全に封じられた。

 力が込められたようではない。
 しかしノラの両手は軽々と魔王の左手で頭上へと縫い止められる。


「放しやがれ!!」
 悔し紛れに吐き出された言葉も、力技で剥がそうとする抵抗も 魔王の微笑を崩すことは出来ない。
 
「だってノラちゃん、放したら暴れたり逃げたりしそうじゃない?」
 だから、こうしちゃおうかしら〜。

 言って、ゆっくりと魔王が壁から身を離した。
 追い詰められる形だったノラに 空間的余裕が出来たと思わせるには充分だっただろう。


 ―――魔王の自由になった両手と、自らの両腕を壁面に拘束するジェリーちゃんの姿を認識するまでは。


 その愛らしくも何を考えているのか分からないゼリー状の物体は、柔らかそうな外見に反して状況に応じてその形状や硬度を変更出来るらしい。
 流石は魔王のペット。
 伊達に放し飼いになっているわけではないようだ。

 悔しげに歯噛みをするノラとは対照的に、魔王はご満悦 といった様子でとんでも無いことを口走り始めた。

「イイ眺めよ?ノラちゃん」
 乱れた感じが イイ具合に出てるわ!みんなにも見せてあげたいぐらい!!

 こんな姿を将軍連中に見られるなんて冗談じゃない、とノラの顔から血の気が引いたのは彼の矜持の成せる技で。

 しかし魔王様のお怒りはそれだけでは修まりきらなかったらしい。

 ふと、何かを思い出したように魔王はノラの胸元へと手を当てた。
 そのままツイッと指が滑らされ、辛うじて肩のラインに引っかかっていたジャケットを完全に二の腕までずらしてしまう。
 そうされることで、初めてノラの顔に羞恥の色が浮かんだ。

 あまりにも、無防備すぎる自分の姿に今更のように気が付いたのだ。
 魔王の仕草 視線の動きで。

 細く美しい指が、掌が 我が物顔で胸板を撫で回す動きに、ひくり と喉が動く。
 普段は気にも留めない胸の飾りが、魔王の手で覚えのない感覚を植え付けられ 色を増す。
 爪の先で脇腹を引っ掻くようにされるだけで 全身が震えた。

「・・・・・・・・・ァッ」

 音と言うにもまだ小さく、空気が振動した。
 噛み殺しきれなかった喉のひきつりが 空気を震わせる。


 一頻り肌触りを堪能した魔王が手を放す頃には、既にぐったりとしたノラがジェリーちゃんの拘束によって辛うじてその場に膝をつくことを回避していた。

 くすぐったいやら妙にゾクゾクして足に力が入らなくなるはで、彼の元々低い耐久力は正に底をつき掛けていたのだ。


 しかして魔王は ノラの肌のきめ細かさに感心すると共に、その肌触りと思う様堪能しただけだったのだが。


 ぐったりと俯き肩で息をするノラに、魔王はまだ軍服の着用は諦めてないのよ?とばかりに新たな提案をした。

「この服が、そ〜んなにイヤなら ノラちゃん用に特注品作っても良いわよ?特殊階級仕様って事で」
 もぉンの凄く豪奢なのとかどうかしら〜♪ と、その内容はよりノラを軍服嫌いに陥れそうなものではあったけれども。

「必要な時には着れば良いんだろ・・・・・・!!」
 既にそんなことに気を回す余裕もない、といった状態でノラは吐き捨てた。
 しかしスタンスは『非常に不本意』といった形を貫くがごとく 顔はそっぽを向いている。

 その言葉が真実かどうか。
 逸らされたおとがいに手を添え、晒された首筋に端正な顔を寄せた。 
「式典とか、将軍招集時には着てくれるの?」
 耳元で囁きながら、 チッ、と鋭い音を立てて肌を吸い上げる。

「・・・・・・・・・・っっ!・・・・・着るから、寝起きに服隠すとか小細工するの止めやがれ・・・・・・・・!!」
 瞬間の痛みと刻まれた印に熱く凝る首筋に息を呑んで。
 これ以上ちょっかいを出されては堪らないから仕方なく軍服の着用を了承する。
 それでも、悔しながらに反論すれば 小細工だなんて失礼ねぇ、と含み笑いが耳に届く。

 何処が小細工をしていないというのやら。
 昨夜は確かに自室で 完全解放状態で眠りについたはずなのに、朝起きたらベッドの中で中途半端な封身状態で素っ裸にされていて。
 その上いつもの服は見当たらないは、メッセージカードを添えた軍服は置いてあるは―――よくよく見回せば其処は魔王の寝室だったり。

 ソレの何処が“小細工をしていない”状態なのか、詳細に説明してもらいたいモノだ。


「んふっ。じゃあ、約束ね?」
 くっきりと跡の付いた キスマークを舐め上げた魔王は 満足そうに玉座へと歩を進めた。






 魔王が一定の距離を取った途端、硬化していたジェリーちゃんが普段通りのグンニャリとした物体へと戻る。
 それにより 拘束されていたノラも壁伝いにズルズルと崩れ落ちるように膝を付く事が出来た。

 全身に広がる虚脱感にウンザリとしながらも サッサと執務室を後にしたい衝動に駆られるが、まだ膝が笑っているような不愉快な感覚に囚われる。
 耳も力無く伏せられたままだし、翼も上手く動かない気がする。
 辛うじて反応を返すのは2本の尾だけだ。
 蛇の尾はノラを案じるように太股の辺りで大人しくしている。






 暫く服装には気を付けよう――――――と心に誓うノラでした。
















第4話を見るに付け、何となくノラが「キャーキャー」云う女性が苦手なのは、
魔王様の影響大だと思う今日この頃。
まぁ、そもそもそういうタイプの女性に免疫がありそうにも見えないですが(笑)
しかし書き始めが10/25って・・・・・2ヶ月っかたにしてはヘボいです余。
助けてください。魔王様が恐ろしいほどノラで遊びたがるんです。
・・・・・・・・・セクハラすれすれで!!(むしろ今回はアウトだろうに・・・・)


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