夢の中の話





 アンドロイドは羊電子の夢を見るか?
 至極詰まらないそんな戯言をふと思い出したのは何故だろうか。

 ――何故?

 そんな事を今更問い掛ける方が戯言より酷い。
 詰まらない思考を弄ぶには格好な材料が目の前に転がっている。
 危機感に苛まれているわけでもなく、手に入らない何かの為に足掻くわけでもない。
 ただ一時『ヒト』の形をした『ヒトでないもの』が、ここに。
 ソレは酷く僥倖だ。

 未知の物ほど愉快なのだ。
 探究心の塊のような己なら尚更。
 それは危険と隣り合わせ故にいや増して。

 人生で最も詰まらないものは達観だといつぞや父親が口にしていたことを薄ぼんやりと思い出す。


 ふと目を開ければ視界を占めるのはまだ薄暗がりに沈む白いはずの天井。

 珍しく見た夢に、新しく思い付いた戯れを混ぜ込めばそこには必ず対象物が必要になる。
 そして、現在一磨の身近にはその被害を一身に背負う存在がた。





 麗らかな放課後といえば聞こえは良いが、放課後の喧騒は屋上にまで響いて目の前の生き物の眉間無駄な力みを生む効果を齎していた。
 色違いの双眸が陽光を映し込んで視線の移動と共にくるりくるりと色を変えていく。
 一磨の口から漏れた言葉の異質さにか似合わなさにか何度も小さく反芻して。
 けれどそんなもので真意になど至れるはずもなく。
「夢?」
 心底訝しげに眉間に皺を寄せる表情に、何処までも思案顔の似合わないタイプだと一磨も眉を顰めた。

 よく寝言を言っている、と指摘すればそんな事は口にしていないと言い張る単細胞な生き物に自分でも珍しいと思うほどに懇々と教え込む。
 成る程これはそのまま犬の躾かと納得すれば生意気にも何かを察知したのかべたりとコンクリートの上に下ろされた腰が浮き上がった。
 当然の如くそれを禁止コマンドで静止して、一転地べたでもがく大型犬を見下ろす。
 大型犬。
 そう認識しているが果たしていつまで大型扱いが出来るだろうか。
 少なくとも思考回路は軽量級だ。
 嘆かわしい。
「てめぇ!これ見よがしに溜息つくんじゃねぇっ!」
 噛み付く威勢だけは良いが息切れしながらでは迫力など皆無だ。
 そうでなくとも一磨には効果のない藪睨みが尚一層その効果を減じている。
 いい加減理解すればいいのだが、と感想を抱く一磨だが当然そんな親切な指摘がその口からなされる事はない。
 寧ろ挑発に近い言葉しか吐き出されないのだが、それはそれであまりにも身に馴染み過ぎた話術は一磨にも自覚はなかった。
「貴様には溜息すら勿体無い。噛み付く暇があったら思い出せ馬鹿犬め」
「覚えてねえっつーかそんなモン端から見てねぇっ!」
 見下される事に悔しげに噛み締められた奥歯の軋みが聞こえる。
 人間とは違う作りなのかもしれないが少なくとも今は人間と同じ作りなのだというその点が既に奇っ怪なのだけれど、それほどまでに力を込めれば顎も痛むし所詮エナメル質の固まりに過ぎない歯自体に負荷が掛かるという事を少しは自覚した方が良いのではないだろうかとかそんな詮無い事をつらつらと考えて、もう一度一磨は深く溜息を吐いた。

 生産性は底辺だ。
 寧ろ、無いと言った方が正しい。
 概念からして『悪魔』というものが何か有用性の高いものを生み出すという存在ではないのだから比較対象がないのだけれど。
 それにしても、と思考は上滑りを続けている。
 災禍の凶犬などとご大層な二つ名にそぐわずノラの根本的な思考性は真っ白に近い。
 いや、間違えてはいないがそれでは表現方法が悪いだろう。
 無垢に近い、ということだ。
 それは人の歴史から生み出されたものとは確かにずれた様相を呈していて。

 善も悪も無く、ただ生きている。

 発生は異なっていても人間と大差無い。
 当然人間に魔法などという奇怪な特殊技能は無いのだから色々と違いはあるのだけれど、それも恒常的な能力として保持している集団の中では珍しく無いというものだ。
 ただし、飛び抜けた能力者はいつどこででも持て余される。
 要はそういうことなのだろうと、一磨は認識しているのだ。
 だからこそ腫れ物に触るように、しかし至宝のように扱われ、それこそがノラを混乱させる。

「馬鹿なりの扱いをしてやれば良いのだ」
「てっめぇっ!!」
 考えを口に出さない一磨の、僅かに零れ出す思考の欠片は大概においてノラの神経を逆なでするものだが逐一それに反応するところが本当に純粋培養なのだということを一磨に実感させる。
 流すことも受け入れることも出来ない。
 ただ正面からぶつかって行くだけの馬鹿な子犬。
 だからこそ、もっと単純に扱えば良い。
 もっと単純に教えてやれば良い。

 生きて、何かを求めることは悪ではないのだと。
 ただ、それだけの事を。

「馬鹿犬、貴様は何を求めている?」
「今はてめぇの首だクソッタレ!!」
「ほぅ。俺の首が欲しいのか」
 それはそれは。
 拳を振るってステップを踏む様は見様によっては舞踏とも取れる。
 なんとも未熟な舞ではあるが、しかし。
「貴様にサロメの役は似合わんな」

 ヨナカーンの首が欲しいの。
 愛しているわ、愛しい人。

「正気を違えた女の役など、到底こなせはせんだろう」
 自分の求めるものが何かも知らないで、手を伸ばすことすら思い付かないで。
 俺の首を落としてどうする?
 口付でもして見せるのか、銀の盆に載せて。
「何訳の分かんねぇ事口走ってんだてめーは!!」
 とりあえず死ね!それからタグ寄越せ!!
 沸き上がる喚き声など聞かなかったことにして、思考遊びに一撮みのスパイスを。
「俺も契約者にはなれても預言者にはなれんだろうしな」
 無論なりたくもないが、と付け加えて。
 瞬間息を呑み動きの鈍った飼い犬を襟首掴んで引きずり倒して。
 うつ伏せに倒れこみ間抜けな悲鳴を上げるのを口角を上げて聞きながら、その正中線上に片足を乗せて身動きを封じる。
 きゃんきゃん吠え立てる姿ももう見慣れた。
 一番最近は、そう、目を覚ます前の刹那の時に。

「お前の夢には俺が出てくるか?」

 口にして、あぁ、と今更のように自覚した。
 成る程自覚がないのはこちらも同じか。
 浮かぶ笑みは嘲笑から自嘲へ。

「だからっ、覚えてねぇよクソボケッ!」

 その察しの悪い頭に今だけは小さく息をついで。

「貴様はまず脳を鍛える方が先決だな」
「馬鹿にするんじゃねぇぇぇっ!!」
 更に盛大な唸り声に、そうか威嚇だけは六割人前かと頷いて。

 無意識の欲とは、何とも奥が深いと一磨の口元に有るか無しかの笑みが浮かんで消えた。








ほら、黒一磨さんだけ出演だなんてあんまりにも一磨←ノラ様過ぎて(笑)
一磨→ノラの方が考えやすくて堪らない今日この頃の戯言でした。



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