2002/05/27

命はいつか尽きるもの。遅かれ早かれ。でもやっぱり40歳というのは早すぎじゃないかい?
俳優の伊藤俊人さんが亡くなった。死因はくも膜下出血だそうだ。数々のドラマに脇役として出演しており、古畑任三郎や踊る大捜査線など、ワシの好きなシリーズにも出演していた。アクの強そうな役が多く、古畑の部下今泉のグチを聞かされてばかりいる科捜研の所員役、踊る〜では不当な取り調べを行った刑事に復讐する爆弾魔、またこの夏復活するショムニでは人事部長に取り巻く腰巾着役を、それぞれ強烈なキャラクターで演じていた。主役をはれるような目立つタイプではないが、最近はバラエティーなどにも出ていたし、三谷幸喜が主宰する東京サンシャインボーイズの一員であったことから、ひょっとしたら再来年はNHK大河への起用もあったかもしれない。(再来年の大河=「新撰組!」脚本:三谷幸喜)。いずれにしても40歳という若さでは、まだまだやり残したことも沢山あったろうに。えらそうなことを言えたモンではないが、「惜しい人をなくした」といった感は否めない。
くも膜下出血‥‥ウチの会社にもかつてこの病気で亡くなった人がいる。50歳そこそこで、当日も普通に仕事をこなし定時で退社したのだが、その夜浴室で出血し浴槽内へ頭から転落。自分で這い出せず、家族が引き上げた時には呼吸は止まっていたらしい。なので、直接の死因がくも膜下出血によるものなのか、それとも窒息なのかは‥‥聞いたんだけど忘れてしまった。学歴はそんなに高いわけじゃないけど頭のきれる人で、話していても、田舎のおっさんばかりの中にあって一種インテリジェンスを感じさせる人だった。ワシが東京から引き上げてきて、ウチの仕事を始めた矢先のことだったので4ヶ月ほどしか交流はなかったが、それでもショックだった。
「徐々に衰退していって死ぬ」というのは周囲の人間もそれなりの覚悟・心の準備ができるわけで、もちろん本人にしても、全く健康ではないにしろ、自分の人生にケリをつけたり、遺族に何かを残したりする時間的余裕ができる。しかし「突然死」ということになると、まぁ本人は死んでしまうのだからその後に悔いが残るはずもないが、残された者というのは、まったくわけもわからない状態で葬儀を行い、ポッカリと空いてしまった隙間を埋める手立てを見つけられないまま、当分のあいだ暮らして行かなければならない。「死ぬ」ということはある意味「最大限の放棄」であるといえるんじゃないか。生前に何かやったとしても責任を一切とらなくていい。というかとれない。逆になんらかの意志・物を残したとしても、それが正しく継承されるかを見届けられるわけでもない。宗教によっては死は終わりではなく、新たな人生へのスタートであるとされる。しかしワシはやはり「死=無」であると考える。牛と牛肉の、豚と豚肉の違いは何かと言われると非常に困るし、例えその違いが「魂の有無」だったとしても、死後もその魂が存在するとは思えない。
ワシだっていつかは死ぬ。50年後かもしれないし明日かもしれない。死ぬことは正直恐いとは思わない。その瞬間は恐いかもしれないけど。ただ‥‥やはり残されて困る者、というより自分が死ぬことで悲しむ者が一人でもいると思うとなかなか死ねないなぁと思う。自分が死んだ後に悲しむ者の顔を見れるわけじゃないけど、その時のことを思うと「今」胸が痛い。だから少しでも長生きしなければと思う。それは「生への執着」ではない。それは「生きていく」責任とも言えるかもしれない。自分を想ってくれる人の為。自分が想う人の為。

そんなこと言ってても子供でもできたら考え方変わるんだろうなぁ。「こいつが一人前になるのを見届けたい」とか、自分の欲求の為に長生きしたくなるのかも。いや、自分が想う人の為に生きるのも同じことか。「悲しむ顔をみたくない」ってのは自己の欲求だもんねぇ。結局生あるものは死を恐れるようにできているということか。ま、当たり前といえば当たり前なんだけれども。


2002/05/10

あらら、もう10日。ユクカワノミズハタヘズシテ‥‥。
えーと、腱鞘炎になりました。連休中もなんだかあやしかったんですが、休み明け、今週火曜日ですか、ついにどうにも耐えられなくなり、当日はしょうがないんで左手首にガムテープぐるぐる巻いて固定して仕事しました。仕事終わりでスポーツ用品店に走り、手首を固定できるサポーターを購入。これが思いのほかよくて今はもうすっかり‥‥とまではいかないまでも、かなり快適になりました。一応重い物を扱う時は用心のためはめてますが、もうなくても大丈夫そう。ピークのときは軽いもの持ったり、ちょっとしたことで手首ひねったりしても痛かったんで、その時から比べればもう治ったようなもん。
それにしても、仕事柄重い物を持つ機会は多いわけで、いや、学生時分のバイトもそんな感じだったので、今に始まったことではないのだが、いやはや何度腱鞘炎になれば気が済むのかワシ。今回のような重度のものはバイト時代に1回あっただけだが、他にも数回、軽度の腱鞘炎になっている。「使い痛み」といえば聞こえはいいかもいしれないが、ようは体調管理不足。仕事前・途中・仕事後に軽くストレッチをするだけで回避できることなのに、忙しいとついつい忘れてしまう。痛くなり始めてからでも、ちょっと念入りにやりさえすれば進行しないのに、やっぱり忙しさを理由にほったらかしにしてしまう。体は資本です、大事にいたしましょう。ハイ。

さてさて、連休ボケでダレた頭も戻ることなく週末へ(笑)。冒頭と矛盾するが、今週だけはなんだか長かった気がするなぁ。


2002/05/01

5月突入。目に青葉、山ホトトギス、初鰹。鰹はね、ほんとは戻りを喰うのが旨いです。新しければいいってもんじゃない。
さて、なんだかんだと忙しい日々がなんとか落ち着きつつあり、録りだめていた今クールのドラマなぞを観ていく。「天国への階段」がイイ。佐藤浩市サイコー。渋すぎです。今や「過去にちょっとワケアリな影のある男」を演じさせたら彼の右に出る者はいませんな。役柄限定し過ぎ(笑)。とりあえず先週放送分までは観たんだけど、このドラマ、とにかく登場人物全員が暗い。今現在明るく生きてるのは本上まなみ扮する江成のお嬢様くらい。もちろん彼女も皆の思惑の中で不幸な人生を歩んで行かざるを得ない雰囲気は丸出しなんですが。とにかく全体に流れるダークな空気は相当なもので、各々が過去を背負っていて、ある者はその復讐の為、またある者はその精算をする為、今という時間を過ごしている。復讐の先に幸せがあるとも思えないんだけどね。
ところで、タイトルにもなっている「天国への階段」はツェッペリンの有名なナンバーで、劇中でも所々で流れるのだが、これがあまりにも切ない。曲があって物語りがあるのか、それともたまたまタイトルがかぶったのかは知らないがなかなかハマっている。アコギのアルペジオから始まるイントロは、それだけでなんだかホロリときそうになる‥‥。ウラに「SMAP×SMAP」という強敵が構えている月曜22時枠、前クールのドラマは途中で打ち切りになってしまったが、今回はちゃんと最後まで放送されることを望まずにはいられない。じゃないと、ストーリー消化できない気がするんだよねぇ。
余談ですが前クールのドラマっていうのはトータス松本主演のコメディー「ギンザの恋」。ワシは好きだったんだけどなぁ。

なんだかキャストとか流行り先行で大量生産されるドラマが多い昨今ではありますが、オトナがじっくり腰を据えて観れるこういうドラマももっとあっていいんじゃないかと。今回の月9なんてキャストだけで話題になってるけどどうなんでしょう?ハナから観る気も失せるようなやり方なので観てませんが。人気タレント集めればいい番組になるわけでもなかろうに。数字は取れるかもしれんけどね。


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