《以下、米沢さんの解説より、内容に関してコメントした部分を引用》
 
さて、ここに集めたパロディの大半は、元の作品をもじった、
いうところの旧来のそれであり、絵が似せてあると同時に、
元ネタをよく知っていることから伝わる「笑い」を中心にしている。
しかも、同人誌の人気ジャンルはほとんどなく、
活動しているサークル数も少なく、部数も数十から数百といった、
同人誌においてはマイナー系のものが大半である。
いわゆる「やおい」系のものも混じっているが、ギャグ、批評性を持つもの、
マニアックな切り口、作品の本質に触れてくる表現などを中心にしており、
一般的な形で楽しめると思われるものをセレクトした。

ここで選ぶ基準にしたのは、いわゆる巨匠、名作、懐漫と呼ばれるもの、
マンガにおいて本流、主流と考えられるもののパロディだ。
手塚治虫、さいとうたかを、白土三平、水木しげる、石ノ森章太郎、藤子不二雄、
水島新司と並べれば、まさに「ビッグコミック」級のそろいぶみであり、
「はだしのゲン」「サ○エさん」「アンパンマン」「キャンディキャンディ」などの
国民的古典が並び、「ど根性ガエル」「北斗の拳」「がきデカ」といった
懐かしのヒット作もある。渋く、吾妻ひでお、日野日出志、
さりげなく諸星大二郎や「ヒカルの碁」なども顔を出す。
 
 ある意味、豪華なパロディ陣である。それは、マニアやファンだけでなく、
マンガの読者であれば、誰でも楽しめるものであるはずだし、
マンガという表現方法の自由さ、パロディという手法の在り方を考える
テキストにもなるはずだ。
もっとも同人誌パロディにおいて、元ネタの人気で読者が獲得できる
わけではない。魅了されるのは、描き手の絵やスタイル、感性である。
だから、元ネタが大ヒット作や有名作品であるから、同人誌が
人気を得るわけではなく、元ネタから絵やスタイルを借りていると
逆に読者には選ばれなくなるのだ。
 
 黒沼オディールの「B・J 」は一部に反響を巻き起こしたもので、
スタイリッシュな絵によって手塚マンガがリメイクされることの可能性を
逸早く示したものだ。「アトム」は、そのかわいらしさとエロスに、
手塚マンガの本質を垣間見せてくれる。手塚系は、
小さなジャンルを形作っているが、手塚マンガの記号的スタイルを
現代風に再生させたものを多く見ることができる。
 
 「サ○エさん」「アンパンマン」はその健全で無害な日常性を、
凶悪バージョンにすることで世界を逆転させている。
模写を含めたパロディの一つのやり方として、二つのマンガをプラスし、
コスプレ的な楽しさ、そのズレを笑うというのがある。
「ゲゲゲの鬼太郎」のキャラで「キャンディキャンディ」の物語を語る
「オヤジィ・オヤジィ」は既に十四巻も出ている大河パロディで、
レジデンツ的奇妙さがある。
「デビルマン」の世界を「まんが道」「リングにかけろ」の絵で語るもの、
「ど根性カエル」のラストシーンを日野日出志タッチで不気味に見せるもの、
「サイボーグ009」のキャラに「ドカベン」キャラを当てはめたもの、
こまわり君に「ガンダム」を演じさせるもの、
「ヒカ碁」と「北斗の拳」の合体など、こうしたものは意外に多い。
 
 原点に忠実に、1Pの中でオトし突っ込んでいく白土マンガ、
「はだしのゲン」などは、読み込んでいればかなり笑えるし、
「ウエスタン」など、吾妻マンガのパロディ性をパロディにしているものも、
笑いの一つの在り方だろう。
「不条理日記」「虚像の国のブラックジャック」など、おしゃべり、エッセイ風に、
ファン的語りがなされるものは、ファンジンの一つの形であり、
好きな作品、作家、キャラについてしゃべりたい、書きたいといった中に、
パロディはごく当り前はさみ込まれたりもする。
 
 で、さて、読んでみてどうだっただろう。
パロディはマンガの方法論の一つであり、マンガの自在さ、
風刺性、落書き精神の表われであるはずだ。
ゴルゴ13がメイド服を着た、それだけでおかしいのであり、
目玉のオヤジが金髪を揺らして走っているだけで笑える。
それはファンだけの楽しみではなく、マンガ本来の自由さの中で、
一般にも笑われるべきネタであるとも思うのだ。
コピー誌や小部数同人誌の中から拾い出してきた、これらのパロディは、
かつてのマンガが持っていた面白さを伝えているはずなのである。