山下前次席検事 起訴せず

捜査情報漏えい

停職処分6ヵ月

法務省 本人と上司2人退職

(日本経済新聞2001年3月10日14版39面)

 

【見出し】

 福岡地検の山下永寿前次席検事(51)=現福岡高検検事=が福岡高裁の古川龍一判事(48)に、妻の脅迫事件に関する捜査情報を漏らしていた問題で、法務省は9日、山下前次席を国家公務員法に基づく6ヵ月の停職処分にした。

10日付で依願退職する。

上司の渡部尚・同地検検事正(58)が事前に報告を受けながら、適切な指示を出さなかったことが判明。

減給処分を受け、9日付で依願退職した。

福岡高検検事長も依願退職する意向で、司法の信頼を揺るがせた問題は、検察幹部3人が引責辞任する異例の事態に発展した。

【本文抜粋】

 一方、最高検は9日、山下前次席らに対する国家公務員法の守秘義務違反罪の告発について、「違法な意図はなかった」として、不起訴とした。

(中略)

 法務省は山下前次席、渡部検事正の2人のほか、監督責任を問い、福岡高検の豊島秀直検事長と佐竹靖幸次席検事の2人を厳重注意処分とした。

 豊島検事長は事後処理が済み次第、依願退職する。

佐竹次席については最高検検事に異動となる。

 この日の処分を受けた記者会見で高村正彦法相は「検察全体の問題。極めて遺憾であり、深くおわび申し上げる」と陳謝。

再発防止や失墜した信頼回復の具体策として @検事に市民感覚を学ばせる教育制度の導入 A検察審査会の機能強化 B検察と裁判所の人事交流の見直し――などを進める方針を明らかにした。

 

【ツッコミ】

 しょせん「検察」も身内に甘かったんですね。

 

 国家公務員法100条1項には、

「職員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後といえども同様とする。」

と規定されていて、同法109条には、

「左の各号の一に該当する者は、1年以下の懲役又は3万円以下の罰金に処する。」

とあり、その第12号に

「第100条第1項又は第2項の規定に違反して秘密を漏らした者」

とあります。

つまり、守秘義務違反をした国家公務員は「1年以下の懲役又は3万円以下の罰金」となります。

 また、同法111条では、

「第109条第2号より第4号まで及び第12号又は前条第1項第1号、第3号から第7号まで、第9号から第15号まで、第18号及び第20号に掲げる行為を企て、命じ、故意にこれを容認し、そそのかし又はそのほう助をした者は、それぞれ各本条の刑に処する。」

とあります。

ということは、地検の検事長も同罪です。

 

 さて、山下氏に対する懲戒処分は「停職」です。

この処分後山下氏は「依願退職」しましたが、これはもちろん「懲戒免職」とは全然違い、「退職金受給権」の発生するものです。

もしも山下氏が勤続25年で月給50万円だったとすると、

50×1.25×10+50×1.375×10+50×1.5×5=1687万円

諸手当を含めると2000万円前後の退職金になるかもしれません。

これがもらえる「依願退職」と、もらえない「懲戒免職」とでは大違いです。

 でも、一般企業で「企業秘密」をライバル会社に漏らした人なら、問答無用で懲戒免職になるんじゃないでしょうか。

「普通の」会社なら懲戒免職になるところ、「普通の」検察庁では懲戒免職にならない。

公務員って、なんてイイ商売なんでしょう。

 

 なんだかんだ言って、結局最高検察庁は山下氏を「不起訴」としました。

「配慮を欠いた著しく不適切な行為ではあるが、「事件つぶし」の意図はなかった」というのが不起訴理由です。

 公務員ではない我々「行政書士」にも守秘義務はあります。

行政書士法12条で、

「行政書士は、正当な理由がなく、その業務上取り扱つた事項について知り得た秘密を漏らしてはならない。行政書士でなくなつた後も、また同様とする。」

と規定され、その違反については同法22条1項で、

「第12条の規定に違反した者は、1年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。」

と規定されています。

ということは、我々行政書士も、「ついうっかり」秘密を暴露しても、「害意の意図」が存在しなければ罪を免責されるという論理になります。

おぉ、ラッキー!

これで酒の席でも「業務上の秘密」について「神経過敏」にならず、のびのびと酔えるってモンです。

 

 でも、冷静に、というより、まともな神経で考えれば、これは絶対オカシイ話だと思いませんか?

我々行政書士をはじめ、弁護士や司法書士といった「法律家」を頼ってくる人は、相談相手の法律家を「信頼」して、親兄弟にも言えない悩みを洗いざらい話してくれるのです。

その相手が「ついうっかり」とはいえ、「秘密は絶対守ります」というから打ち明けた内容をベラベラしゃべられたら、たまったモンじゃありません。

そのうえ、結果的に自分の信頼を「裏切った」法律家は何の罰も受けない、というのでは、誰も信頼して相談してくれなくなります。

 まして検察官、裁判官というのは、「私的制裁」が禁止されている日本で被害者が頼る「最後のとりで」です。

自分を守ってくれるべき相手に裏切られることほどツラいものはありません。

「道端を歩いていると、急に前から庖丁を振りかざす暴漢が迫ってきた。「俺に任せろ」と自分の前に楯となってくれたはずの人が突然振り向いて、こちらをバッサリ」なんていう事態になったら、いったい誰を信じていいのか……。

 

 これら一連の処分で「一件落着」としたら、判事の妻のストーカー行為に悩んだ夫妻のショックは、我々が察することが不可能なくらい大きいということは間違いありません。

このまま「泣き寝入り」するしかないのでしょうか?

わずかな望みは、この夫妻が「情報漏えいによってこうむった自己の被害」に基づいて、「検察審査会」に「審査申立」をすることです。

審査会のメンバーは福岡県内からくじ引きで選ばれた「普通の市民」11人で公正され、今回の不起訴が「相当」あるいは「不当」の議決を検事正――今回は最高検察庁の捜査ですから検事総長になるんでしょうか――に提出します。

もしも「不起訴は不当」ということになれば、世間の目もあるだけに、検察も「本気で」捜査することになるでしょう。

それによって「立件すべき」となれば、山下氏は間違いなく「守秘義務違反」、渡部氏は「同ほう助」で起訴されるでしょう。

場合によってはこれだけにとどまらず、山下氏は刑法104条の「証拠隠滅罪」、渡部氏は同法103条の「犯人隠避罪」が適用される余地も生まれてきます。

そうなると「1年以下の懲役又は3万円以下の罰金」では済まされず、「2年以下の懲役又は20万円以下の罰金」にまで刑罰が重科されます。

 

 ちなみに同記事の隣は図らずも「えひめ丸査問委員会」でした。

アメリカ海軍も「身内に甘い」ことで定評があります。

日本司法と米国海軍、どちらが「人としての道」に忠実な行動を取るか、そしてどちらが「世界の尊敬と信頼を受ける組織」となるか、今後も注目しましょう。