不動産抵当権 賃料差し押さえ優先

最高裁判決 保証金との相殺認めず

(日本経済新聞2001年3月14日14版38面)

 

【本文】

 賃貸不動産に抵当権を設定した銀行が賃料を差し押さえた場合、借り主が家主に差し入れた保証金と賃料を相殺できるかが争われた訴訟の上告審で、最高裁第3小法廷(千種秀夫裁判長)は13日、「抵当権者が差し押さえた後、借り主は抵当権設定後に家主と合意していた賃料相殺によって対抗できない」と述べ、銀行側勝訴の1、2審判決を支持、借り主側の上告を棄却する判決を言い渡した。

 家主が債務を返済できない場合、抵当権を設定した債権者は、賃料を差し押さえて債務返済に充てることができる。

借り主は家主から保証金を返してもらえない恐れがあるため、賃料との相殺で保証金回収を図ることも多い。

 判決は賃料の差し押さえの効力が、抵当権設定後に合意していた保証金との相殺よりも優先するとの判断を最高裁として初めて示したもので、金融機関の債権回収にも影響を与えそうだ。

 訴訟は、京都市内の複合ビルに抵当権を設定していた京都銀行と、ビルに入居していた飲食店との間で争われた。

 飲食店は、京都銀行が抵当権を設定した後に、家主との間で保証金と賃料の相殺で合意していた。

しかし千種裁判長は「抵当権の効力が賃料債権にも及ぶことは抵当権設定登記によって公示されている」ため知ることができると指摘。

保証金と賃料の相殺を実行しようとした飲食店側の訴えを退けた。

 

【ツッコミ】

 今回の教訓は、

「賃貸マンションやテナントビルに入居するときは、賃貸借契約書にハンコを押す前に、法務局に行ってその建物の登記簿を確認しましょう」

ということです。

 この訴訟の経緯を推測すると、次の順序で物事が進んだのではないかと思います。

  1. 不動産管理会社がテナントビル兼自社ビルを建てることになり、その建築資金を銀行(被上告人)から借り入れた。
  2. 銀行はその借入金を取りっぱぐれないように、これから建てるビルに対して抵当権を設定した。
  3. 無事にビルは完成し、テナントを募集して飲食店(上告人)が賃貸借契約を結ぶこととなった。
  4. その契約の中で「契約時に賃借人は賃貸人に対して保証金を差し入れることとする。賃借人の賃料未払いが発生した場合、賃貸人は保証金から充当することができる。」といった具合に、保証金と家賃を相殺できる条項が明記されていた。
  5. その後不動産管理会社から銀行への返済が滞り、やむなく銀行は抵当権を実行して賃料を差し押さえた。

 これで慌てたのは飲食店です。

保証金まで差し押さえられると、解約時に返還されることはなくなってしまいます。

そこで、賃貸借契約に基づいて、今のうちに保証金を有効に使いきってしまおうと、家賃と保証金を相殺することにしました。

 これに「待った」をかけたのが銀行です。

「差し押さえをしたから保証金もうちが貸している融資の返済に充てさせてもらう。相殺は認めない」

飲食店側は反論したでしょう。

「契約に基づいて相殺するんだから、あんたに文句を言われる筋合いはない」

 お互い一歩も譲らず、妥協の余地はありません。

こうなると裁判です。

 京都地裁も大阪高裁も、銀行側の主張を認めて「契約書に相殺できると書いてあっても、差し押さえ前であればともかく、差し押さえ命令が出てからの相殺は認められない」という判決になりました。

 飲食店側は自分の主張が却下されたわけですから上告します。

そして今回の判決でも銀行側の主張を認めるものとなりました。

 

 判決理由や民法の規定なんかを読めば、たしかに今回のような結論になると思いますが、さて、これが実生活で可能かどうか。

テナントや借家人がビルオーナーの財務内容まで追跡調査することができるのか。

というより、そこまでの注意義務が借り主の側に求められるべきなのか。

 今回の訴訟当事者はテナントの飲食店と銀行です。

元はといえば、原告でも被告でもないビル会社が借金を返さないから起こった問題といえます。

銀行としてはきちんとルールにしたがって正当な権利を行使しただけで、非難されるようなことはやっていません。

もちろん飲食店側にも何の落ち度もありません。

経済環境を見誤って、財務内容に不相応な借入をして建設投資をしたビル会社に問題があるわけです。

 

 ということは、ビル会社がテナントに対して事前に「どうも返済が苦しいので銀行が差し押さえをするかもしれません」を知らせるべきだったのでしょうか。

これは「うちはヤバいですよ」と自ら認めるようなものですから、口が裂けてもビル会社から言うことはできないでしょうね。

だとすると、銀行がテナントに対して「近々差し押さえますよ」と知らせるべきだったのでしょうか。

これも、銀行にそんな義務はありませんし、もしそんなことをすればテナントが争って家主との債権債務関係を精算する行動に走るでしょう。

その結果債権の回収額が減ったりなんかすると、今度は銀行自身が株主から非難されます。

場合によっては役員が「特別背任」で告発されるかもしれません。

 結局、どう転んでも保証金はテナントの手元に戻ってこないことになってたともいえます。

 

 こういう事例が積み重なると、誰も信頼してマンションを借りようとも、事業を起こしてテナントビルに入居しようとも思わなくなるかもしれません。

日本の多数がこう思うと、ますます経済が停滞することにもなりかねません。

 やはり、非情なようですが「この世にあってもしょうがない会社」は潔く整理してしまうことが必要なのでしょうね。

一時的には失業者が急増しますが、これによって不動産の最低相場が明らかになり、業界ごとの信頼性が回復すれば、2、3年で景気は回復するんじゃないでしょうか。

 そうすれば投資や開発も再び活発になり、失業者も再雇用されていくと思います。

 

 最後に、冒頭と重複するようですが、契約の際は契約書と法律と登記簿だけでもチェックしておきましょうね。

それが「自分の身と財産」を守る最低限の方法です。