富士銀 著作権担保に融資

第1弾 小室哲哉氏に10億円

(日本経済新聞2001年10月6日13版7面)

 

【本文】

 富士銀行は知的財産権を担保にした事業資金の融資を始める。

第1弾として人気音楽プロデューサーの小室哲哉氏に対し、同氏の音楽著作権を担保に約10億円を貸し出す。

コンパクトディスク(CD)の印税などを富士銀行が審査し、元利金の返済に必要なキャッシュフロー(現金収入)が見込めると判断した。

不動産など現物担保に依存する国内銀行の融資姿勢が変わるきっかけになりそうだ。

 技能を売り物にする個人や出版社は一般企業と違って担保になる不動産や生産設備を持たず、これまで事業拡大のための資金調達が難しかった。

富士銀は海外の音楽家向けや、版権を担保にした出版者への融資なども検討中だ。

小室氏は今回調達した資金を、デジタル化に対応した音楽機材やスタジオの購入に充てる。

 融資にあたって富士銀行は音楽著作権に基づいてCDやカラオケ、テレビ放映などから生じる小室氏の将来収入を推計。

10億円を融資しても、向こう2年での元利金の返済を保証できるだけの十分な担保になると判断した。

 富士銀行は返済をより確実にするため、印税や調達資金を管理する専門会社と小室氏が契約を結ぶことを融資の条件とした。

香港証券取引所に上場し、アジアの音楽・映画関係者のマネジメントなどを手掛ける「ROJAM」社が、この業務を手がける。

 

【ツッコミ】

 記事では今回の富士銀行の取り組みを好意的にとらえているようです。

「不動産など現物担保に依存する国内銀行の融資姿勢が変わるきっかけになりそうだ」というコメントからもその姿勢がうかがえます。

 でも、元来私は「ひねくれ者」ですから、こういった取り組みにも「ツッコミ」の余地を探してしまいます。

 

 テレビでよく見る芸能人でも銀行借入を断られる、というのは、芸能人のウラ話としてたまに聞きます。

「芸」という無形の財産(なかにはとても芸など持ち合わせていない天然系バラエティータレントもいますが、それは今回おいといて・・・)を使って収益を上げているため、これまでの銀行の担保価値査定にフィットしなかったからだと言えます。

でも、これは単に、土地のように基準価額があってその何割までなら融資するという計算が使えない、つまり銀行側が「ラクして事務処理」ができないという理由だけで融資を断ってきたことの裏返しです。

早い話、国内の銀行は三菱東京クラスの都銀でさえ、実体は「投資」の能力はなく、単に「質屋」の機能を大掛かりに果たしていたにすぎないと言えるかもしれません。

しかも本物の質屋の場合、質種(しちぐさ。正式には質物)として持ち込んだブランド物のバッグが本物か偽者かはほぼ100%当てる眼力を持っています。

「なんでも鑑定団」が始まる前のお宝鑑定番組では、必ずと言っていいほど質屋さんが鑑定していたくらいです。

 なのに銀行は今や不良債権の山。

「質権設定能力」すら街角の質屋さんにも及ばない存在です。

 

 そうした中で、富士銀行は著作権や版権といった「無形財産」にも担保価値を認めようという方針です。

一見すると、従来の銀行の姿勢からすればかなり踏み込んだ戦略とも言えます。

しかし、これも「投資」ではなく従来の「担保融資」の枠を超えるものではありません。

著作権は本人の生存中および死後50年は独占的に使用できる権利です。

CDが売れる、カラオケで歌われる、携帯の着メロにダウンロードされる、その1回ごとに印税が入ってきます。

そういった意味では融資の回収はかなり確保できる、比較的安全な担保です。

特許権(20年)も担保価値が認められるかもしれません。

 

 しかし、やっぱりしょせんは「過去に成立した著作権」が担保です。

将来収入の算定も「著作権がいくら稼ぐか」に着目して計算したに過ぎず、「小室哲哉自身にどれだけの資産価値があるか」を検討したわけではありません(これはムチャクチャ難しいことです)。

 

 「著作権で10億円融資」と聞くと、かなり大盤振る舞いの印象を受けます。

しかし、2、3年前の小室さんの納税額は約40億円。

所得税の実効税率を50%と考えると、推定所得は80億円。

年収80億円の人に10億円貸すというのは、比率でいえば、年収400万円の人に100万円貸すのと同じことです。

サラリーマンのマイカーローンよりはるかに少ない融資比率。

そう考えると、記事のニュアンスほど「チャレンジング」とは感じられない今回の取り組みのような気がします。

まあ、「担保になるものが増えた」という点では一歩前進かもしれませんが。