ケアマネージャーとして知っておくべき口腔ケアの知識  

このページは,「トータルケアマネジメント」(Vol.5, No.1,p65-p72, 日総研出版,2000年6月30日発行)に掲載されたものに加筆したものです。ケアプラン作成時の参考にしていただけたら幸いです。 

1. はじめに  
 口腔ケアは「介護の鏡」といわれている。 これは,言い換えれば,生命の危険に直接関係のないと思われた口腔ケアまでは,なかなか手が届かず,後まわしにされていたというのが現状であったように思われる。 しかし,今後は,誤嚥性肺炎の問題やQOL( Quality of Life ) の向上のために積極的にケアプランに組み入れられるべきであると思われる。
 本稿では,介護支援専門員として知っておきたい口腔ケアについての基本的知識,およびケアマネジメントと口腔ケアの関連について述べてみたい。

2. 口腔ケアとは
 口腔ケアの定義は,狭義には,「口腔衛生の改善のためのケア,すなわちブラッシングなどによる口腔清掃」を指すが,最近では範囲を広げ治療まで含められる事が多く,摂食・咀嚼・嚥下訓練まで含められる場合もある。 すなわち,「口腔ケアとは,口腔の疾病予防,健康の保持,増進,リハビリテーションによりQOLの向上を目指した科学であり技術である」1)といえる。

3. 口腔ケアの目的
 口腔ケアの目的としては,1) 誤嚥性肺炎の予防 2) 口腔疾患の予防 3) QOL の向上などがあげられる。

1)誤嚥性肺炎の予防
 この場合の誤嚥とは,食物の明らかな誤嚥ではなく,不顕性の誤嚥 ( silent aspiration ) である。 嚥下機能の低下した要介護者は,睡眠中に不顕性の誤嚥をたびたび起こし,この際,唾液とともに口腔内の細菌も誤嚥するため,誤嚥性肺炎を起こしやすい2)といわれている。 この,口腔内の細菌を減少させるためには,口腔ケアが有効である。 米山は3),特別養護老人ホームで,口腔ケアを行った期間と,口腔ケアを行わなかった期間を比較すると,口腔ケアを行った期間のほうが発熱日数が少なかったという注目すべき報告をしている。 

2) 口腔疾患の予防
 適切な口腔ケアは,要介護人に限ったことではないが,各種口腔疾患の予防になる。 要介護人の場合,易感染性であることや治療の困難さから,口腔ケアがより重要となる。

3) QOLの向上
 私達は,特別意識することなく口から食べている。 しかし,ひとたび口から食べるという機能が失われたり制限されたりすると,QOLの低下は計り知れない。 活動が制限されている要介護人の場合,口から食べる,味わうという機能は,健常者の場合よりもそのQOLにおいて大きな割合を占める。 口腔ケアの充実により,口から食べること,おいしく食べることがすべての要介護者のQOLの向上ひいては自立に寄与することになる。

4. 口腔ケアの実際  
 介護支援専門員が直接口腔ケアに従事することはないが,ケアマネジメントを行う際,基本的な知識は必要である。 ここでは,口腔清掃すなわち狭義の口腔ケアについて述べる。

1)口腔ケアの基本  
 基本は,歯ブラシなどで口腔内を清掃し,口腔細菌をできるだけ減少させることである。 ただ,対象とする要介護人の病態は千差万別であり,それぞれのケースにおいての工夫が必要である。 そして,常に念頭においておくべき事は,対象とする要介護人は虚弱老人であり,易感染性であり,また,処置時の誤嚥を防ぐための配慮が必要であるということである。 また,少しでも可能性があるなら,できるだけ自分でブラッシングができる状態にまでもっていこうとする努力が必要である。 これは,QOLの向上,自立にもつながる。 介護人が口腔清掃を行う場合も,できるだけ要介護人の手を添えていっしょに行うことが望ましい。 また,可能なら,ベッド上ではなく洗面所で行うべきである。 口腔ケアを毎食後行うことにより,生活のリズムをつくることが可能となる。  
 ブラッシングの基本  
 ブラッシングの基本は,口腔内のプラーク(歯垢)や食物残渣を取り除くことである。 汚れが残存しやすい部位は,歯の上部の溝の部分,歯と歯肉の境目,歯と歯の間などである。 無歯顎の人は別にして,口腔清掃には,スワブ(綿棒)ではなく,できるだけ歯ブラシを使用すべきである。 実際にブラッシングを行う前に,うがいができる場合は,一度うがいをすると,大きな食物残渣がとれて効率が上がる。 もし,うがいが不可能なら,スワブで大ざっぱに汚れを取った後にブラッシングを行うのが良い。
 歯ブラシの動かし方は,一口で言うと,細かく動かし,歯を1本1本磨くような感じである。 磨くときに力を入れる必要はなく,プラークは柔らかいので,歯ブラシの先が,歯面に触れていれば除去できる。 歯ブラシを歯と歯肉の境目に,歯の側面にほぼ垂直に押し当てて,横に細かく振動させるように動かす。 同じように,歯の上の面も細かく振動させるように動かす。 以上がブラッシングの基本であるが,歯のない場合は,スワブやガーゼあるいは含嗽による清掃が主体になる。
 介護の現場においては,なかなかこのとおりにケアを行えない場合もあるが,基本を知っていると効率の良いケアが可能になる。       
汚れの残りやすい部位 ブラッシング方法
 
体位について
 生活のリズムをつくるためにもできるだけ洗面所で行うことが望ましいが,ベッド上で行う場合は,起座位または半座位(ファーラ位)で行う。 上半身を起こせない場合は,側臥位または仰臥位で,顔を横に向けてケアを行う。 もし,麻痺がある場合は,誤嚥を防ぐため健側を下側にする。 いずれの体位においても,頸部を前屈させた方が誤嚥の危険は少なくなる。
 また,誤嚥を起こしやすい場合は,吸引機を準備した方がよい。

座位(起座位) 誤嚥しにくいが疲労に注意する。 ファーラ位 疲労しにくく口腔ケアに適する。 セミファーラ位 ほとんど起こせない場合でも,この体位にすると誤嚥しにくくなる。 側臥位 片麻痺がある場合の口腔ケアに適する。 健側を下にする。 仰臥位 とくに誤嚥に対する注意が必要。 顔面だけでも横に向ける。
 ※体位のいろいろ(新庄文明ほか4):歯科衛生士による訪問歯科保健指導ハンドブック.医歯薬出版,東京,1994.より)

2)歯ブラシについて  
 要介護人の場合は,口腔粘膜を傷つけにくいという理由で,やや柔らかめの歯ブラシのほうが良い。 ブラシの先は,細かいところが磨きやすいように小さめのものが良く,反対に,柄の部分は,握力が弱くなっていることが多いため,大きめのものが良い。 また,柄が,手の不自由な人でも使えるように特別に工夫された,トレーニング用歯ブラシも市販されている。 本人でなく,介護人が持ちやすいように柄がデザインされた介助用歯ブラシもある。
 また,古くて毛先が曲がったようなものは極端に清掃能力が落ちるため,早めに新しいものに交換することが必要である。


介護用歯ブラシとトレーニング歯ブラシ
   
3)その他の清掃用具   
スワブ
 市販品もあるが,コスト面や大きさを自由にできることから,一般的には手づくりが多いようである。 ただ,市販の口腔ケア用のスワブはスポンジ製のため,一般の綿棒よりも清掃効果は高い。 スワブは,歯ブラシの使用が不可能な場合に用いられるが,清掃効果がかなり落ちるため,できるだけ歯ブラシを使用すべきである。 ただし,歯ブラシを使用する前段階として,スワブを使用することは非常に効果的である。 また,無歯顎の人は,スワブやガーゼによる清掃が主になる。 使用法は,スワブに水やお湯,ポビドンヨード(イソジン),液体歯みがき剤などを浸み込ませて,歯や口腔粘膜を丁寧に清掃する。 歯ブラシと同様,汚れが残りやすい部位を考慮して清掃すると清掃効果が向上する。  
市販のスワブ(デンタスワッブPP)
                                                                             
電動歯ブラシ
 手に麻痺のある人や,要介護人でうまく歯ブラシを使用できない人にとっては,大変有用である。 しかし,誤った使用をすると歯や歯肉を傷つけることがあるため,注意が必要である。
  電動歯ブラシの種類としては,ブラシ自体が微振動するタイプと,ブラシの毛の部分のみが反復運動するタイプの2種類があり, 両タイプとも,それぞれ短所長所があるが,介護人が使用する場合は,ブラシの毛の部分のみが反復運動するタイプが,位置がズレなくて使用しやすいようである。

 

口腔ケアシステム (デントエラック給吸ブラシ910,エラック吸引ブラシ,ビバラックなど)
 給水・吸引機能の付いた歯ブラシにより,口腔清掃ができる機器である。 携行も可能であるため,ベッド上でも問題なく使用できる。
デントエラック給吸ブラシ910

4)含嗽・洗口剤
 基本的には,ブラッシングによる機械的清掃の補助として使用される。 多くの製品が市販されているが,歯ブラシが使用できなくて,スワブと併用する場合は,殺菌力を第一に考えて選択すべきである。 製品の一例としては,ポビドンヨード「イソジンガーグル」,グルコン酸クロルヘキシジン「コンクール」「ラカルト」,臭化ドミフェン「オラドール含嗽液」,塩化ベンゼトニウム「ネオステリングリーン」,アズレン「含嗽用アズレン」「含嗽用ハチアズレ」などがある。 また,院内処方される含嗽剤としては,オキシドール,炭酸水素ナトリウム(重曹)などがある。 私の考えでは,前述したスワブしか使用できない人は別にして,あまり薬理作用を気にするよりも,介護を受ける人の気に入った,できるだけ爽快感のある製品を選ぶべきだと思われる。 その方が,口腔ケアのモチベーション(動機づけ)としても意味がある。

5)義歯について総義歯部分床義歯(上顎)
 義歯には,総義歯(総入れ歯)と部分床義歯(部分入れ歯)がある。 口腔ケアにおいて注意すべきは,部分床義歯である。 総義歯の場合は,ケアは口腔外で清掃することにより比較的簡単に出来,口腔内の清掃も比較的簡単であるが,部分床義歯の場合は,義歯と歯の境目に食物残渣が残りやすく,義歯の清掃と口腔内の残存歯の厳重な清掃が必要である。 さらに,歯の欠損部位により多彩な形態をしているため,着脱にもコツが必要である。
 義歯の清掃は,毎食後,義歯をはずして義歯用のブラシ(なければ硬めの歯ブラシ)で行う。 この際,一般の歯磨き剤を使用すると,配合された研磨剤のために義歯がすり減ることがあるため,使用しないようにする。 また,落下による義歯の破損を防止するため,洗面所あるいは洗面器に水を入れ,その中で清掃する。 夜間就寝時は,義歯をはずして保管し,1週間に1−2度義歯洗浄剤で清掃するようにする。 義歯は清掃状態が悪いと,細菌の格好の繁殖場所になる。 誤嚥性肺炎の予防のためにも,義歯の清掃を怠らず,就寝時は必ずはずすようにすべきである。
義歯用ブラシ義歯清掃法
 →口腔ケアマニュアル
         
5. ケアマネージメントと口腔ケア

1)アセスメントについて
 一般的なアセスメント手法を用いた場合,口腔領域のニーズがあれば,把握はできるが決して充分ではないといえる。 このため,多くの口腔ケアアセスメント票なるものが発表されている。 10項目程度の短時間でアセスメント可能なものから,100項目近い詳細なアセスメント票まで多くのものがみられる。 詳細なアセスメントを行えば,より詳しくニーズが把握できるのは当然であるが,ただでさえ多忙な介護支援専門員の業務の中で,口腔にのみ多くの時間を費やすことは不可能である。 私の考えでは,一般的なアセスメント手法で口腔領域に問題ありと分析された場合,10項目程度の簡単なアセスメントを行い,ニーズをより的確に把握するか,あるいは歯科医療従事者に口腔のアセスメントを含めて精査を依頼するという考え方で充分であると思われる。
 →口腔ケアアセスメント票

2)ケアプランと口腔ケア
 通常,私達は生活習慣としての口腔ケア(口腔清掃)を自身で行っている。 すべての要介護人においても当然行われるべきである。 要介護人の場合,易感染性であることや口腔細菌の誤嚥の問題から,通常より厳密に口腔ケアが行われるべきである。  つまり,自身で口腔ケアの行える要介護者の場合は,より的確な専門家による指導を,また,自身で行えない場合は介護者に的確な口腔ケアの指導が重要になってくる。 しかしながら,すべての要介護者のケアプランに口腔ケアを組み込むことは現実的ではなく,同意も得にくいため,とくに口腔ケアが重要と思われる場合について述べる。  

口腔清潔に関して
 自立,要介助にかかわらず,以下に述べる嚥下障害があったり,誤嚥性肺炎のおそれがあれば,より厳重な口腔ケアが必要になるため,口腔ケアの専門的な指導を行った方が望ましい。  

嚥下障害に関して
 嚥下障害があると食物の誤嚥はもちろんであるが,唾液とともに口腔内細菌を誤嚥する不顕性誤嚥が問題になる。 そして,この口腔内細菌を減少させるには,口腔ケアが重要である。 つまり,嚥下障害のある場合は,誤嚥性肺炎予防のために,より厳重な口腔ケアを行うべきであるといえる。 また,口腔ケアにおいて,ブラッシングにより歯肉や舌に知覚刺激を与えること自体嚥下訓練となり好影響を与える。 さらに,嚥下障害は咽頭の機能障害と理解されがちであるが,口腔は,部位的にも機能的にも嚥下機能と密接な関係がある。 すなわち,嚥下を行う際の食塊形成に舌とともに歯列が大きな役割を果たす。 臼歯に多数歯の欠損があると咀嚼が充分行えないのはもちろん,舌の食塊形成時の動きを阻害する。 また,前歯の欠損があると,舌の食塊を咽頭に移送する力が弱くなる。 さらに,嚥下の際には,喉頭が挙上して食塊を咽頭に送り込むが,無歯顎や多数歯欠損で義歯未装着者の場合,下顎が不安定になりこの動作が難しくなる4)。 このような理由により,口腔内に問題があれば,歯科的なアプローチを行うことにより,嚥下障害に対して好結果をもたらすものと思われる。  

摂食障害に関して
 摂食障害の原因は様々であるが,ときには歯科的な原因で摂食障害をきたしている場合もみられる。 とくに,周囲とのコミュニケーションがうまくとれない要介護人の場合,歯科疾患のために摂食がすすまず,周囲に広い意味での摂食障害と理解されている場合もある。 要介護人で摂食障害が疑われる場合は,一度,口腔内の精査を受けるべきであろう。  

その他
 要介護者から歯科治療の希望があった場合,歯科治療のサービス仲介も当然介護支援専門員の重要な業務となる。  

口腔ケアと歯科疾患との関連について
 狭義の口腔ケア,すなわち,口腔清掃と歯科疾患の関連性について述べると,歯科疾患を放置したまま,いくら口腔清掃を行っても,効率が悪い。 口腔ケアと歯科治療を分けて考えることはあまり意味がなく,治療を含めた要介護者に対する歯科的な医療サービス全体を口腔ケアと考えてプランを立てるべきである。

6. おわりに
 ケアプランにおいては,要介護者や家族の同意が大前提になるが,残念ながら,現段階での口腔ケアに対する要介護者や家族の認識度は極めて低いと言わなければならない。 口腔ケアの重要性を説明し,うまくケアプランに組み入れ,誤嚥性肺炎の予防を行うことや要介護者のQOLの向上ひいては自立につなげることが,介護支援専門員の資質の一部といえる。



参考文献

1)河合 幹他編:口腔ケアのABC−QOLのためのポイント110− ,医歯薬出版,1999.
2)佐々木英忠他:口腔・咽頭の機能低下と誤嚥性肺炎,厚生省厚生科学研究費補助金長寿科学総合研究,平成6年報告書,Vol.4,140-146,1995.
3)米山武義:口腔ケアと誤嚥性肺炎,Geriatric Medicine,35:167-171,1997.
4)新庄文明他:歯科衛生士による訪問歯科保健指導ガイドブック.医歯薬出版,1994.
5)向井美恵:老年者の摂食・嚥下機能障害とリハビリテーション,歯界展望,91(2),309-318,1998.