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1.はじめに
2.摂食・嚥下のメカニズム 3.摂食・嚥下障害の原因 4.摂食・嚥下障害の診査 5.摂食・嚥下障害への対応 6.摂食・嚥下障害と口腔ケアとの関連
1.はじめに いうまでもなく口から食べるということは,人間の大きな楽しみであり,口から食べる機能が失われたときにQOLの低下は計り知れない。 摂食・嚥下障害の治療は,医師,歯科医師,看護婦,作業療法士,理学療法士,言語療法士,栄養士など多くの職種によって取り組まれている。 しかしながら,障害をもった患者を診る機会が少なかった一般の歯科医師・歯科衛生士にとっては,部位的にも機能的にも口腔領域と密接な関係を有しているにもかかわらず,ほとんど縁のないものであった。 今後は,歯科医療従事者も介護保険制度の開始に伴いこのような患者に接する機会は増えてくるものと思われる。 摂食・嚥下嚥下障害の治療に関わるかどうかは別にして,摂食・嚥下障害に関する知識は必携である。 そこで,私自身の学習の意味も含めて整理して掲載する。皆様のご意見・ご批判をいただければ幸いである。 2.摂食・嚥下のメカニズム 摂食・嚥下障害を理解するためには,正常時の摂食・嚥下の動作がどのように行われるかを知っておく必要がある。 一般的に,嚥下の動作は,口腔相,咽頭相,食道相の3相に分けて論じられることが多い。(口腔相の前に,準備相を加えて4相として論じられる場合もある1)。) しかし,藤島は2),3相に分けて論じると互いに重なり会う部分があり,食物の流れがとらえにくいため,以下の6段階に分けている。 (1)食物の認識 (2)口への取り込み(補食) (3)咀嚼と食塊形成 (4)奥舌への移送,咽頭への送り込み [口腔相] ※口腔内で舌の後半部を奥舌としている (5)咽頭通過,食道への送り込み [咽頭相] (6)食道通過 [食道相] ※(1)〜(6)が摂食動作,(4)〜(6)が嚥下動作にあたる。(2),(3)は口腔準備相,(4)は口腔嚥下相とも表現できるとしている2)。 (1)食物の認識 食物の認識は,摂食・嚥下のスタートであり,意識障害がある時には食物の認識ができないため,当然,,経口摂取は不適当である。 また意識障害がないにもかかわらず,食物を見ても何の反応も示さなかったり,スプーンで食物を口に近づけても何の反応もない場合は,まず,この認識障害を疑ってみるべきである。 (2)口への取り込み(補食) 口への取り込みは,口唇と歯(とくに前歯)を使って行われる。 食物の形態によって,その取り込み方は異なってくる。 (3)咀嚼と食塊形成 舌と歯(とくに臼歯)を使い唾液と混ぜられ咀嚼され,食塊が形成され飲み込みやすい形にされる。 歯の欠損や歯の疼痛,歯肉の腫脹・疼痛等の歯科疾患があれば,この段階が障害され,場合によっては嚥下機能全体にも影響を及ぼす。 また,舌尖は上顎切歯の口蓋側または硬口蓋前方に押しつけられ,舌背は臼歯部と口蓋粘膜に向け側縁部を挙上させることでスプーン状のくぼみをつくる。 このスプーン状のくぼみは,舌が両側の歯列と歯槽堤にガイドされて保持される。 無歯顎者では,この舌の形態を保持できないため,食塊の形成ひいては嚥下が困難となることもある1)。 無歯顎者の,この段階の障害に対する歯科的対応として,向井は3)嚥下補助床を考案している(後述)。 藤島は2),咀嚼は,口の中で嚥下食をつくる作業ともいえると述べている。 (4)奥舌への移送,咽頭への送り込み [口腔相] 舌の運動により,食塊は口腔内の前方から奥舌へと移動する。 奥舌に移送された食塊は嚥下反射誘発部位(Wassilief の嚥下反射誘発部位−軟口蓋部,舌根部,咽頭後壁部など)に接触すると,一連の動きとしてすぐに咽頭へ送り込まれる。 食塊が舌前方部から奥舌に移動して嚥下反射が誘発される部位に送り込まれるまでが口腔相に相当する。 随意的にコントロールできるので随意相とも言われる。 (5)咽頭通過,食道への送り込み [咽頭相] この部位は誤嚥が生じる場所で,非常に大切なところである。 食塊が舌奥にさしかかり喉頭が挙上しはじめると,軟口蓋は後咽頭壁と接触し鼻咽腔を閉鎖し食物の鼻腔への進入を防ぐ。(鼻咽腔閉鎖不全に対してはパラタルリフト−PLP: palatal lift prosthesis -) が用いられている4)−後述) 舌根部は下方に移動して下咽頭部は開大しする。食物が通過すると,舌根と軟口蓋さらに舌全体と硬口蓋がぴったりついて口腔内への逆流を防止する。 喉頭口は,披裂喉頭蓋ひだと喉頭蓋によって閉鎖される。 また,喉頭が挙上することによって受動的にも気管が閉鎖される。 向井は3)この喉頭挙上不全に対しても嚥下補助床が効果的であるとしている(後述)。 藤島は2),咽頭通過に際して脳卒中患者の特徴的な病態として,@嚥下反射が起こる前に食塊が咽頭に流れ込む,A食塊通過の際の鼻咽腔や喉頭口の開閉のタイミングがずれる,B咽頭に食塊が残留するの3点をあげている。 (6)食道通過 [食道相] 食道に食物が送り込まれると,逆流しないように食道括約筋はぴったりと閉鎖し,その後,蠕動運動で胃へと運ばれていく。 食道括約筋の閉鎖が不完全であると,胃食道逆流が起こり,胃酸,消化液,細菌を含んだ食物が咽頭に逆流し,誤嚥すると肺炎の原因になる。 食後2時間くらい起座位をとることでかなり予防できる。 また,脳卒中では,脳幹部の病変のため食道の蠕動運動が障害されることが多い2)。 ![]() ![]()
2)藤島一郎 : 脳卒中の摂食・嚥下障害.医歯薬出版,東京,1998.より 3.摂食・嚥下障害の原因 摂食・嚥下障害の代表的な原因は,脳卒中であるが,その他にも多くの原因がある(下表)。原因疾患により,病態,予後,対応法などが異なってくる。 また,加齢により,嚥下反射は低下しないといわれているが5),臨床的には,当然,老化による嚥下機能の低下も考慮しておくべきである。 藤島は2),高齢者が脳卒中にかかると嚥下機能が低下しているため,わずかな誤嚥が重症な肺炎や呼吸器疾患につながりやすいと述べている。
4.摂食・嚥下障害の診査
まず,なにをもって摂食・嚥下障害を疑うかであるが,食事中のむせ・咳があるとか肺炎を繰り返すということがあれば誰でも摂食・嚥下障害を疑うが,食欲不振,脱水,低栄養などにも注意を払う必要がある。 才藤は7),患者や家族が摂食・嚥下障害を直接訴えることはあまり多くないため注意が必要であるとしている。また,誤嚥を疑う注意すべき病歴として,右のような表をあげている。 さらに,むせない誤嚥すなわち,不顕性誤嚥 (silent aspiration) が誤嚥者の1/3にみられるとしている。 ( 注 : この場合の不顕性誤嚥とは,当サイトの「口腔ケアについて−口腔ケアの目的−誤嚥性肺炎の予防」で述べた,食物の誤嚥ではなく唾液と同時の口腔細菌の誤嚥を不顕性誤嚥としたのとは違い,食物の誤嚥であるが患者がむせない,気づかないという意味である。 ) 向井は3),歯科医療従事者が行う場合は,当然,歯科の専門性を生かした診査が望ましく,歯科の専門性を生かした診査として,下のような流れをあげている。
この診査の流れは,歯科医療従事者にとって大変参考になるが,口腔内診査の前に,身体所見の診査を行うべきであろう。 身体所見では,藤島は2)接触・嚥下障害における理学的検査および神経学的検査のポイントとして次の項目をあげている。(→摂食・嚥下障害における理学的検査および神経学的検査のポイント) また,才藤も7)摂食・嚥下障害評価のための身体所見として次の項目をあげ,(→摂食・嚥下障害評価のための身体的所見) 神経学的検査は重要であるが,必ずしも誤嚥や嚥下障害の程度とは結びつかないため,後述する機能テストが必要になると述べている。 口腔内診査では,嚥下機能を営むのに不都合となる要因について診査すると述べている3)。 すなわち,老年者は増齢的に喉頭下垂がみられるにもかかわらず,喉頭を挙上する筋力は衰退する。 嚥下時に一定の顎位がとれれば前頸筋の動きを最大限に引き出せる可能性があるが,無歯顎者やディスキネジアのある老年者のように嚥下時に顎が動いてしまっては,前頸筋が十分に活動できずに喉頭挙上不全となる。 また,上・下前歯の一方または両方が失われている場合には,嚥下の口腔相の動作時に舌尖を口蓋前方部に押しつけようとしても前方にスラストしてしまい,食塊を咽頭に移送する力が弱くなる可能性がある。 同様に側方歯群に多数の喪失歯があると,食塊形成時に舌縁を口蓋側方部に押しつけようとする際に側方口腔前庭部に側方突出してしまい,食塊形成時の動きが阻害されてしまう可能性もあるとしている。 機能テストとしては,「水飲みテスト」8)「反復唾液嚥下テスト( repetitive saliva swallowing test , RSST )9)などがある。 水飲みテストについて,藤島は2)嚥下しにくい食物の1つである水を用いているため検出力の高いテストであり,口腔ケアを十分に行った後であれば,たとえ誤嚥しても安全性が高いと述べている。また,水飲みテストで陽性の患者に必ず嚥下障害があるというわけではないとも述べている。 才藤は7),水飲みテストには不顕性誤嚥を見逃す問題と誤嚥によるむせの問題があると指摘している。 (→水飲みテストの方法) 反復唾液嚥下テスト(RSST)9) は,才藤らによって開発された方法である。被検者の喉頭挙上を触診で観察するものであり,30秒間に何回嚥下が行われるか診査し,3回以上できれば正常とする。 簡単で安全性の高い方法であるため誤嚥スクリーニング検査として,また,経過を観察するには良い方法であると思われる。 向井は3),RSSTが3回以下の場合には,誤嚥の可能性があるため要精査であるが,4回以上嚥下が可能ならば,テストフードを用いた摂食・嚥下機能検査を行いテストフードの残留部位を中心に診査を行うとしている。
重度の摂食・嚥下障害が疑われる場合には,ビデオ嚥下造影法(Videofluorography,VF)2),10)が必要になる。 現在のところ最も有力な検査法であるが,設備のあるしかるべき施設に依頼する必要がある。 摂食時の評価は,姿勢を中心に行う。 嚥下障害のある人や,その疑いのある人たちについて,現在どの様な姿勢(体位)で食事を取っているかという点は,指導の面からもとても重要である。 5.摂食・嚥下障害への対応 摂食・嚥下障害への対応として,(1)摂食時の姿勢,食品 (2)嚥下訓練 (3)歯科的アプローチ (4)その他の対応について述べる。 (1)摂食時の姿勢,食品について 通常私達は,摂食時に無意識のうちに,90度座位・頸部前屈位の姿勢をとっている。 誤嚥しにくい体位としては,90度座位・頸部前屈を奨める記述が多い3,7)。 90度座位にする理由は,食塊を積極的に嚥下しなければ口の中にとどまっていて,不意に咽頭に落ちない,また,嚥下できないときは重力のため口外に落ちるの2点である。頸部前屈位は,食塊の通路が広がり,咽頭と気管の通路が通りにくくなり誤嚥の防止につながる(人工呼吸時の頸部伸展位と逆である)。 しかしながら,藤島は2),とくに嚥下訓練開始時の体位として,30度仰臥位・頸部前屈を奨めている。その理由として,@口腔機能の悪い患者の場合は口腔内保持が悪いため,90度座位では,ほとんど食塊を送り込めない,A咽頭期が障害されている場合は,嚥下反射が遅延しているため,90度座位では嚥下反射前の誤嚥が起こりやすい,Bさらに,90度座位では顔が下を向いてしまうことが多いため,食事介助が不可能なことが多い,の3点をあげている。 そして,解剖学的に,30度仰臥位では,気管が食道の上になり重力の関係で気管に入りにくく,食物を口唇から舌根部,舌根部から咽頭へ送り込むのに重力を利用でき,かつ口からこぼれ出る量も少なくなるとしている。 ただ,30度仰臥位では頸部が前屈でなく伸展位になりやすいため注意する必要があるとしている。 そして,30度仰臥位では,食器から口に食物を運びにくく,機能的でないために,嚥下がスムースになれば徐々にベッドアップして状態を起こしていく。この時も頸部の前屈を保っている必要があるとしている。 しかし,うまくしたもので,自分で摂食が可能な場合は,90度座位で,介助者が介助する場合は,30から60度位の仰臥位が多いように思われる。ただ,頸部が前屈位になるように注意しておく必要がある。 ![]() 2) 藤島一郎:脳卒中の摂食・嚥下障害.医歯薬出版,1998.より (一部改変) 食品について,藤島は2),摂食・嚥下障害がある場合の食べやすい食品の条件として,@密度が均一である,A適当な粘度があってバラバラになりにくい,B口腔や咽頭を通過するとき変形しやすい,Cべたついていない,の4つをあげている。 また,食べにくい食品として,@密度が安定していない,A硬すぎてかみ砕けない,Bサラサラしすぎる,C変形しにくいもの,Dべたつくもの,をあげている。 そして,ゼラチンタイプすなわち,肉,魚,野菜,果物などミキサーで粉砕してゼラチンで固めたものが,嚥下食としては理想的であるとしている2,10)。 また,ゼラチンとよく誤解されるものに寒天があるが,寒天は変形しにくく,咬めば細かい粒々になってしまい,舌での押しつぶしもしにくい。このため,誤嚥しやすく注意が必要であるとしている2,10)。 さらに,施設でよく出されるきざみ食については,口の中に運びにくい,口の中で食塊をつくりにくい,こぼれやすい,咽頭に残りやすいなどの理由で,嚥下障害のある場合には適さないとしている2,6)。 (2)嚥下訓練 嚥下訓練は,間接的(基本)訓練と直接的(摂食)訓練とに分けられる。間接的訓練は訓練の基礎となり安全性は高いが,患者の理解を得られにくく,これのみでは食べられるようにはならない。 直接的訓練は実践的で効果的である反面,誤嚥の危険を伴う。 当然,摂食・嚥下の障害される時期(部位)に応じて訓練方法は変わってくるが,藤島6),才藤は7)それぞれの時期に応じた訓練法を示している。(→摂食・嚥下障害の観察ポイントと訓練法のまとめ(藤島),摂食・嚥下障害に対する訓練(才藤) ) 以下,代表的な嚥下訓練法について述べる2)。 a.嚥下パターン訓練(supraglottic swallow) 吸気し,呼吸を止め,胸腔内を陽圧にすることで,気管内への侵入を予防したうえで,唾液または空気を飲み込む。 この際,反射が障害されていれば少量の(2ml程度)水を口腔前庭に滴下してから嚥下する。 嚥下後,間を置かず,咳嗽させる。このパターンを繰り返す。これにより,嚥下と呼吸の協調性を増すことができる。 b.のどのアイスマッサージ 凍った綿棒に少量の水をつけて,軟口蓋や舌根部を軽く2,3回刺激した後,すぐに空嚥下をさせる。嚥下反射は,綿棒による機械的(物理的)刺激,水の化学的刺激,氷による温度刺激の相乗作用で誘発されやすくなる。 摂食訓練の前や,食間に空嚥下の練習をするときに併用する。空嚥下と併用すると効果的である。 c.氷なめ 氷をなめると,少量の冷たい水が刺激となって嚥下反射が誘発されやすい。 嚥下反射を誘発させるのが目的であり,誤嚥が多いときは避けるべきである。 d.口すぼめ呼吸とストロー呼吸 口の前20〜30pの一にあるロウソクの炎を消すような気持ちで口をすぼめて息を吐き出させる。 肺機能,鼻咽腔の閉鎖機能の強化に役立つとともに口唇の訓練になる。また,ストローから吸ったり吐いたりするストロー呼吸も効果がある。 e.咳をする練習 食物が咽頭に残留したり,咽頭や気管に誤嚥したときに有効に咳をして異物を吐き出す必要がある。 普段から意識的に咳をする練習をしておく必要がある。 腹部に手をおいて,腹筋を使い勢いよく一気に咳をする練習をする。 腹筋の強化,声門,軟口蓋の強化に役立つ。 単に咳をする訓練をするより,食事をする前にいつも数回咳をする習慣をつけるとよい。 f.押し出し運動 一般に上肢に力を入れると胸郭が固定され声門が閉鎖され呼吸が停止し,力を抜くと声門が開いて一気に呼気が出る。 椅子に腰掛けて両手で椅子を「押し」ながら,体を持ち上げるようにすることが多いので「押し出し運動」と呼ばれている。 声門の閉鎖機能,軟口蓋の筋力強化に役立つ。 また,力を抜くときに勢いよく呼気が出るので,咽頭に食物が残留しているときに行うとその排泄に有効である。 g.口唇,頬,舌の運動,マッサージ,ブラッシング,リラクゼーション 口に空気をためて頬を膨らませたり引っ込めたりする。できるだけ長く口の中に空気を保つようにする。 口腔内に空気を保つことは鼻咽腔の閉鎖機能の強化に役立つ。 また,マッサージや歯ブラシによるブラッシングも筋肉のリラクゼーションや知覚刺激になることで,嚥下に好影響を与える。 H.嚥下体操 嚥下体操は誤嚥の予防につながる。 全身や前頸筋群,舌に関与する首を中心とした筋肉をリラックスさせる目的で行う。 食事の前に2,3分行うだけで効果がある。(→嚥下体操の一例 ) (→訓練法のまとめ) (3)歯科的アプローチ 摂食・嚥下機能は,部位的にも機能的にも歯科領域と密接な関係を有している。 歯科医師の立場から述べると,正常な咀嚼・咬合機能なくしては正常な嚥下は困難であると思われる。 重大な歯科疾患を有しているにもかかわらず,見かけ上,嚥下機能に問題が見られないのは,幸いにも代償機能が働いているとみるべきであろう。 老人ホームなどで無歯顎の人が普通食を食べているのをときどき見かけるが,これなどはその代表例であろう。 以下,それぞれの嚥下の段階における歯科疾患と嚥下障害との関連について述べる。 a.口への取り込み(補食)段階での障害 食物の口への取り込みは,主に口唇や前歯を使って行われる。 前歯にう蝕や高度の歯周疾患・欠損があれば,食物の口への取り込み(補食)が障害される。 また,前歯に鋭縁があったり,義歯のクラスプ(金属の歯にかける維持装置)鋭縁があれば,当然,口唇の動きを障害する。 b.咀嚼と食塊形成の障害 この段階は,歯科的な疾患があれば最も大きく影響されるところである。 咀嚼に関しては,今さら言うまでもないが,前述したように,側方歯群に多数の喪失歯があると,食塊形成時に舌縁を口蓋側方部に押しつけようとする際に,喪失部位に突出してしまい,食塊形成時の動きが阻害されてしまう可能性もある3)。 さらに, 舌尖部および舌背側縁部が歯列や歯槽堤にガイドされてスプーン状のくぼみを作り,食塊形成に役立つが,無歯顎者(義歯未装着者)では,この舌の形態を保持できないため,食塊の形成が困難となることがある1)。 c.食塊の奥舌への移送,咽頭通過の障害 前歯部に多数の欠損があったり無歯顎者(義歯未装着者)では,食塊の移送時に舌が前方に移動してしまい口蓋前方部に押しつけられず,咽頭に移送する力が弱くなってしまう可能性がある。 また,喉頭挙上は食塊移送時や咽頭通過でも重要な働きをするが,嚥下時に一定の顎位の取れない多数歯欠損の場合や無歯顎(義歯未装着)の場合は,嚥下時に下顎が動いてしまって前頸筋が充分に活動できず喉頭挙上不全となる3)。(これは,嚥下障害もなく咬合状態も異常なく一定の顎位のとれる場合でも,上下の臼歯を摂食させず,少し浮かせた下顎が不安定な位置で嚥下しようとするとかなり嚥下しにくいことからも明らかである。) e.歯科的対応 前述のように,口腔内に歯科疾患があると,口への食物の取り込みや咀嚼が障害される。 前歯部や側方歯群に多数歯の欠損部があると,舌による食塊形成が障害される。 また,奥舌への食塊移送が障害される。さらに,多数歯の欠損や無歯顎のために顎位が不安定であると喉頭挙上不全となる。 また,通常なら,単なる歯科疾患として認識されるような場合でも,要介護人でうまく周囲とのコミュニケーションが取れない場合は,原因がはっきりぜず,漠然と摂食・嚥下障害として受け止められている場合もあるかもしれない。(歯科疾患も広い意味では,摂食障害の原因の一つであるが) したがって,要介護人で摂食・嚥下障害が疑われたなら,口腔内の精査は必須事項であると思われる。 そして,歯科疾患の治療はもちろんのこと,多数歯の欠損部や無歯顎者であれば嚥下障害との関連を疑うべきである。 嚥下障害患者であり,かつ多数歯の欠損があったり,無歯顎者であれば,その部位の欠損補綴や顎位の回復は必ず行う必要があると考える。 これを放置したままでは,嚥下訓練や他の治療法の予後にも大きく影響するといえる。 介護の現場でよく遭遇する,嚥下障害があり,無歯顎であるが下顎に義歯を装着するのが困難な程度に歯槽提の吸収が著しく,上下義歯装着による顎位の回復が困難な場合に,向井は3)嚥下補助床を考案し,効果があったと報告している。 すなわち,上顎のみに義歯様の嚥下補助床を装着し,臼歯部は人工歯ではなく咬合面相当部にやや高めに軟性レジンを付与し,下顎義歯を装着しなくても嚥下時に下顎の固定を容易にし,舌の前方および側方への突出を防ぎ,食塊形成と咽頭へ食塊の移送を容易にすることが可能になるとしている。 この装置により食塊形成時の舌の陥凹を容易にし,食塊を咽頭部へ移送する力を補足し,咬合面相当部に付与した軟性レジンにより下顎臼歯部の疼痛がなく嚥下時の顎位がとれる。(写真下左)
また、嚥下障害で鼻咽腔閉鎖機能不全を伴う場合には、パラタルリフト(PLP− palatal lift prosthesis)という歯科補装具が有効である4)。 これは,硬口蓋を覆う床(硬口蓋部)の部分,軟口蓋を後上方に挙上するための挙上子と,これらをつなぐ連結部からなる.軟口蓋部には床を歯牙(大臼歯部)に固定するための維持装置が組み込まれているものである。(写真下中央・左)
さらに飯田は12),摂食・嚥下障害患者への嚥下機能改善に義歯を積極的に利用する事(すなわち舌の動きの補助や舌骨上筋群の動きの補助,安定した咬合位のためなど)を奨めている。 そして,義歯を本来の意味である補装具として認識することが重要であり,単なる咀嚼の補装具としてしかみてこなかった従来の歯科的な発想では,嚥下障害における義歯の意義は語れないとしている。 (4)その他の対応 現実には前述のような,体位,食品,嚥下訓練,歯科的対応などでは解決のつかない場合も多く,経管栄養,内視鏡的胃瘻,耳鼻科的手術(喉頭気管分離手術など)などの対応がとられる。 しかし,経口摂取できる場合に比べると,QOLの低下は計り知れない。 6.摂食・嚥下障害と口腔ケアとの関連 要介護人の場合,1本のう蝕の応急処置を施しただけで,摂食障害が改善されたという例は時々経験する。 すなわち,要介護人で,歯科疾患の痛みのために摂食がすすまないことを,周囲とのコミュニケーション不足のため摂食障害ととらえられ,嚥下機能には問題がないのに摂食・嚥下障害と理解され扱われている場合も見受けられる。 摂食・嚥下障害の場合,口腔内の精査や広い意味での治療も含めた口腔ケアが必要になってくる。 狭義の口腔ケアについては,嚥下機能が低下しているため,誤嚥性肺炎予防のため口腔清掃が極めて重要になる。 この場合の誤嚥とは,食物の明らかな誤嚥ではなく,不顕性の誤嚥 ( silent aspiration )である。 嚥下反射・咳反射の低下した老人は,睡眠中に不顕性の誤嚥をたびたび起こし,この際,唾液とともに口腔内の細菌も同時に誤嚥するため,誤嚥性肺炎を起こしやすいといわれている5)。 そして,口腔内の細菌を減少させるためには,口腔ケアが有効である。 というよりは,口腔ケア以外に有効な方法は見あたらない。また,機能検査前や直接的な嚥下訓練前には,万一の誤嚥のために,口腔ケアをより厳重にしておく必要がある。 さらに,ブラッシングにより歯肉・舌などに知覚刺激を与えること自体嚥下訓練となり,好影響を与える。 参考文献 1)中村嘉男,森本俊文編:基礎歯科生理学 第3版.医歯薬出版,東京,1998. 2)藤島一郎:脳卒中の摂食・嚥下障害.医歯薬出版,東京,1998. 3)向井美恵:老年者の摂食・嚥下機能障害とリハビリテーション.歯界展望,91(2),309-318,1998. 4)山部一美:山部医院ホームページ http://www.try-net.or.jp/~yamabe/ 5)佐々木英忠他:口腔・咽頭の機能低下と誤嚥性肺炎.厚生省厚生科学研究費補助金長寿科学総合研究.平成6年報告書,Vol.4,140-146.1995 6)藤島一郎:口から食べる 嚥下障害Q&A.中央法規出版,東京,1996. 7)才籐栄一:老年者の摂食・嚥下障害の評価法と訓練の実際.歯界展望,91(3),649-656,1998. 8)窪田俊夫他:脳血管障害における麻痺性嚥下障害−スクリーニングテストとその臨床応用について.総合リハ,10(2):271-276,1982. 9).才藤栄一:摂食機能減退の診断法の開発.平成8年度厚生省・健康政策調査研究事業分担研究報告書(主任研究者:金子芳洋)個人の摂食能力に応じた味わいのある食事内容・指導等に関する研究,1997,37-58.より 10)谷本啓二:老年者の摂食・嚥下機能障害における Videofluorography の役割.歯界展望,91(2),319-326,1998. 11)金谷節子:老年者の嚥下障害がある人が食べられる食事.歯界展望,91(3),637-648,1998. 12)金子芳洋,千野直一監修:摂食・嚥下リハビリテーション.医歯薬出版,東京,1999. |
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