訳者あとがき



  私が軍艦や軍用機に興味を持つようになったのは、小学生の時に読んでいた少年週刊雑誌が最初でした。当時は太平洋戦争が終わってまだ十数年の頃で、今と違って少年雑誌の特集記事は、太平洋戦争の軍艦、飛行機、そしてそれらの戦いの記事が中心でした。

  そして時代は下って私が三十代の頃から、外国の書物でそれらの記事を読むことに興味を持つようになりました。それは同じ太平洋戦争のことを書いていても、違う視点から見ており、日本の記事と合わせることで、世界的視点で見ることができる面白さを感じるようになったからです。私個人の意見としては、英国人は特にその世界的視点で眺めるということに秀でていると感じています。今回の本でもそのことは遺憾なく発揮されており、
世界史的に見た歴史観が随所に織り込まれています。

  例えば、日本海海戦が日本の圧勝だったことは、少し歴史を知る人なら誰でも知っていることだと思いますが、世界的に見て、あの海戦が近代海軍史上で初めての本格的実戦であり、その後の世界の軍艦の建造に絶大な影響を与えたこと、さらに、
戦艦が主役を果たせた唯一の艦隊決戦だったという事実までは、あまり知られていないのではないでしょうか。その他にも、真珠湾攻撃が、太平洋戦争という視点ではなく、第二次世界大戦という視点で捉えたとき、どういう位置を占めるのか、ということなども然りです。

  一方、ミッドウェー海戦時にアメリカ太平洋艦隊内で、ニミッツ司令長官やスプルーアンス空母任務部隊司令官が果たした意味合いやそのいきさつ、さらには真珠湾攻撃以前の米独の関係を含む大西洋の輸送船団の攻防、タラント空襲の実相などを含め、英国発の書物ならではの意義深い内容が無数に含まれています。

  正直なところ今回の出版は原書が書かれてからかなり年月が経っており、その意味では読者に受け入れてもらえるだろうかという懸念はありました。しかし1982年のフォークランド紛争以後、大きな海戦は起こっておらず、この本に記されている海戦は、今もって近代海軍史の全主要海戦を網羅しており、
また特に強調したい、優れた歴史観などの、上記のこの本の持つ優れた意義は輝きを失っていないことから是非出版すべきと考えた次第です。

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 (「世界の海軍史 近代海軍の発達と海戦」より抜粋)



本には書いていないのですが、この本の全体を読んでいただければ、日本海軍の視野が狭かったことを感じていただけると思います。日本海軍は敵軍艦、軍用機への攻撃を優先し、輸送船をめぐる戦いを軽んじていたことがわかります。ドイツは通商破壊を最優先し、アメリカ軍も潜水艦をその方針で使用し、日本の商船500万トン以上を沈めています。また英国は日本と同じく資源の乏しい島国であるがゆえに、海上輸送を守ることの重要性を認識し、非常な努力を払っています。日本のみが、国力維持の生命線としての、海上輸送の重要性への認識が希薄だったことがはっきりわかります。その認識の表れが、状況は違えど、ガダルカナルの三川艦隊、レイテ沖海戦の栗田艦隊の行動ではないでしょうか。それを言い換えれば、日本海軍の視点は、将官クラスでさえ戦術レベルであり、戦略的に捉える意識が希薄だったと言えないでしょうか。真珠湾攻撃で南雲司令長官が真珠湾の造船所・石油貯蔵設備を軽視したことも、その線上にあると考えられます。そうしたことゆえ私は、日本海軍のみならず、世界の海軍の全体像を知っておいた上で、いろいろ判断することが大切なように思います。





ここでこの場を借りてお詫びがあります。本書90〜91ページ記述のフランス戦艦リシュリューと、英国戦艦キングジョージ5世級はともに、第二次大戦開戦後の就役でした。私の浅学ゆえの誤りをお詫びいたします。




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