北大西洋航路客船        オーシアニック ホワイト・スター・ライン (英国)
   

                 

    就航 1899年
           
    17272 総トン
            
    全長 214.6m
             
    全幅 20.8m
             
    エンジン 
     レシプロ蒸気機関
     (3段膨張機関2組)
     28000 馬力
              
    推進器 
      スクリュー2軸
              
    速力 19.5 ノット
             
    乗客定員     1710
     1等       410
     2等       300
     スティアリッジ 1000

  

    ホワイト・スター・ラインでは,就航して比較的新しいテュートニック号とマジェスティック号が,既にキュナード社のカンパニア級2船とドイツのカイザー・ビルヘルム・デア・グローセ号に凌駕されていたが,まだ大西洋の高速船運航会社でありたいとの野心は抱いていた。そしてハーランド&ウルフ社に激励され,老いつつあったトーマス・H・イズメイは最後の投資を決心し,2隻の高速船が計画された。そのうちの1隻,オーシアニック号だけが実際に建造され,もう1隻(オリンピック号と命名されていた)は,イズメイが相続税に足りる資産を息子J.ブルース・イズメイに残すために,造船所から資金を回収したときにキャンセルされた。

  長さと幅の比10:1(長さ209m,幅20.8m)という値は,高速走行に適するように選ばれたものであったが,航海速力は20ノットを大きく超えるものではなかった。振動のために最高速力が抑えられたとも言われているが,そのとおりだったのかどうか今となっては明らかにするのは困難である。この船の速力がそうなった理由は何であれ,非常に人気のある船になった。速力の不足は,船室と公室の水準が非常に高いことで,補って余りあるものだった。

  設計出力の28,000図示馬力という値は,機関の寸法と蒸気圧を考えれば,かなり控えめな数字であった。このように過小評価したことで,機関出力には遅れを取り戻す余力を蓄えておくことができ,そのためオーシアニック号は,他をうらやましがらせるような定時運航ができたのである。一方で振動のために最高速力が制限されたということであれば,それは高速で運転したいと望んでいたことの証でもある。

  この船は1899年に就航し,強力で堅牢な船だった。2本の大変背の高い煙突は,優雅で堂々とした印象をかもし出した。そして速力を追求することだけが大西洋航路客船の目指す絶対目標ではなく,乗客は高水準の船旅や到着時間の確実性をも同じくらい熱望していることを,この船は示して見せたのである。

  

                             (「豪華客船スピード競争の物語」 オーシアニック号の部分より抜粋)

 
     
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