北大西洋航路客船          クイーン・エリザベス2       キュナード・ライン (英国)
       
  就航 1969年
           
  65863 総トン
    (竣工時)
         
  全長 293.5m
           
  全幅 32.1m
           
  エンジン 
   ギヤード・タービン
   110000 馬力
           
  推進器
   スクリュー2軸
           
  速力 28.5 ノット
           
  乗客定員   2005名
   1等     564
   ツーリスト 1441
   

      
      

    大西洋航路運航会社の大手として,キュナードは自社の航路がジェット旅客機に侵食されていくのを注意深く見守った。そして1960年代初めまでに,幾隻もの船が定期運航からはずされた。クルーズのほうはもっと明るい展望が見込まれたが,古い流儀で造られた定期客船は有効なクルーズ船にはならなかった。「クイーン」姉妹は,クルーズで立ち寄る港の多くで入港するに大きすぎたし,運河を通過するにも大きすぎた。それに船全体にわたって空調が施されていたわけではなかった。  

  1959年までは,まだ「クイーン」姉妹の両方を新しい船と置き換える方向で計画されていたが,英政府がキュナード社に対して助成金ではなく 1,800万ポンドの貸付金を提示する決定をしたのを受けて,1960年に計画が変更された。

  それはクイーン・メリー号を1隻の大型船と交代させ,クイーン・エリザベス号は少なくとも当分の間,その僚船として運航を続けるというものである。ただそのためには,かなりの若返りが必要で,「リズィー(エリザベス)」は1965年から1966年にかけての冬場に,クライドの造船所に里帰りして大改装を受けた。もっとも,エンジニアリングの視点から見れば,船全体に空調を施したこと以外ほとんど変更箇所はなかった。その大改装にもかかわらず,また大規模なクルーズを行なったにもかかわらず,クイーン・エリザベス号の運航は赤字となり,ついに1968年10月,大西洋の運航から撤退した。

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  「メリー」の交代船としてキュナード社は,「Q3」として広く知られた75,000総トン船の建造を入札にかけた。その結果,ビッカーズ・アームストロング社とスワン・ハンター社から成るタイン河畔資本連合が一番低い見積り額を提出し,新しいキュナード船はタイン河畔から生まれるものと予想された。この時の計画は,蒸気タービンで4本のスクリューを駆動し,8基のボイラーで 59.8 kg/cm2,510℃の蒸気を送り込むというものである。しかし1961年の運航実績が厳しいものであったことから,キュナード社は計画を見直すことになり,それまでの計画はまもなく破棄され,パナマ運河を通り抜けることのできる両用途船にすることが決定された。
          

  そして1964年に,より小型のスクリュー2軸船の計画がキュナード社会長から公表された。当初「Q4」として知られたこの船の建造は,ジョン・ブラウン社が獲得した。こうして有名なクライドバンクの造船所が,大西洋航路船として計画された最後の船を建造することになったのである。

  クイーン・エリザベス2すなわち「Q4」の機関は,伝統的な方式の蒸気タービン推進となり,装備されたのは最新のパメトラーダ・タービンとフォスター・フイーラーESDUボイラーである。

                 

                  (「豪華客船スピード競争の物語」 クイーン・エリザベス2号の部分より抜粋)

                    

 
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