訳者あとがき 

                    


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 そしてこうして第二次世界大戦全体を俯瞰して見たとき考えさせられる点として、日本人の戦略的視点の問題があります。

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 私が翻訳にこだわるのは、日本人がより広い大きな視点であの大戦を見直そうと思ったとき、その材料を用意しておきたいためです。日本でも海軍のことを研究した書物はたくさん出版されていますが、世界全体を扱い、それらの各出来事の戦略的意味まで掘り下げた書物はあまり無いように思います。そしてそうした点では、米英の書物のほうが視点が大きいと感じるからです。

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 もう1つ、昭和初期の過ちを繰り返してほしくないという問題があります。五・一五事件を国民も最初は称賛の目で見ていた面があったと、シモンズ氏も言及しています(第8章)。軍の暴走は満州事変(昭和6年)、五・一五事件(昭和7年)あたりから顕著に表面化してきたと思われるので、当時の世論と軍や政府、それに外国の関与が織り成したパワー力学を、国民全体がもっと検証することが必要と考えます。「歴史は繰り返さないが、韻を踏む」 という言葉があるように、戦争反対を叫ぶだけでなく、先の大戦でなぜ戦争に至ったのか、根本を国民がしっかり考え、そうして研ぎ澄まされた敏感な民意こそが、国の方向を誤らないための最大の力になると思うからです。シモンズ氏は1章を割いて、日本の戦前の軍国化と米国の経済制裁によって日本が追い詰められていった事情を客観的に分析しており、その手がかりを与えてくれています。

 私がかつて勤務していた会社は、1980年頃、中国の宝山製鉄所の建設に技術協力していました。日中国交正常化直後の国の方針に従ってのことと記憶しており、一方でブーメラン効果を心配したのを覚えていますが、今、想定以上の力となって返って来ています。今や中国は世界の鉄鋼(粗鋼)の50%以上(日本は5%)を生産するまでに成長し(世界国勢図会データ)、中国の経済力、軍事力の原動力となっています。勿論、日本が行っていなければ他の欧米先進国が協力しただけだったかも知れませんが・・・。
 30年先まで見据えたグランドデザインを描けというのは難しいことかも知れませんが、これも国家戦略という大きな意味で戦略的視点の1つと考えられます。

                  粟田 亨


 原書 World War II at Sea : A Global History


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この翻訳は、20241024日に、私が出版社「えにし書房株式会社」 と出版契約を結び、20255月出版予定と明記されているのですが、監修者(等松春夫氏)が監修終了予定日を1月から5回延期し、停滞して今に至っています。原書の内容が優れているだけに、出版が遅れる時間の損失が惜しく、また原書の著者と、情報提供してくれた海上自衛隊に申し訳なく、私の翻訳内容の一部を公開します。