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第1章 プロローグ
そのとき、私は知らず知らずのうちに壁を乗り越えられないでいたのかもしれません。幸いそれまでの職場には恵まれていました。学校を卒業して2年10ヶ月。建設会社の現場監督として順調に経歴をつんできたし、努力を認められた環境でもあり、私としても懸命に取り組んできたとの自負もありました。
それ故に、生意気にも現場の仕事が見えた、などと思ってしまったのかもしれません。仕事に飽きていたのかもしれません。学校を出て初めて仕事を経験し、必死で会得しようとしたものの輪郭がつかめると意欲が薄れてしまう。とにかく環境を変えたい思いでした。現場の仕事から設計へと上司に要望を出しました。当然すぐに受け入れてもらえるはずもなく、次の現場を終えたら考えようという回答でした。その答えは自分でもある程度予想していたと思います。会社を退社して設計事務所に職を求めました。
当時は数年前の不況にもめげず、バブルへ向けての上り坂。すぐに見つかるわけもないと思っていた設計の職も案外あっさりと見つかりました。設計事務所を選ぶなど考えもしなかったのですから、条件など一切なし。見習い社員として、気楽に雇えたのかもしれません。
そこで困りました。そのときすでにインド旅行への申し込みを済ませてあったのですから。
このとき私は25歳。はじめての海外旅行でした。何はともあれ事務所の所長に休暇を申し出ました。勤め始めて1週間後からいきなり1ヶ月です。このとんでもない申し入れをする新人に対して了解を出した所長も、変わってると言えば変わっています。いい時代だったのかもしれません。もっとも、旅行から帰って数ヶ月したら仕事がないので辞めてくれといわれたのですから、本当に暇な事務所であったことは間違いなかったようです。
当時、フリーで旅行している人は少なかったようです。しかもインドでしたから、友人たちに半分変人扱いされました。一方で、バックパッカーのスタイルにあこがれていた私はうれしくてたまりません。当然不安もありました。岡山から大阪まで出かけ、バックパッカーノウハウともいえるツアーの説明会に参加しました。現在の「地球を歩く旅」が「インドを歩く旅」という本でしたが、これらもすべて目を通しました。
ここで気づかれるかと思いますが、そう、私の旅はヒッピーのそれとは違います。期間を定め、下調べをし、ガイドブックも持参してのバックパッカーです。多くのバックパッカーが開拓してきた、最良の旅行スタイルの模倣です。現在では、なんでもないバックパッカーのスタイルも、当時の私にすれば「勝ち目のあるチャレンジ」といったところでしょうか。つまり、模倣のヒッピーでもすごい目で見てもらえる、とでも思っていたのかもしれません。確かに安直ではあります。
私の旅行スタイルは、そのときに始まったものではありません。高校生のとき、原付バイクで旅行しようとしたことがありました。バイクは危ないと親に止められ、じゃあ歩いていくよと翌日出かけたのが始まりです。 2度のヒッチハイク旅行の経験を持っていました。アウトドアキャンプの経験も豊富でしたし、ヒッチハイク中はテントなし寝袋だけの野宿でした。ですから、インドという国をバックパッキングで旅行することには自信はありました。単なる旅行方法のひとつとして自然に受け入れていたのだと思います。