第2章 旅の始まり

いよいよ伊丹空港から経由地のバンコクに向けて旅立ちました。
新品のアルミフレーム入りのバックパック。寝袋は愛用のファミリーキャンプ向けミズノ。物々交換用のボールペンに100円ライター。日本では履けない古いスタイルの(ベルボトム)Gパンも予備に。

不思議なことに伊丹からバンコクがインド航空、バンコクからカルカッタがタイ航空だったように覚えています。先人の教えに従い、機内食は残さず食べます。これから先まともな食事にありつけるとは限らないのですから。

経由地のバンコクで1泊。暑い。この匂いはなんだ。アジアだ。初めての外国に興奮していたのでしょう。無防備な私は、サーモスタットの効かないくせに能力だけは充分なクーラーをかけたまま寝てしまいました。

翌日には、カルカッタへ入りました。いきなりです。インドの中でもひときわインドらしいところ。香辛料の漂う空港から表へ、マニュアルどおり相乗りタクシーを捜す・・・必要はまったくなくて、いきなり運転手に取り囲まれ値段交渉です。他の客は同じツアーのやはりインド初体験の日本人二人。聞いていたとおり半値まで交渉して市内へ。運転手は、車を自分で所有しているらしく、何か自慢げ。ようもないのにレバーを触ったり、つまみを回しては元に戻したり。不安と緊張でいっぱいの私たちに、少しだけ微笑ましさを与えてくれました。

それもタクシーを降りるまでの話。ホテルの前まで入っていけないというので、数百メートル手前でタクシーを降ろされた私たちは、いきなりインドの洗礼を受けてしまいました。バクシーシを求める子供、免税のタバコや酒を安く売れと寄って来る大人。十数人を引き連れた日本人3人でのカルカッタ大行進。バッグに伸びてくる手を払いながら、ようやく一軒のホテルへ。値段を聞くと10人部屋で、1ベッド100円くらい。

他の学生と違って少しは経済的に優れている私は、そこまで窮乏した旅行をする必要はなかったのですが、大阪の説明会、飛行機の中での会話、そしてここまでのタクシーの中で、貧困バックパッカーの美徳を感じていました。もちろん、いまさらこのホテルの表へ出て行く勇気を私は持ちえませんでしたし。すでにタクシーの中で日は暮れ、トタン貼りの扉の中にある中庭兼土間のロビーでは裸電球が唯一の救いでした。


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