ホテルパラゴンでのスナップ
















ホテル PARAGON のロビー?です。
残念ながら私は写っておりません




 第3章 ホテルでは

一夜明けたホテルの表通り。朝靄とも炊事の煙ともつかない濁った空気は、気温のせいかやけにすがすがしかったように思います。道端では、側溝に向かって歯を磨いたり、用を足したり、いまだにシーツにくるまっている人たちもいます。あの中の何人かはすでに息をしてないのかもしれない、などと思うと朝の散歩としゃれ込むわけにもいかず、早々と宿に引き上げ旅の道連れたちと朝食の飯屋の情報収集を始めました。

ここのHOTEL PARAGON には、日本人の旅行者もいっぱい滞在していました。さすがは「地球を歩く旅」。そこに掲載されているホテルにいる限り、情報収集には苦労しません。旅の話をたくさん聞くこともできます。バックパッカーにとって、安く旅行をすることは命題のようなもので、そのためにはある程度の旅行術は必要になってきます。とくに右も左もわからぬ私にとって、全てが驚きと感心の井戸端講座はずいぶんと助かりました。

あるとき日本人の家族連れがPARAGON にやってきました。夫婦と5,6歳の男の子を連れた、文字通りの家族連れ旅行者です。ただし、ここはPARAGON 。普通のホテルとは違います。彼らはツインの部屋を取りましたが、そことて二人部屋であるだけの違いで、毛布があるわけでなく、シーツといえばたまたま虱がいなかっただけで、寝袋でも敷かないことには横になるのもはばかれるような代物です。

彼らはインドにはまっていました。日本でトラックの運転手を半年ほどして、金が貯まるとインドへやってくるというのです。いくらはまったといっても子供は大丈夫かいな?見事なものです。やはり子供です。大人よりはるかに順応性が高いのでしょう。まるで屈託なく、現地の人や欧米の(このときはまだアメリカンとヨーロピアンの見分けはつきませんでした。)旅行者を遊び相手にしていました。当然言葉は通じるわけではないのですが、まるで会話しているように意思が通じているのです。この家族が一番インドに対して自然体で向き合っていたように思います。

日本人の女性にも会いました。6ヶ月くらいインドを旅行し、帰国直前だといっていました。学生で、夏休みの旅行できたはずが、ついに留年までしてしまったとの事。これは、豊富な経験が聞けると思っていました。でも彼女の旅の話には惹かれるものが少なかったように覚えています。インドには痴漢は多いが、身の危険を感じるような恐さは少ないとか、カメラを売った日本人の女性が組織に追われている話(密輸入を防ぐために、貴重品を持って入国する際は製造番号とともに申告する為、申告済みのカメラなどは現地では売買が難しい)であるとか。いわば旅のテクニック的な情報に偏っていて、インドの何に対して興味深いのかが聞けなかったように思います。

このことは、バックパッカー共通の大きな弱点だと思います。次の街へ、次の出会いへと旅をこなしていくうち、本来の旅の目的を見失っていくのです。もちろん旅の目的など人それぞれに違い、目的がなければならないわけでもないのですが、少なくともそこで日々の暮らしを送っていない以上何かを見つけたいと思います。彼女の目には、旅に疲れたというよりも、生活に疲れた暗い影のようなものを感じていました。


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