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第4章 移動のために
カルカッタで何日か過ごす間、不思議に思ったことがありました。旅慣れた人が街を歩いても平気なのに、私が歩くとバクシーシの子供がやたらにまとわりついてくるのです。来る際に一緒になった日本人もやはり同じです。確か情報では、インドではピジャマといって、パジャマのような白いズボンに襟なしの白い長袖シャツを薦めていました。多くのバックパッカーもそれを着ています。そこで、さっそく私もそれを誂えることにしました。吊るしの服はなく、全て採寸して縫ってもらうのです。ここでも宿の井戸端情報収集は役に立ちました。
なんと効果はてきめんです。物売りもバクシーシも以前と比べれば半分以下になりました。街を歩くのもずいぶん楽になります。やはり彼らは初級旅行者と、すれたベテラン旅行者を見分けていたのです。ちなみに本当のヒッピー風ベテラン旅行者には、Gパンであっても彼らは寄って行きません。
次の街へ、移動することにしました。1等寝台を予約して、列車で行きます。寝台料金はかかっても、宿代が1泊分助かります。(といっても100円なのですが。)道連れ大学生は、2等列車に乗りたかったようですが、これは寝台ではありません。しかも向かい合わせの木のシートにぎゅうぎゅう詰めらしいです。いくらなんでもと勘弁してもらい、一緒に1等寝台に乗ることにしました。
何時に出発するのがわからないのがインドの列車です。幸いカルカッタは始発駅でしたから、30分遅れくらいですんだと覚えています。ただ、車両を探すのが大変。1等は全席指定ですから、必ず席は確保できます。でも車両間の移動はできませんので、入り口の横に張り出されている名簿を見て乗り込むのです。事前に何号車と指定されているわけではないので、1両ずつ見ていかなければなりません。何十人もが1枚の紙を覗き込むわけです。なければ次の車両へとホームを走ります。おまけにアルファベットのつづりは当然のごとく間違っています。おそらくこれだと見当をつけた上で、念のためにと次の車両を見るともっと近いのがありました。
ほっとして乗り込むとショルダーバッグのファスナーが開けられています。スリに狙われたようでした。バッグの中身は1眼レフのカメラでした。人ごみの中では、カメラが大きすぎて取り出せなかったようです。貴重品のほうは大丈夫でした。袋に入れて首から下げ、さらに服の下でズボンの中に突っ込んでいました。ここでの洗礼も何とか潜り抜けることができたようです。
インドの旅も始まって間もないというのに、疲れは溜まっていたようです。そう、あのバンコクでのクーラーかけっぱなしが尾を引いていたのかもしれません。興奮状態にあったため、風邪を引いたのに気づかず、知らずに無理を続けていたのでしょう。すでに列車に乗る前から体調は思わしくなく、ホームを駆けずり回ったために一気に熱が噴き出してしまいました。さむけに震えながら、木製の寝台でシュラフにくるまっていました。寝台車を選んで正解でしたし、木製の寝台もホテルのベッドと比べ、さほど寝心地が悪いわけでもありません。ただ、夜が明けて熱が多少引いてくると、のどの渇きに耐えられなくなりました。これは辛かったです。やっとチャイ売りがやってきて、素焼きのぐい飲みを大きくしたような器で、1杯のチャイを飲めたときは本当に救われました。すぐにお代わりをもらえばよかったのですが、まごまごしているうちに向こうへ行ってしまい残念なことをしました。
チャイとは、アルミのやかんに牛乳を入れ、紅茶をそのまま入れて煮立たせた砂糖のたっぷりと効いたミルクティーです。インドの人の主な飲み物で、10円もしなかったと思います。
ちなみに HOTEL PARAGON や街中で飲むファンタオレンジは100円でした。宿泊費と同じ。トイレットペーパーも100円。文明的なものは全て100円?金銭感覚を失ってしまいます。