第5章 ホテルでの交渉

やっとのことで、夜行列車は次の町につきました。道連れと一緒にホテルを探しましたが、さすがに風邪が抜けきっているわけでなく、ツインルームを奮発しました。道連れ君も私の状態を見ると、ドミトリーを主張できなかったようで、さりとて単独で行動するには今ひとつ不安もあったのでしょう。私はそのホテルで丸2日間安静にしていました。道連れ君に飲み物と食料の買出しを頼んで。
そこのホテルには、ボーイのような雑用係の人間がいました。もちろん客室係ですから本当の雑用係とは階級が違います。生水は恐いのでボイルドウォーターを持ってきてもらったり、私の体調が悪いのでたまに様子を見に来てくれたりしていました。親切な彼の気遣いでしたが、ベッドの上に起き上がるのも辛い私としては、警戒せざるを得ませんでした。

それでも多少慣れてくると言葉を交わし始めます。私の時計を見て、それを売らないか?結局はこれが目的でした。私といえば、そんな体調の癖にバックの中から予備の時計を引っ張り出して見せるのです。この時計は、前日迄のホテルでも鑑定してもらっていて、結局買い手はつきませんでした。

しばらく待っていてくれというと、彼はどこかへその時計を持っていきました。戻ってくると、極端に安い金額を提示してくるのです。これはインド流に交渉せねば。そう思った私は3倍くらいの値段から始めました。ところが、いっこうに乗ってきません。私だけがディスカウントしていきます。中古でしたが、せめて買ったときの値段くらいで売ってやろうとたくらんでいた私は、がっかりした一方で、ものを見る目に感心していました。はなから売却用に持ってきた夜店の時計では、たとえMADE IN JAPAN の刻印があっても無理だったかと。

交渉決裂後、その時計を手に取った私は、思わず納得してしまいました。時計の裏蓋が開けられていたのです。ちゃんと内部を確かめた上で、値段を決めたようでした。恐るべしインド。質屋など存在しないインドですが、それもそのはず、みんなが古買屋なのですから。
時計の裏蓋は、開けることはできても、きちんと元に戻すことはできなかったようで、しばらくの間、私のバッグの隅で半閉まりのままでいました。


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